子供の頃から雑誌が好きで、編集者・ライターとして数々の雑誌の現場を見てきた新保信長さんが、昭和~平成のさまざまな雑誌について、個人的体験と時代の変遷を絡めて綴る連載エッセイ。一世を風靡した名雑誌から、「こんな雑誌があったのか!?」というユニーク雑誌まで、雑誌というメディアの面白さをたっぷりお届け!「体験的雑誌クロニクル」【31冊目】「あの頃『宝島』は輝いていた」をどうぞ。
【31冊目】あの頃『宝島』は輝いていた
前回、『スタジオ・ボイス』の変遷について書いたが、体裁や内容の変化ということでは『宝島』(晶文社/JICC出版局/宝島社)も負けてない。というか、完全に勝っている。むしろ圧勝だ。
当初は『ワンダーランド』の誌名で晶文社より1973年8月号創刊。表紙に「植草甚一編集」と銘打たれ、執筆陣には片岡義男、筒井康隆、淀川長治、天沢退二郎、小林信彦らの名前が並ぶ。矢沢永吉率いるキャロルのルポや浅川マキ、菅原文太らも登場している。サイズはB4変型の大判・中綴じで82ページ、定価は300円だった。
3号目で誌名を『宝島』と変更。6号で一時休刊するも、1974年6月号からJICC出版局発行となり、判型もB6判とコンパクトに。平綴じのいわゆるペーパーバック形式で、200ページ超と厚みもあった。その後、1977年6月号からA5判となり、1986年まで続く。翌1987年1月号からAB判・中綴じとなり、1990年3月には月刊から月2回刊へ。
実に激しい変化だが、体裁だけでなく内容も時代によって大きく変わった。創刊から70年代末までは、いわゆるカウンターカルチャーの啓蒙誌という感じで、アメリカ由来のロック、ジャズ、都市、ドラッグ、ヒッピー文化、ナチュラルライフ、精神世界などのテーマを盛んに取り上げた。1975年10月号の特集「マリワナについて陽気に考えよう」は語り草。井上陽水が大麻取締法違反で逮捕され、別件で同法を違憲と訴える裁判も起こった1977年の12月号では「大麻レポート あなたはどう考えますか」なる特集も組んでいる。
この時代で私が唯一所有しているのが1976年9月号、特集「漫画フリーク大事典」だ。特集扉のリード文には〈ぼくたちは、マンガの洪水のなかで育ってきた。マンガについて語ることは、そのまま、自分や自分たち世代について語ることにつながる。(中略)大人たちの非難の目をかいくぐって読んできた、おもしろいマンガのことを、いまこそ話そう〉と綴られる。当時のマンガは、まだカウンターカルチャーだったのだ。
といっても、リアルタイムで読んでいたわけではなく、編集の仕事を始めてから資料として買ったものだが、細野晴臣「ぼくは西岸良平のライヴァルだったんだ」、渋谷陽一「ぼくが貸本マンガに夢中だった頃」、竹田やよい「少女マンガはドラッグである」、小野耕世「霊式戦闘機としての魔球・必殺技」、呉智英編「乱調マンガ大事典」など、今読んだほうが希少価値も含めて面白い。
80年代に入ると、『宝島』はサブカル雑誌化する。
1980年11月号の特集は「ホイホイ文章術」。もちろん真面目な文章講座ではない。飛ぶ鳥を落とす勢いだった糸井重里のふざけたインタビューに始まり、橋本治が各種の文章読本にツッコミを入れる「えばるな文章読本」、大藪春彦の『野獣死すべし』を大隅秀夫『原稿の書き方・つくり方(上手に書き、まとめる技術88のポイント)』に従って添削する企画など、皮肉が利いている。
特集以外にも、女子のホンネをあけすけに語ってベストセラーとなった下森真澄+宮村優子の連載「ANO・ANO」、湯村輝彦のマンガ、林家三平(初代)のラストインタビュー、草野球の始め方講座「ほんとうの草野球・大全」、読者投稿による「失敗!恥!」体験談など、盛りだくさん。イラストレーターとして、渡辺和博、安西水丸、奥平イラらの名前もある。
