日本の統一教会から教団代表・韓鶴子に提出されたとされる「TM...の画像はこちら >>



  



 昨年末韓国のハンギョレ新聞が、日本の統一教会から教団代表の韓鶴子氏に提出されたとされるTM――TM(True Mother)の略で、韓氏の教団内の呼称――特別報告と呼ばれるものが存在するとして報道した。同文書は、日本の教団から自民党等への働きかけに関するもので、自民党と教団が「ズブズブ」の関係にあると批判する左派的な人たちの間で話題になった。

それに続いて、週刊文春もTM文書を入手したとして4頁の記事を掲載している。これらの記事、特に文春の記事には看過できない問題がある。どういう問題か指摘したい。



 大前提を述べておく。TM文書の執筆者とされる当時の日本の統一教会の会長だった徳野英治氏がXのポストで説明しているように、TM文書は、徳野氏の報告そのものではなく、同氏の非公式の報告を基に、韓国の教会幹部が作成したものである。徳野氏の元の報告自体が、日本での教団の活躍を教祖(夫人)に対してかなり盛り気味に記述していたようである。加えて、間に人が入っているので、ありえない誤情報や矛盾した記述が見られる。



 そもそも、TM文書の内容として伝えられているものは基本的に、教団の側から自民党等に食い込むためどうアプローチしたかに関するものであって、それに応じて、議員が信者になって国家より教団に忠誠を誓うようになったとか、教団のために不正な利益を供与した、といったことではない。勘違いをしている人が多いが、宗教団体が自分の主張を通すために、政治に働きかけることは、政教分離の原則に違反するわけではない。宗教者にも政治活動の自由、国会議員等に請願する権利はある。それを禁止するほうが憲法違反である。問題なのは、政治家や役所が特定の宗教団体にだけ利益を供与したり、特定の宗教団体が直接的に立法・行政・司法に指図したりするような事態である。



 そういう意味で、大騒ぎするようなことは、少なくともTM文書をめぐる報道内容にはないのである。二〇二二年の安倍元首相殺害事件直後にネットやマスコミで流布するようになった、“自民党と教団のズブズブの関係”とされるものに関する“証拠”のほとんどは、実際には、教団からの選挙支援等の形でのアプローチについてのものであって、教団がそれに対して不当な見返りを受けたという証拠は示されてはいないし、教団の意向で何らかの具体的な政策変更があったという証拠もない。当時、自民党は、統一教会の数十倍の規模の創価学会と深い関係にある公明党と連立政権を組んでいたのだから、そんな横やりが許されるはずがない。



  



 ハンギョレ新聞が報じた“TM文書”の内容に関するおかしなことを二点ほど指摘しておく。一つは、「徳野元会長は、高市氏が2021年9月に初めて自民党総裁選に出馬した当時、『高市氏は安倍元首相が強く推薦しているということと、神奈川県出身であり、神奈川県の現場において高市氏の後援会と我々は親密な関係にある』という記述だ。日本人がこんな間違いをするだろうか?念のため、この記事の韓国語の原文を確かめたが、やはり「카나가와현」と表記されていた。奈良県を神奈川県と訳し間違えたわけではないようだ。誰の勘違いか分からないが、これが最高機密の文書だろうか。



 もう一つは、統一教会への恨みで安倍元首相を殺害したとされる山上徹也の会員(信者)登録に関する記述だ。安倍元首相殺害事件を知った奈良の教区長が、「山上徹也が(日本統一教会の)大和郡山家庭教会の所属となっていたため、本部会長の指示で会員記録を削除した」というものだ。統一教会に恨みを抱いていた山上を信者として登録していたのが事実だとすれば、多くの人はいろいろ想像するだろう。一番悪意に取る人は、山上を信者扱いにして搾取の対象にしていた、と憶測するだろう。



 私の元信者としての経験からして、統一教会は名簿類の管理については結構ルーズなので、何かの拍子に、熱心な信者の息子ということで、何かの名簿類に名前を載せてしまっていた可能性はないわけではないと思う。しかし、少し考えると、上記のような記述がTM報告書にある、というのはおかしい。矛盾と言っていい。



 「まずい記録があったので削除しました」という記録を残す人間がいるだろうか? 森友文書にそんな記述があったとしたら、(さほど政府に敵意を持っていない)普通の人はどう思うだろうか?



