子供の頃から雑誌が好きで、編集者・ライターとして数々の雑誌の現場を見てきた新保信長さんが、昭和~平成のさまざまな雑誌について、個人的体験と時代の変遷を絡めて綴る連載エッセイ。一世を風靡した名雑誌から、「こんな雑誌があったのか!?」というユニーク雑誌まで、雑誌というメディアの面白さをたっぷりお届け!「体験的雑誌クロニクル」【30冊目】「『スタジオ・ボイス』七変化」をどうぞ。
【30冊目】『スタジオ・ボイス』七変化
きちんと数えたわけではないけれど、手元に所有している雑誌で冊数の多いベスト3が『広告批評』『Number』『BRUTUS』であることはほぼ間違いない。その次に多いのが何かは微妙だが、有力候補が『スタジオ・ボイス』(STUDIO V/流行通信/インファス/INFASパブリケーションズ)である。
創刊は1976年9月。当初はタブロイド判8ページの新聞風の体裁だった。表紙写真は小暮徹、ADは田中一光。内容は非常にファッション寄りで、当時のファッション・ピープルの動向がよくわかる。それもそのはず、スタッフは有名ヘアサロン「STUDIO V」と雑誌『流行通信』から集められ、編集長は森英恵の長男でハナエモリのメディア部門担当だった森顕氏が務めていたというから、オシャレなわけだ。アンディ・ウォーホル主宰の『インタビュー』誌との提携も売りで、1977年10月号にはウォーホル自身も登場している。
新聞形式からB4判の中綴じ雑誌形式になったのは、1979年10月号から。一般書店で販売されるようになったのも、ここからと思われる。「Vol.47」との表示はあるが、稲田隆紀編集長による編集後記には〈日本初のインタビュー紙をお届けします。なにせ第一号ということで、とまどうことばかりでした〉との記述があった。
インタビュー誌としての『スタジオ・ボイス』が注目を浴びるのは1981年7月号、佐山一郎氏が編集長となったあたりからだ。郷ひろみ、沢田研二、三波春夫といった大物が、ほかでは見せないような姿で表紙や誌面に登場する。当時の超アイドル(今もか?)の松田聖子が風船ガム(見ようによってはコンドームにも見える)をふくらます表紙は、インパクト抜群だった(残念ながらその号は所持していないのだが)。
1982年4月号にて、より一般誌っぽいA4(一時期A4変型)判にリニューアル。ロゴも手書きっぽいものに変わったうえ、値段も280円に値下がり(!)してぐっと親しみやすくなる。萩原健一、つかこうへい、松田優作、江本孟紀、田中角栄、岡本太郎、タモリ、村上春樹、YMO、小林克也など、当時の最先端の人物が表紙とインタビューに登場。キャッチコピーは「男騒ぎのする、唯一のインタビュー雑誌」だったが、アン・ルイス、阿川泰子、林真理子、樋口可南子ら女性も登場している。
1984年に『インタビュー』誌との提携が切れたあと、編集長が佐山氏から林彰氏に交代するが、インタビュー誌というテイストはそのまま引き継がれた。それが大きく変わるのは1985年、大久保博則氏が編集長になってからだ。「男が目をむく大東京のアマゾネス」(1985年11月号)、「へんなにっぽん」(1987年2月号)、「まんま自衛隊」(同5月号)、「ニセモノをさがせ!」(同7月号)、「顔の力」(同11月号)、「華やかな死者たち」(1988年1月号)、「毒 この忘れ得ぬ魅惑よ。」(1989年1月号)といったカルトな特集が目を引く。
