ミラノ・コルティナ五輪から1ヶ月が過ぎた。その熱狂もいったん落ち着いたが、フィギュアスケートに関しては、毎年春先に世界選手権というシーズン締めくくりのビッグイベントがある。
演技はもとより、演技終了後に見せた「あざと可愛い」ポーズや、サンリオのキャラクターみたいな「マイメロ泣き」でも話題に。その姿はアイドル以上にアイドルらしいもので、世間もアイドルをもてはやすような反応をした。
実際、彼女のアイドル性は高い。それは「好きこそものの上手なれ」というところが大だ。彼女はアイドルグループ・ニジュー(NiziU)のミイヒの大ファンで、五輪後には直筆のメッセージをもらって感激していた。また、アニメとしても人気のゲーム『アイカツ!』の大ファンでもある。例のあざと可愛いポーズは、その主人公のしぐさと似ていることが指摘された。アイドルとアニメという、日本が世界に誇る「カワイイ」カルチャーの二大アイテムから良質な養分を吸収してきたのだ。
ただ、彼女をアイドルにしているのはそこだけではない。アイドルが「仕事」ではないところが新鮮、かつ、本来的なアイドルを思い出させるのだ。
1980年代なかばまで、アイドルという仕事はなく、歌手や女優がそのように呼ばれるものだった。つまり、敬称、もしくは蔑称のようなものともいえる。松田聖子にしても「歌手」になりたくて芸能界に入ったわけで「アイドル」になりたかったわけではない。
しかし、聖子の絶大な成功により「アイドル」が「仕事」として成立するかのような幻想が生まれた。その幻想が現実に近づき、なんとなく定着しているのが今の状況で、その象徴がカワラボことカワイイラボ(KAWAII LAB.)のグループ群だろう。
プロデューサーは元アイドルの木村ミサ。今年2月に放送された『情熱大陸』(TBS系)では「それぞれが思うカワイイが正解である」として、
「そのグループ、その子たちに合うカワイイを見つけていくっていうのが、私のやることかな」
と、語っていた。
その考え方に出逢えたことで「アイドルになる」という子役時代からの悲願を成就させたのが、フルーツジッパー(FRUITS ZIPPER)の鎮西寿々歌だ。同じ番組で木村の生み出すグループについて「女の子が憧れるような、自分も入ってみたいと思えるような(略)入口を広くしたアイドル」だと形容していた。いわば、女子の女子による女子のためのアイドル、である。
そのあたりの方向性が「カワイイ」カルチャーの隆盛ともあいまって大成功につながったのだろうが、カワラボ系のアイドルには圧の強さというか、一種の押しつけがましさを感じなくもない。女の子=みんなカワイイ、という絶対的価値観が支配する世界に少々疲れてしまうのだ。
そういう意味では、プロレスに似たところもある。彼女たちが演じるカワイイに合わせて楽しむのがお約束というか、鎮西寿々歌のような挫折組がやり直せるあたりもプロレスみたいだ。
一方、中井亜美の可愛らしさはもっとアマチュア的である。思えば、五輪も本来、アマチュアスポーツの祭典だった。選手はもちろん「カワイイ」のプロでも「アイドル」のプロではない。そんななか、彼女は世間によって発見されたわけで、それゆえの新鮮さがある。そのインパクトは、1992年のバルセロナ五輪で発見された岩崎恭子に比肩するものだろう。
そう、アイドルがそう呼ばれてこそアイドルだったように、可愛いかどうかも、本人以外が決めるものだ。自分で自分を可愛いと思うのも自由だが、誰かが誰かを可愛いと思う自由のほうが本来的である。「可愛いね」と褒められて自信満々にうなずく女の子より、指をあごに当てながら首をかしげる女の子のほうが、より可愛いと思われるのではないか。
中井亜美の出現は、承認欲求過多で自己完結的な「カワイイ」があふれるアイドルシーンへのカウンターでもあり、伝統的な「可愛い」の復権といえる。また、アイドルビジネスの限界というか、そもそも、アイドルは「仕事」ではないという原点も思い出させてくれた。
なお、今回の五輪フィギュアではもうひとり、発見された人がいる。解説者の高橋成美だ。
金メダルを獲得した「りくりゅう」ペアのフリー演技の際に発した「すごい」の連呼や「宇宙一です」が評判を呼び、引っ張りだこに。それは彼女自身が「可愛い」存在だったからでもある。明るく無邪気で、それでいて知的で、小柄女子ならではの気の強さもあり、選手時代からの可憐さを保ち続けている。何よりあのアニメ声が「神解説」としての評価にも好作用したのだろう。
フィギュアのペア種目ほど、男女の体格差や性的役割を活かした競技はなく、それはさながら王子様とお姫様が繰り広げる氷上のメルヘンだ。あの競技を見るだけでも、男女をなんでもかんでも一緒くたにしようとするフェミニズムなど、戯言めいた妄想でしかないことがわかる。
そういえば、中井亜美フィーバーについて、女性アスリートの性的消費だとか、悪しきルッキズムだとか言って批判している人たちを見かけた。さまざまな才能に恵まれた少女がひたむきに人生を愉しんでいる姿を同時進行的に見られる、という極上の幸せを味わうことができない気の毒な人たちだ。
そんな妄想などでは揺るぎもしない真の可愛さ。中井亜美には今後も、演技はもとより、そのアイドル性で世界をときめかせていってほしい。
文:宝泉薫 (作家・芸能評論家)
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