■統一教会の解散は「非訟事件」として処理された
三月四日の東京高裁決定で家庭連合(統一教会)は法人格を失い、即刻清算手続きが始まり、信者たちが既に教団施設から締め出され、集まって礼拝や祈祷などを行なうことができなくなったのは周知のことだろう。私がある程度教団の事情を知っている元信者の立場で解散命令に反対してきたことについても周知のことだと思うので、今回は、宗教団体が法人格を失い、解散させられるとはどういうことなのか、よく言われていたように、単に税制上の優遇措置を失うだけで、信者たちが信仰生活を送ることに何の支障もないというのは本当なのか、統一教会のケースを通して明らかになったことを述べておきたい。
統一教会の解散は、宗教法人法81条に従って「非訟事件」として処理された。この81条の解散の要件をめぐって、教祖など幹部が重大な刑事事件で有罪判決を受けた場合に限られるのか、民事上の不法行為――念のために言っておく、不法行為は、損害賠償の対象になるあらゆる行為のことであり、犯罪ではない――も含まれるのかをめぐる議論があるが、今回はそこではなく、宗教団体の解散を「非訟事件」として扱うのがそもそも妥当なのかを問題にしたい。
「非訟事件」という難しそうな言葉を聞くと、素人は厳格な形式で審理するのかという印象を持ってしまうが、その逆だ。成年後見とか失踪宣告、借地条件の変更、法人の役員選出など当事者間の内々の問題に裁判所が行政的に介入して処理するための、調停に近い簡易な裁判形式だ。民事手続の一種だが、法学部の授業・教科書で扱われることがほとんどなく、専門的な解説書も少ない。
「非訟」というのは、争訟性、つまり当事者の間での、互いの利害関係をめぐる明確な紛争がないという意味である。成年後見や失踪宣告だと、争いがないけれど、法律的にはっきりさせる必要がある、ただし、役所の窓口の判断で決めるのでは不安、というような状況は十分想像できる。そういう状況に対応するための法手続だ。英語だと、〈non-contentious case(争いがないケース)〉、フランス語で〈matière gracieuse(優しい事案)〉。
内々の争いの余地がないはずの事案を裁判所がさっさと処理してくれるための形態なので、通常の民事訴訟が原則公開であるのに対し、原則非公開。証拠調べなどは通常の裁判ほど厳格である必要はなく、裁判官の職権で簡便に処理し、迅速に「決定」できるようになっている。
宗教法人法では確かに、宗教法人の解散は非訟事件として扱うと規定されている。
オウム真理教とか明覚寺のように、教祖等の幹部が重大刑事事件を起こした場合もそうかもしれない。これらの教団の場合も、残った信者等は解散を不服として、最高裁まで争ったので、「争訟性」がないとは言えないが、主だった幹部が逮捕されていなくなり、それまで宗教行為としてやってきたことが犯罪として裁かれたのだから、本来争いの余地はない、と見ることもできよう。
しかし、統一教会のケースは全く違う。日本では刑事事件で逮捕された幹部はいない。問題とされたのは、全て民事の不法行為――基本は、高額献金した元信者による被害の訴え――である。数万人の現役信者のほとんどは、高額献金を無理に勧めたわけではない。(道交法違反などを除いて)犯罪を犯したことなどない数万の信者があり、聖職者に当たるスタッフも揃っている。彼らの信教の自由を著しく制限することになるのを承知で、不法行為を防ぐという公共の利益の観点から、敢えて国の責任で解散を命じたわけである。
■公開の対審裁判を認めない現行の宗教法人法にある「不備」
国家と教団が真っ向から対立するのに、原則非公開の簡易な手続きで、裁判官の裁量でさっさと進める「非訟事件」扱いでいいのか? 教団側は、文化庁が被害者の証言を捏造したことを指摘したが、裁判官の職権で無視された。現役信者が利害関係者として参加したいと申し出たが、それも裁判官の職権で拒否された――非訟事件手続法で、裁判の影響を受ける者は「利害関係参加人」になることができるとされている。
アメリカ等では、非訟事件として扱っていいのはどういう場合か、立憲主義の視点から論じる活発な議論がある。日本では、そうした議論はあまり見られない。過料の決定を非訟事件として処理するのは、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」とする憲法八二条一項に違反しないかをめぐる特別抗告審の決定(1966)で、最高裁は違憲だという主張を退けているが、本人に不服があるのに対審裁判にしないのはやはり違憲であるという反対意見や、法律に不備があり、全く問題なしではないと認める補足意見も出されている。
民事上の不法行為においてその宗教法人が解散に値することをしてきたのか、これからもその恐れがあるのか、という憲法で保障される基本的人権に関わる重要な問題であるのに、宗教法人法でそうなっているからといって、そのまま実行するのが法の支配だという発想は真っ当か?
信教の自由を制限されるかもしれないがゆえに不服な人たちが数万人もいるのに、公開の対審裁判を認めない現行の宗教法人法には不備がある。不備を放置したまま、それをどう補正するか検討することなく、裁判に入るのはおかしい。文化庁の役人、(法律家や法学者もメンバーである)宗教法人審議会、質問権行使を決定した岸田元首相を始めとする国会議員の怠慢ではないか。つまり、宗教法人法の不備を正すための立法措置を講じなかった、立法不作為ではないのか?
