2017年に出版された柚木麻子の小説『BUTTER』(新潮社)は、世界38か国で翻訳され、全世界累計150万部(日本では60万部)を突破している。後編では、作者と翻訳家が日本とイギリスの読書文化について語り合った。

読書離れ、出版不況が叫ばれる日本だが、打開のヒントはイギリスの読書風景にある?柚木麻子✕英訳者ポリー・バートン対談<前編>に続く<後編>。





■「有益な回答」を求めないイギリスの読書会



『BUTTER』の作者・柚木氏は、著者インタビューを受けて日本とイギリスでは本を読む視点が違うのだと気付かされたという。







「本のインタビューを受ける時、日本だと、『本を読んでいて良かったこと』とか『本との出会いによってどんな素敵な人に生まれ変われたんですか』みたいな読書のメリットについてよく聞かれるんです。



 でも、本好きな私自身、本を読んできたから相手を慮れる想像力豊かな、人の心の機微に入っていける人になったかと言えば、そうでもないなと。



『あなたの本を読んでジェンダーについて考えることで辛い女性が救われるんですよね』とも言われますが、過酷な状況にある人はそもそもこの本を読むのも苦痛かもしれない。自分が利益になれるかというと、すっごく悩むところなんです」



 これがイギリスでは全く違った角度から話をされる。



「イギリスのインタビューでは『麻子は人を殺すとしたら何の料理に毒を入れる?』って聞かれて、私が『殺す人数によるかな』って言ったら『本当に面白いわ』みたいなやりとりがありました」



 イギリスでは、フェミニズムの理解や読書習慣が社会に根付いてる。そして読者は、本から得られる知識やメリットではなく、作家個人の考えや感性に目を向けている。



 柚木氏もそんなイギリス読者の視点が心地よいようだ。



「『BUTTER』を読んで、ものすごく得るものがなくても別にいいっていう。それより、『BUTTER』を読んだことで次の本に向かいたい。大きな地図のうちのひとつ、みたいな。



 読書会も別に『あなたが正しい』とか『有益なことを言おう』とかではなく、ただ単にみんな本についてしゃべってるとか、本回りのリラックスした雰囲気みたいなのは、私はとても羨ましかったです」







■「読書はセクシー」という文化



 イギリスに住むポリー氏は、自国の読書文化についてどのように考えているのだろう。





読書にメリットなんかなくていい。『BUTTER』作者✕英訳者...の画像はこちら >>



「この質問は難しいのが、私自身がバブルの中で暮らしているというのがわかるから……。それはやっぱり私の周りにいる人間が、本屋さんで働いてる人、出版界で働いてる人など、その人たちが私の世界なので。例えば、インスタを見てると本にまつわる話しか流れてこない。自分にとってはもう世界中がこのことを考えてるんじゃないかって思うんだけれども、例えばダンスクラスで会った人に出版界でものすごく大きなニュースになっていることを言っても『え、何の話?』っていうふうな反応ですね。



 柚木さんが仰るように、本を読む人たちが集まると『これ面白かったね』とか『何読んでるの』と盛り上がるんですが……でも国として見たときに本を読む人の数はどんどん減少している。あと余裕がない、本を読む時間がないというのはイギリスも同じです。読む時間がなくなったということよりも、スマホに向かっている時間の方が長くなっているという、両方がいまのイギリスとしてあるのではないか」



 イギリスでも、スマートフォンが普及したことで読書時間は減少していると言い、これに柚木氏はびっくり。



「日本と比べると、とにかく本を読んでいる人がめっちゃ街中にいるなというイメージがありました。『自分の本を読んでる人を見つけたらその日はラッキー』って思ってるんですけど、かなりいて、顔バレもある。そういうのが私の中でかなり衝撃だったんですけど、それでも(読書時間が)下がってるんですね。それはちょっとびっくりです」



 それでも、イギリスには日本では失われてしまった“素敵な読書文化”がある?ポリー氏が証言する。



「日本からイギリスに戻った8年前、ロンドンから電車で1時間半ぐらいのところにあるブリストルという街に引っ越したんです。引っ越し当時は1軒も本屋さんが街になかったんですが、今は8軒できています。確かに朗読イベントのようなことがたくさん行われているので、どこかでまだ『本を読むことがセクシーである』というような印象は生きているのかなというのは思います」



「読書がセクシー」というパワーワードが飛び出し、柚木氏がこれに反応した。



「『セクシーだから読む』っていうのでもいいですよね。イギリスとかアメリカのラブコメを見ると、本がきっかけで仲良くなったり、今でもすごく素敵な出会いとして描かれるじゃないですか。



 日本でもあるにはあるんですけど……イギリスでは読書をすることに対するちょっとまだロマンチックなものが残っているようで、それだけでも羨ましいです」





■ジャパンブックフェスティバルを世界が待望



 柚木氏は、日本文学ブームをさらに飛躍させたいと考えている。対談の終わりに壮大なビジョンを切り出した。



「せっかく今日は偉い方がいっぱいいるので言っておくと、とにかくいろんな作家に『なんで日本ってジャパンブックフェスティバルやらないんだ』『多和田葉子と小川洋子と川上未映子と村田沙耶香がいれば、どんなことをしてでも行くよ』みたいなことを言われているんです。



 直島を借り切って花火を打ち上げて。もしくは金閣寺に三島由紀夫の作品世界をプロジェクションマッピングして京都を本の街にしたり。



 でも多和田葉子さんとか小川洋子さんは汚い資本だときっと出てくれない(笑)。協力してくれる方がいれば。

そして(パトロンとなってくれる)クリーンな大企業、ぜひ募集したいと思います!」



 これが形になれば、不況にあえぐ出版業界に明るいニュースとなりそうだ。





読書にメリットなんかなくていい。『BUTTER』作者✕英訳者対談から気づかされたこと
対談は文化庁・JPIC主催の講演会の中で行われた



取材・文:谷口友妃

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