AV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも早大卒業とともに現役を引退。その後、文筆家「神野藍」として活動し、著書『私をほどく~ AV女優「渡辺まお」回顧録~』を上梓した。
【切り裂くような悲鳴】
目の前に置いてあるノートパソコンの奥、一段上がったところに設置しているモニターには名前の知らない女優の引き攣った顔が映し出されていた。スピーカーから漏れ出る切り裂くような悲鳴を気にも留めずに、クライアントへ送るメールの文章を打ち込んでいた。 「文末に~幸いです」が同じメールの中に複数回続くのは、どうなのだろうか。要件さえちゃんと伝われば、そんな部分まで誰も気にもしないと分かっているのにどうしても直したくなってしまうのは私の性なのだろうか。デスクに肘をつき、うんうんと唸っている奥で黒い影が横切り、独特の重低音が部屋の中に響いていた。やっぱり文章を直そうと心に決め、もう一度打ち直していく。出来上がったものを読み返し、一思いに送信ボタンを押した。ようやく半日分の溜まったものを返し終え、椅子を引いて大きく背伸びをしたところで、画面に映し出されたソレと目が合った。
絶え間なく運ばれてくる串カツを余裕そうな顔つきで食べ進める担当編集が、眼鏡の奥に光る目を丸くして私に話しかけてきた。
「え、神野さんって作業中にホラー映画流しているんですか。どういうことですか。
「いや、そのままの意味ですよ。確かにながらでって意味では、聴いているに近いかもしれないです。作業用BGMみたいな」
「いやーー、これだけ長い付き合いをしていても知らないことってあるんですね。神野さんって変わってますよね、あ、もちろん良い意味でですよ。面白いです」
思考が堂々巡りし筆を置いてしまった私が、「今後の連載の相談がしたい」と連絡したのが、今日の会合のきっかけだった。いつだって私が帰宅してから「あの話はつまらなかったんじゃ」と疑うような話題を、独自の視点を交えて前向きなコメントをしてくれる担当編集にいつも救われていて、先ほどの話は「せっかくの”揺蕩と偏愛”なんだから、もっと自由に書いていいんですよ」という話の流れで出た話題の一つだった。
様々な話に花を咲かせ、店を出たのは午後10時を回ったところだった。駅まで見送ってくれた彼に頭を下げ、迷路のような改札階を人混みを避けて進んでいく。「いつか原稿にしてみようかな」と思いながら、進む足取りは疲労を感じさせないほど軽いものだった。
【『呪怨』との出会い】
「鏡に何かが映ったら嫌だから、お願いだから外して!」とリフォームの図面と分厚いLIXILのカタログを目の前に騒いでいた私がホラー映画に出会ったのは高校2年生のとき。WOWOWの夏の心霊特集で『呪怨』をリビングの大画面で流されたのがきっかけだった。私が座布団を抱きしめながら目を閉じたり開いたりするのを横目に、父親が何食わぬ顔で画面を見つめ、祖母が「ほら、白い男の子出てくるよ」なんて不穏な実況中継をしていた。
でも、怖いもの見たさという人間の好奇心は恐ろしい。それからの私は、近所で上映していない『貞子vs伽耶子』を観るために片道1時間の映画館まで連れていってと強請り、レンタルDVD屋で片っ端から面白そうな作品を借りるようになった。
【現実からの逃避】
上京して一人暮らしを始めてからも変わらず、今ではU-NEXTのトップページを開くと、おすすめ欄の半分くらいがホラー映画を占めている。ずらっと並んでいるサムネイルは生々しく、物語の終盤に出てくるはずのソレが悪びれもせずにこちらを見つめてくる。けれど、怖さを克服したわけではない。夜中に「眠れないなら映画でも観るか」と軽い気持ちで開いたときなんて、思わず声を出してしまい隣で寝ている犬がキョトンとした表情を見せてくる始末だ。作業中に流しているときも、たまに小さな呻き声を出してしまう。
それでも懲りずに見てしまうのは、私がホラー映画、ひいては怪異というものの魅力にどっぷり浸っているからなのかもしれない。現実から遠い作品であるほど、私をここではないどこかに2時間だけ連れて行ってくれ、そして作り物の恐怖は現実に直面している問題から思考を切り離し、麻痺させてくれる。激辛グルメをひいひい言いながら食べることや、SMプレイを尻尾を振って受け入れるのと大して変わらない。
そういえば、ここ1ヶ月ほどはホラー映画を再生していないのをふと思い出した。
文:神野藍
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