 仮に実際に登録されていたとしても、山上本人を含めてほとんど誰も知らず、本部にも記録がないのだから、奈良の教会長の判断で黙って削除すれば済むことだ――祝福(婚約→結婚)を受ける対象となる正規の「会員」の場合は、本部に登録されるので、削除するとすれば、本部側である。仮に“登録”について本部に報告し、田中教会長(当時)の判断を仰いだとしても、会長は、削除を指示したうえで、そのことは絶対他言するな、と言って終わりにするだろう。まずい記録があったので削除させました、と田中教会長自身が韓国に報告して記録に残す、というのは矛盾した、辻褄の合わない話だ。



 統一教会はそういう間抜けな集団なのかもしれないが、そこまで間抜けな報告書に書かれていることを真に受けるのは、もっと間抜けではないか。



  



 あと、細かい間違いだが、山上の母親が所属していたのは、「郡山家庭教会」ではなく、奈良家庭教会である。これについても原文を確認した(야마토고리야마 교회)。郡山にも家庭連合の教会があるが、別のユニットである。教団のHPを見れば分かる。https://ffwpu.jp/admission/church/nearestを参照。

こうしたことから、TM文書は日本の政界や教団の事情をよく知らない人物によって雑にまとめられたのではないかと思われる。



 本当に問題なのは、週刊文春の長島昭久議員(自民党)に関する、TM報告書に基づいた記述である。長島氏が元信者で、現在の夫人と教団のマッチングで知り合ったが、その後二人とも教団に不信感を持って、一緒に脱会したというのである。三十年以上前ということなので、私が脱会したのとほぼ同時期だろう。



 脱会後は「一切関係を断って今日に至っております。選挙応援を依頼したこともありません」という長島氏本人の証言も載せているが、それと対置するように、TM文書の「しばらく教会を離れていた時期があり、今回内的信仰基準を失いましたが最近再び我が団体に繋がり始め、我々の応援を受けました」という記述を掲載している。また、文春オンラインに掲載されている要約記事では、韓鶴子氏と長島氏のそれぞれ逆方向に若干斜めを向いた写真を並べ、両者が互いを見つめ合っているかのように印象操作している。長島氏が隠れ信者であるかのように匂わせたいのは明らかだ。



 長島氏はしばらく民主党から当選し、離党して自民党の公認になったのは数年前だが、民主党内でもかなり保守的な立場で知られていたので、統一教会側がアプローチするのも、マッチングまで受けた元信者だということで親近感を持つのもさほど不思議ではない。選挙応援に関して、TM文書と長島氏の言い分が食い違うが、長島氏に信者に戻る気もちがなく、極秘で教団に特別な便宜を図ったり、裏工作のようなことをしているのでなければそれほど大きな問題ではなかろう。



 看過できないのは、たとえ国会議員とはいえ、文春が三十年以上前の信仰、更には、夫婦の出会った経緯といった極めてプライベートな情報を平然と暴露したことである。三十年くらい前のジャーナリズムの常識であれば、せめてA氏とかX氏といった仮名にして、たとえ形式的であっても、プライバシーに配慮する姿勢を見せていたのではないかと思う。



 長島氏自身がそれを甘んじて受け入れれば、それでいいという話ではない。同じ「元信者」として共感しているわけでもない。長島氏と私では入信の経緯も、脱会の仕方も、教団に対する距離の取り方も違う。これを前例にすれば、国会議員は、統一教会のような評判の悪い宗教を現在信じているかだけでなく、過去に信じていたことがあるかについても説明しなければならなくなるからだ。結婚相手と知り合った経緯で、その宗教が関わっていたか否かまでも明らかにしないといけない。更には、夫あるいは妻や子供たちの現在の信仰の有無さえ、明らかにしなければならない、ということにもなろう。



  



