連日、様々なニュースで世界の注目を集めているイスラーム文化圏。だが、イスラームに対する私たちの見方は本当に正しいのだろうか? 『しょぼい起業で生きていく』(イースト・プレス)を著し、いまYoutuberとしても話題沸騰中の「えらいてんちょう」が、『みんなちがって、みんなダメ』がロングセラー中のイスラム法学者・中田考と語り明かす、奇才同士のイスラーム対談、スタート! まずは、人前で公開プロポーズをしたイランの男女の動画がネットで拡散し、2人がイラン警察に逮捕された事件を取り上げる。
イランにおける「自由」とは?■公開プロポーズの男女が逮捕された!

えらいてんちょう(以下えらてん):3月頭にイランで、人前でプロポーズをした男女がイラン警察に逮捕されたじゃないですか。「普通の感覚」ならいいニュースなのに、なんで逮捕されるんでしょうか。

中田考(以下中田):まずひとつに、プロポーズ以前の問題がありますね。どんな文化、どんな社会にも、ドレスコード(服装規定)があります。

イランでは公の場で着ていい服とダメな服があるんです。女性の場合、たとえば髪を覆わないといけない。でも動画の彼女は覆っていないでしょう。すると、プロポーズ云々とは別に捕まるんです。

えらてん:日本でいう公然わいせつみたいなものですか?

中田:そうそう。おそらくプロポーズよりそっちの方が問題だったんじゃないですか。

えらてん:なるほど。日本だと女性が髪を覆わないといけないのは女性の自由の侵害だと思われますが、裸で外を歩く自由はない。

「自由」の定義が違うということですね。

中田:何を自由と感じるかは慣習によって決まりますからね。

■「コード」は一つだけじゃない

えらてん:僕は、国によって文化が違うのは当たり前だとも思うんです。 日本では裸で歩くと掴まりますけど、ヌーディスト文化がある国もあるじゃないですか。

中田:日本だと、道を裸で歩けない、職場で裸で働けないからといって、と独裁政権に抑圧されている、と感じる人はあまりいないですよね。あと、日本の場合グレーゾーンが大きいでしょう。服を着ていたらOKで、裸はダメ。じゃあ、男性が下着一枚だったらどうでしょうね?

えらてん:うーん、ギョッとはされますが、逮捕はされないかな……。

中田:イスラームでは一応決まっていて、「アウラ」と呼ばれる部位を隠さないといけないんです。男性なら膝からヘソまでがアウラなので、半ズボンはちょっとグレーですかね。

えらてん:あと、日本国内でも、ルールは場所によって変わるじゃないですか。夏の江の島のコンビニなら水着でも大丈夫でしょうけれど、冬の池袋を水着で歩いてたらヤバイです(笑)

中田:たしかにね。

えらてん:つまり、服装のコードは国や状況によって変わるものなんです。

■公私が区別されるイスラーム

中田:この一件について「なぜ愛が裁かれないといけないんだ」という批判がありますが、それは違います。裁かれたのは顔を覆わなかったなどの「行為」であって、内心の愛じゃないんですね。

えらてん:イランでも内心の自由は裁かれないと。

中田:そうそう。イスラームでは公の場と私的な場がはっきり区別されているんですね。ですから、今回の動画のようなことも、公開したから問題になったので、家の中で身内だけでやっているだけなら、黙認されます。

えらてん:日本だとその辺はあいまいですよね。電車内でキスをしていたら、異様だとは思われるけれど逮捕はされないでしょう。でも性交渉に及んだらダメ。じゃあ押し倒したり、いちゃつくのはどうかというと、程度問題です。

中田:どこまでが良くてどこからがダメか決まってないのですね。

でもイスラームでは、はっきり決まっているんです。シーア派の国であるイランではお坊さんというか、「モッラー」と呼ばれる聖職者が国を支配しているんですが、彼らへの批判の自由もあるんです。デモをしたり、新聞に投書したりとか「公然」と批判するのはダメですけれど、私的に、家の中では批判していますし、タクシーなどに乗っていても運転手がハーメネイ最高指導者の悪口を平気で言ったりしています。シリアみたいな独裁国家だとどこにいようと秘密警察の監視の目が光っており、みつかれば逮捕されますので、家族の前でも批判はできないんですけれどね。