キャッチコピーも「男騒ぎのする、唯一のインタビュー雑誌」から「エスプリ・ザーニモのためのアーバン・マガジン」「ラジカル・コンテンポラリー」「MEDIA MIX MAGAZINE」と変遷。編集長のクレジットが見当たらない期間もあったが、1989年9月号でコリーヌ・ブレ氏が編集長に就任、一回り大きいA4ワイド判になりタイトルロゴもリニューアルされた。さらに、1990年4月号にて中綴じから平綴じへ。編集長は江坂健氏、ADは藤本やすし氏に交代する。内容的にはカルチャーカタログ誌とでもいうべきものになり、ここでようやく雑誌のスタイルが固まった。その後は、編集長やADが変わっても大きな変化はなく2009年9月号(Vol.405)の休刊まで続くことになる。
90年代以降の『スタジオ・ボイス』しか知らない読者にとってはカルチャー誌界の“不動の四番”的な存在だったかもしれないが、そこに至るまではかくも紆余曲折があったのだ。創刊以来、タブロイド判→B4判→A4判→A4変型判→A4ワイド判、新聞形式→中綴じ→平綴じ、ヨコ組→タテ組と体裁が変わり、ロゴは5種類が一度変更されながら元に戻ったりして、値段も300円→280円→380円→400円→500円→600円→680円→780円と変化した。リニューアルや値上げは雑誌に付きものとはいえ、なかなかの変身ぶりである。
私が毎号のように買っていたのは、1987年から1993年ぐらいまで。
泉麻人、上杉清文、丸尾末広らのコラムもいいが、笑ったのは久住昌之の「誰でも自宅でできる美容整形」なる記事だ。マイケル・ジャクソンの整形の話題を枕に、石原裕次郎の顔写真を切り貼りによって目の位置を変えたり拡大縮小したり角度を変えたりして遊ぶ。あげくの果ては斉藤由貴の顔面を移植したりして、まあ、ふざけてる。えのきどいちろうの「顔面ジャケットの研究」も、53枚のレコードのジャケットが並んで圧巻だ。
雑誌好きとして見逃せないのは、「MAGAZINE in MAGAZINE」(1987年6月号)。「コンナ雑誌ガ欲シカッタ! 各界キレ者が編集する夢の雑誌12冊」というわけで、架空の雑誌の表紙、誌面、奥付(もくじ・編集後記)が続けざまに展開される。それがもうとにかく豪華。表紙デザインや誌面の企画は本格的だし、登場人物も錚々たる顔ぶれなのだ。
奥村靫正編集『月刊ヤバンクラブ』のグラビアを飾るのは戸川純。コラムニスト・綱島理友編集『アザラシの手帖』の「アザラシスト訪問」では山下久美子がゴマフアザラシを語る。鈴木慶一&高橋幸宏編集の新宗教雑誌『BEATNIKSの光』には本人たちが登場。『ビッグ・トゥモロウ』(青春出版社)をもじったホテル情報誌『ビッグ・パシフィック』(全日本パロディ愛好家連盟編集)でカップル役を演じるのは加藤賢崇と岡崎京子である。この時代の雑誌には、こうしたお遊び企画を本気でやる懐の深さがあったのだ。
「印画紙の錬金術」(1989年7月号)と題した写真特集も刺激的だった。デジタルカメラにAIまで加わった現在では画像はいかようにも加工できるが、フィルムと印画紙の時代はそうはいかない。特集冒頭のリード文には、次のような一節があった。
〈これは機械が自動的に反応した生産物ではなく、明らかに作家たちが手を加えて作り上げたアートに違いないのだ。フィルムに感光した映像を、あたかも筆で色付けするごとく印画紙に焼き付ける。これを人は写真術と呼ぶのである〉
その言葉どおり、まさにアートのような写真が並ぶ。出品作家は、大坂寛、鶴田直樹、菅原一剛、岩切等、宮澤正明、今道子、安珠ほか。
90年代に入ってからは、写真集や海外雑誌の特集は資料的意味もあるので別枠として、「DEAD ZONE IN TV テレビの危険な誘惑」(1990年6月号)、「Modern Lovers エイズ時代の結合なきセックス」(1991年5月号)、「昭和の肉体 高度成長、怒濤のニッポン文化論」(同8月号)、「歌謡曲の神話 ベストテン時代へのレクイエム」(1992年5月号)、「So Fucking What! あらかじめ壊れた子供たち」(同10月号)あたりが印象に残る。黒人男性の裸体が表紙の「黒人的。」(1991年10月号)にもドキッとさせられた。