1981年2月号の表紙にはRCサクセションの忌野清志郎、仲井戸麗市が登場。特集は「What's The Rock? 日本でロックを考える」だが、ひさうちみちおの新連載『不幸』が始まってたりする。同年6月号の表紙は桑田佳祐でインタビューもあるが、個人的には湯村輝彦の巻頭グラビアや特集「少女マンガはこう読め!」の大島弓子への書面インタビュー、ささやななえ×大矢ちきの対談に惹かれるのだった。
この時代の『宝島』には他誌の広告が結構載っている。ざっと挙げれば、『ぱふ』『ビックリハウス』『ロッキング・オン』『本の雑誌』『イメージフォーラム』『HEAVEN』など。
そんななか、1983年6月号にてキャッチコピーが「THE MAGAZINE FOR NEW AGE」に変わる。メイン特集は「Y・M・O解剖」。ほかにも森山達也(ザ・モッズ)、立花ハジメ、浜田麻里、遠藤ミチロウらが登場するなど、音楽色が強くなる。さらに、1985年1月号にて増ページ・オールカラー化し、キャッチコピーを「ROCK FASHION & ALL NEWS」に変更。日本語で「21世紀エイジのニュー・マガジン」との文言も入っていた。1986年1月号でマイナーチェンジ、そしてA5判からAB判へと変わった1987年1月号からは「ポジティブな生活情報マガジン」を名乗り、折からのバンドブームに乗った同年6月号の「実践ガイド特集“バンドやろうぜ!!”」を起爆剤として、若者向けカルチャー誌の代名詞となる。
実際の部数は知らないが、バブル景気という時代背景もあり、ここから月2回刊化した90年を挟む3~4年の『宝島』の勢いはすごかった(ちなみに「イカ天」こと『三宅裕司のいかすバンド天国』は1989年2月~1990年12月の放送)。それでもスタイルを固定せず、「ロック世代の総合マガジン」「都市生活マガジン」というふうにキャッチコピーとテイストを微妙に変えながら、突き進んでいく。
私が同誌をリアルタイムで買っていたのは、80年代後半から90年代前半だ。70年代のカウンターカルチャー啓蒙誌の頃は小中学生だったので、さすがに視界に入っておらず、その手の文化的要素は『プレイガイドジャーナル(通称プガジャ)』(【2冊目】参照)で賄っていた。高校・大学生だった80年代前半は250円という手軽さもあり(85年からは350円)、たまに購読していたが、愛読者とまでは言えない。
ただし、その頃のお目当ては、どちらかというと特集よりも連載だった。音楽を聴くのは好きだし、清志郎とかが出てるとそれだけで買ってしまうが、バンドやろうと思ったことはないし、ストリートファッションも自分の趣味とは違う。それより連載「流行の素」(文:押切伸一・川勝正幸、イラスト:岡崎京子)や情報コラム「宝島ニュース通信社」のほうが面白く、何より一番の楽しみだったのが「VOW」である。
「VOICE OF WONDERLAND」を略して「VOW」。若い人はもう知らないかもしれないが、読者投稿とコラム、4コママンガから成る名物コーナーだ。創刊時からあるコーナーで、もともとは雑多な情報コラム集だった。前出『プガジャ』でいえば「風噂聞書(かぜのうわさのききがき)」に相当するページで、雑誌の魅力はそういうコラムコーナーにこそあると思っているが、80年代後半以降の「VOW」は読者投稿がメインとなり、それがすこぶる面白かったのだ。
新聞・雑誌・広告チラシの笑える誤植、マヌケな事件記事、誤読を誘う見出し、謎の尋ね人広告、街のヘンな看板、珍商品などのネタを読者が投稿し、編集部がコメントする。今見ると、ありがちなネタにも見えるのだが、当時はそういう視点自体が新鮮だった。赤瀬川原平らによる路上観察学会(1986年設立)の若者版というかお下劣版というか。