えらてん:我々の持つ「言論の自由」のイメージからは違和感がありますが、そういう秩序形態もあるわけですね。

中田:だいたい、日本だって言論の自由はどんどん失われていますよね。政府批判はしづらくなっているでしょう。

えらてん:確かに、Youtubeでも政権を批判する動画はあまり評価されないでしょうね。

 

■イラン人はもともと宗教的ではない

えらてん:例のプロポーズ動画を見る限り、このカップルの周囲の人たちは祝福しているように見えるんですけど、イラン政府の方針と国民感情の乖離ってあるんでしょうか?

中田:うーん、そもそもイラン人ってもともとそれほど宗教的じゃないんですよ。宗教的なのはスンナ派のイメージですね。スンナ派の場合、断食とかの宗教「行為」をしている人間が宗教心が高いとされるんですが、イランの国教であるシーア派では行為よりも内心が大切なんですね。たとえば(イスラーム教で基本的に禁じられている)酒を飲むやつでも、ムハンマドのお孫さんのイマーム・フサイン(626~680)が悲劇的に殺された話を聞いて泣ければ、「信仰心があるな」ということになる。

えらてん:つまり、スンナ派は外形を大切にして、シーア派は内心を大切にすると。実際のところ、イランの若者はどう思ってるんでしょう? 公開プロポーズへの取り締まりとかを。

中田:たぶん、6割くらいは「警察はうるさいなあ」と思ってるんじゃないですか。ただ、1割くらいは「もっと厳しく取り締まれ」と思っているでしょう。

えらてん:残りの3割は?

中田:中立でしょうね。もっとも、うるさいと思っている6割の人々も体制を倒そうとまでは思っていません。体制打倒を考えているのは、せいぜい1割弱くらいだと思いますね。

えらてん:「不自由な国家」とひとくくりにされますけれど、何をしたら罰されるか明確な国と、そうでない国に分かれると思うんです。その意味では、イランは前者ですね。

■「イスラーム=野蛮」キャンペーンの一環⁉

えらてん:6割の人が内心で政権に批判的ということは、この事件は政権にダメージを与えるんでしょうか?

中田:いや、そんなにないと思います。ルーホッラー・ホメイニによる1979年のイラン革命以降、ずっとこんな感じですから。

えらてん:多くの人は内心で「うるさいなあ」と思いつつ、革命前の皇帝による専制よりはマシだと思っていると。

中田:うんうん。もともとイラン人って、革命前は田舎を除いてアメリカみたいな生活をしていた人たちですからね。

えらてん:ええ! そうなんですか。

中田:ただ皇帝が独裁的で酷かったので、革命を起こしたホメイニは凄く評価をされた。ただ革命前の皇帝の専制を知らない若い人たちが増えているのは問題ですけれど。でも、この事件くらいではイラン人の気持ちは揺るがないでしょう。プロポーズで逮捕された2人もすぐに釈放されましたしね。

えらてん:微罪逮捕みたいなものですかね。見せしめというか。

中田:イランにも強硬派がいますからね。ですから、まあ、大した話ではないんですよ。いつも欧米では騒がれますけれど。

えらてん:「イスラーム文化圏は野蛮だ!」という観点で取り上げられがちですよね。日本人から見ても、「また危険な中東という場所で怖いことが起こった」みたいなイメージですけど、実際はイラン、シリア、サウジアラビアでは全然違う。

中田:要するに、我々の常識で考えてはいけないということですね。日本だって女性の地位は欧米よりもはるかに低い訳ですし。

 国連の今年の発表では女性閣僚比率で日本は188カ国中171位で、164位のイランと中国よりも低いですからね。

えらてん:結局、この一件は欧米と日本の反イスラムキャンペーンの一環かもしれませんね。「我々先進国に比べて野蛮なイランはけしからん!」みたいな。

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