なかでも個人的お気に入りは「カルトの王 荒俣宏に続け!」(1992年3月号)だ。当連載では荒俣宏の名前が何度も出てくるが、要するに荒俣的博物学の世界が好きなのである。何らかのマニア、コレクターがぞろぞろ出てくる特集で、蓼食う虫も好き好きというか、世の中には実にいろんな人がいるなあ、と感心させられる。
表紙に列挙されているアイテムは、女子高制服、エロ洋雑誌、大韓ロック、自動販売機、穴あきブロック、ビール缶、納豆ラベル、ホーロー看板、ミッキーマウス柄ネクタイ、マグカップ、医療器具、缶ジュース、広告マッチ、ねずみ捕り、鼻責め、地方高校野球、航空写真、ステレオ写真……など。今となってはメジャーとは言わないまでもそこそこ知られた趣味も含まれるが、インターネットのない当時は埋もれていたものたちだ。
とりわけグッときたのは醤油鯛(魚の形のプラスチックの醤油入れ)収集家の沢田佳久氏だ。ただ集めるだけでなく、個体差を分類、研究し系統図まで作っているところがすごい。沢田氏の本業は昆虫学者というから、なるほど納得。
こうした特集もさることながら、同誌の魅力はコラムにもあった。映画、音楽、本などを紹介するカルチャー欄や随所に挿入される「VOICE OF VOICE」コーナーで、人気の書き手が健筆を振るう。というか、特集自体もコラム的展開が多く、「MEDIA SUPER COLUMN 知る人ぞ知る名雑誌、名番組」(1990年10月号)なんかは全編コラム構成だった。その号の執筆者をざっと挙げれば、松岡正剛、松沢呉一、押切伸一、川勝正幸、北上次郎、小田嶋隆、大原まり子、巻上公一、ひさうちみちお、松尾スズキ、小西康陽、サエキけんぞう、武田徹、ナンシー関、宮沢章夫、久住昌之、永江朗、酒井順子、平岡正明、園田恵子、亀和田武、椹木野衣……と、これでもかというオールスターキャストである。
『スタジオ・ボイス』のカッコいい写真とデザインは、多くの雑誌に影響を与えた(と思う)。今見ると字が小さく、絵柄の上に白抜き文字みたいなページもあって、老眼にはいささか厳しいが、そう感じるような人間は読者対象ではないということだろう。執筆者の顔ぶれも時代とともに変わっていく。特集テーマも自分の興味から遠いものが増えていった。
そんなわけで、2000年代に入ってからはあまり買わなくなってしまったが、好きな雑誌であることに変わりはない。そんな折、「ゼロ年代ソウカツ!」という特集タイトルを見て「資料になるかも」と久しぶりに買った2009年5月号が休刊号だった。
我ながら勘がいい! と一瞬思ったが、そのタイミングで「ゼロ年代ソウカツ!」なのは休刊するからこそだろう。表紙にデカデカと記された「Greatest Dead」の文字はゼロ年代に向けたものであると同時に(むしろそれ以上に)『スタジオ・ボイス』自身に向けたものに違いない。アバンギャルドなデザインの誌面は、すこぶる読みづらかった。でも、それでいい。これを読みこなせる者こそが読者なのだ。
ちなみに、同誌は2015年に年2回刊として復刊したらしい。さて何度目の変身か。しかし、それも2019年の414号で幕を閉じた模様。復刊されたことを全然知らなくて、最後の最後を見届けられなかったのが残念ではある。
文:新保信長
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