コーナー内のコラムや4コママンガの充実ぶりもハンパない。執筆陣は、みうらじゅん、えのきどいちろう、山田五郎、カーツ佐藤(佐藤克之)、杉作J太郎、しりあがり寿、内田春菊、桜沢エリカ、安西水丸、相原コージ、なんきん、蛭子能収、天久聖一など。「VOW」枠内で連載されていた「大阪呑気事典」も大好きで、単行本化された『大阪呑気大事典』は座右の書となっている。『宝島』の連載から生まれた単行本には、まついなつき編・著『プロジェクトC』、山崎浩一『なぜなにキーワード図鑑』など名著も多い。
しかし、バブル崩壊後の1992年あたりから、またしても雑誌の方向性が変わってくる。「この街に住め!」という連載が始まったり、「人生を変える一冊」「スタイルのある部屋」なんて特集があったりして、何というか、『ビッグ・トゥモロウ』と『ポパイ』を足して2で割ったような感じになった……と思ったら、1992年11月9日号の特集「恋とSEX 男と女は理解し合えるか!?」で他誌に先駆けヘアヌードを掲載して世間を騒がせる。
朝日新聞のコラムにまで取り上げられた効果もあってか、その号はバカ売れ。以後、「誰でも手に入るヘア&性器写真」(1993年3月9日号)、「一挙掲載!!“史上最強の美少女ヌード”写真集」(同3月24日号)、「20代・他人(ひと)のSEX大調査」(同4月9日号)、「ヘアの次は“お部屋”でヌード」(同8月24日号)、「ビギナー向けフーゾク安心ガイド」(同10月24日号)、「有名人対抗!私が最も感じるヘア・ヌード選手権」(1994年4月24日号)と、ヘアヌード&SEX路線へ一気に舵を切っていく。
そのあたりでもう付き合いきれなくなって買うのをやめてしまったが、それからも同誌は変身を続ける。ヘアヌードからゴシップ&お宝映像&お得情報雑誌の時期を経て、週刊化した2000年途中からビジネス要素が強くなり、2001年には『DIME』や『日経トレンディ』の若者版のようになる。その後、表紙イメージも完全にビジネス誌化し、キャッチコピーは「New Business Weekly」に。
時代に合わせた柔軟な変化なのか、ポリシーなき迷走なのか。創刊当初、日本版『Rolling Stone』をめざしたものの版権取得が不調に終わり、『ワンダーランド』としてスタートしたという経緯からすれば、まさにライク・ア・ローリングストーンといったところか。
そんな“転がる石”も、ついに2015年10月号(761号)にて休刊。最後の編集長・宮川亨氏は、次のように綴っている。
〈時代とともにコンセプトを変え、判型を変え、刊行形態を変え41年間にわたり発行してきました『宝島』は、今号をもって休刊します。現在の読者はもちろん、過去に一度でもこの雑誌を手にしたことのある読者の方々には感謝の言葉しかありません。(中略)雑誌という形での『宝島』は役目を終えることになりましたが、この雑誌の開拓者精神を忘れず、再び多くの人たちと出会えるよう編集部一同、精進していきたいと思っております〉
「開拓者精神」と言われれば、確かにそうかもしれない。それぞれの時代で新たな読者を開拓してきた。やたらに開拓すればいいってものじゃないとも思うが、それまでの読者を完全に切り捨てるほどの大胆なリニューアルを断行するのは勇気のいることだ。その攻めの姿勢には頭が下がる。
歴史に残る伝説の雑誌であることは間違いない。ただ、「あの頃の『宝島』は面白かったよね」と言ったとき、思い浮かべるものは人によって全然違う。違いすぎて、話が噛み合わない可能性が高いのが、難しいところではある。
文:新保信長
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