 三年前、立憲民主党の議員が閣僚に統一教会の信仰を持っているか国会で尋ね、憲法二〇条の信教の自由に含まれる、「信仰告白を強制されない自由(沈黙権)」に違反するのではないかと話題になった。このことは憲法に直接書かれていないが、憲法の教科書・解説書のほとんどで、自明のこととして扱われている。信仰告白の強制は、江戸時代の踏み絵やヨーロッパの中世から近代初期にかけての異端審問・魔女裁判に繋がるからである。今回記事を書いたジャーナリストの石井謙一郎氏と文春編集部は、何のためらいもなくこの権利を完全に無視してしまったわけである。



 それだけではすまない恐れがある。長島が元信者でマッチングを受けたことを潔く告白したことを好意的に捉える人もいる一方、本人がやめたと言っても信用できない、裏で繋がっている可能性がある、TM文書に名前が出て来たのがその証拠だ、と心ないことを言う者も少なくない。



 宗教学者で東大教授の堀江宗正氏は一月七日にX上で以下のようにポストしている。





もともと信者で合同結婚式を経て家庭を作ったが、夫婦で辞めて、その後、政治家になって、再び教会との関係が深まったという。二世でもないバリバリの一世信者だった。政治家として送り込むために、いったん辞めた形を取ったのではないかと、勘繰ってしまうが。



 



外国の教団、それも日本で自立しているのではなく、本国のコントロールが極めて強い教団が、もし信者を与党議員の秘書にしたり、あるいは議員にしたりしていたら、安全保障上、重大なリスクと考えられる。下手したら国家機密に関わる情報も筒抜け。その教団は過去に北朝鮮とも関係があったわけで。



 



 これが様々な新興宗教に対して調査研究しているはずのベテランの宗教学者の言葉である。彼の発想でいけば、一度でも統一教会のようなタイプの宗教の信仰を持った者は、MC(マインド・コントロール)が解けておらず、教団のために国家の不利益になる違法行為に手を染める可能性があるので、国会議員のような公職に就くのは本来不適当であり、仮に公職に就くことを認めるにしても、一生踏み絵のようなことをさせて、信者でないことを確認し続けねばならない、ということになるだろう。立憲民主党の石垣のりこ参議院議員は、長島氏が過去の信仰をこれまで明らかにしなかったことを「嘘」と断じている。これは、踏み絵を示唆しているように思える。



 国会議員は特別に公的な職業なので カルト・チェックは必要だ、プライバシーは認められない、などと明らかに憲法を無視した発言をするネット・サヨクもいる。

しかし、「公的な職業」なので特別にカルト・チェックは必要などという理屈がまかり通ったら、次は、地方公務員まで含んだ全公務員、行政法人の職員、教職者、法律家、医療従事者…と広がっていく恐れがある。チェックの対象となる宗教も統一教会以外にも増えていく恐れがある。



  



 そうやって、一度原則の例外を認めたら、なし崩しにどんどん拡大し、原則が消滅してしまうことを「滑りやすい坂(slippery slope)」と言う。左派はしょっちゅう与党の防衛・治安政策は滑りやすい坂を下り始めていると批判するが。この件では左派の方がかなり危ないところに足を踏み出している。



 これは単なる空想ではない。私が何か気に入らないことを発言するたびに、こいつは偽装脱会者だ、と誹謗中傷する輩がしばしば現れる。昨年の十一月二十日、所沢三階という人物が、金沢大学に、「この仲正という教授は偽装脱会者だ、学生たちを洗脳しているに違いない。大学のためにもならない。辞めさせないと、金沢大学が偽装脱会者を庇う、統一教会系大学だと言いふらすぞ」と脅迫する文面を送ってきた。この人物はその後も、私を辞めさせるように大学を脅すポストをXにしつこく投稿し続けている。



 国会議員は例外だという言い分を容認したら、こういう輩がどんどん増え、実際に踏み絵を踏ませる公共機関、企業、学校が続出するだろう。既に統一教会と縁切り宣言している政党や地方自治体があるのだから、滑りやすい坂をそこまで転げ落ちてもおかしくない。



 



文:仲正昌樹

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