ハンセン病予防法など人権に関する問題で、立法や行政の不作為を声高に主張するのは、人権派もしくは護憲派リベラルだ。しかし、この問題では、人権派を気取る弁護士・法学者、知識人たちは、宗教法人を非訟事件で解散させることの是非を全く論じようとしなかった。相手が自分たちの敵、憎むべき“反共カルト”だから、黙っていたのか? 憎むべき敵だからこそ、公開裁判で堂々と裁くべき、という態度を取るのが真の人権派、リベラルではないのか?
■法人格を失った家庭連合は具体的にどうなっていくのか?
問題は、裁判手続だけではない。非訟事件の場合も、通常の民事訴訟と同様に、抗告審(高裁)の決定が出た段階で、清算が始まる。
全国260か所の教団が所有もしくは賃貸する施設の全てが清算人によって差し押えられ、信者は立ち入りが許されず、礼拝とか各種儀礼を行なうことができなくなった。冠婚葬祭も例外ではない。葬儀も出せず、墓地も使えない。場所によっては、担当する清算人(代理人)の判断で、私物を持ち出すことさえ許可されていない。PCに保存されている信者の個人情報まで提出を求められている、という。
通常は、清算が終わったら、残りの財産は、旧教団の信者から成る任意団体に引き渡されるが、文化庁・清算人は、統一教会の被害者が勇気を出して名乗り出るまでには時間がかかるとして、年単位で待つ必要があるとしている。
普通の法人の清算では、債権者が申し立てられる期間は二か月だ。年単位というのは異様に長い。そのうえ、清算人たちの日当は、教団の資産から払われる。文化庁や清算人、彼らとコラボしている全国弁連などの左翼弁護士グループは、信者にいかなる施設・資産も渡したくないのだろう。日弁連の会長は、そうすべきだと主張している。
信者は施設の外で儀礼をすればいいではないか、と言うかもしれないが、それも容易ではない。教団で説教や牧会をし、各種儀礼を主宰する人たちは教団職員だが、現在、彼らの上司は清算人だ。職員たちは、勤務時間中に宗教活動することを禁じられている。彼らの多くは自宅待機を命じられている。業務命令で待機している時間に、他の信者たちと会って何かの相談をしたりすれば、宗教的な集会をしていると見なされ、業務命令違反になる可能性がある。休日であれば、業務外になるが、それは教義によって定まった儀礼を行なう日時から外れてしまうし、勤務時間がはっきり定まっていなかったら、全て業務命令違反にされてしまう恐れがある。
これは、信者たちが最高裁に特別抗告を行なう大きな制約になる。教団施設や資産にアクセスできないので、主だった人たちが集まって対策を練り、資料を整え、弁護士に依頼する、といったことが極めて困難になっている。教団のHPや通信設備が使えないので、世間に向かって自分たちの正当性をアピールするどころか、主だった人たちが一般信者たちに向かって、メッセージを発することもままならない。メッセージを発信したら、それを発したグループの中に職員はいないかチェックされる恐れがある。また、マスコミ等による名誉毀損やプライバシーの侵害に対して、教団として法的対抗措置を取ることもできない。私は現在、そうした状態にある教団の生き残りをかけた最後の闘いのお手伝いをしている。
■「解散命令」は現行法に潜む陥穽である
信者たちが宗教儀礼を行なったり、集会を開いたり、自由に意見を表明したりすることができない、延いては、最後の望みである特別抗告を行なう準備さえままならない、そういう帰結をもたらす解散命令が、非訟事件として審理されることを定めた現行法はまともだろうか。現行法を改正することが無理でも、裁判官の裁量によって審理を公開し、なるべく対審的な形式にし、特別抗告が終わるまでは、清算の範囲を限定するといった措置を取るといったことはできなかっただろうか。
統一教会潰しに血道をあげる全国弁連、旧立民や共産党の議員、マスコミ、宗教学者・ジャーナリストはこうした問題が起こることを全く予期していなかったのか? 現在、解散が信者たちにどういう精神的苦痛を与え、どのように彼らの宗教活動を制約するのか、具体的に明らかになりつつあるが、マスコミや知識人たちはどうしてそこに目を向けず、判で押したように、「一日も早い被害者救済が…」としか言わないのか。自分たちが現に――信仰活動を制約されるだけでなく、職を失ったり、進学で不利になったり、差別・いじめを受けるという意味での――「被害者」を生み出している、という自覚はあるのか。
こうした非訟事件手続きによる密室的な手続きが正当化されるのであれば、安心していられる宗教などないのではないか。「過去に〇〇の教義に基づいて△△な不法行為をした団体なので、今は大人しくしていても、将来において…」というような雑な推測が罷り通るような裁判形式で団体を解散していいのであれば、統一教会を悪徳宗教の代表として責めている人たちにも、ブーメランとして跳ね返ってくるのではないか?
文:仲正昌樹
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