|#01 『窓の外から見つめるモノ』
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 夏ですね! もうどこかに旅行されましたか?

 筆者も3カ所ほど旅の計画を立てましたが、結局は人がいなくなった東京を楽しむことになりそうです。

 それはともかく、旅の楽しみの一つがホテルライフですね。

各種設備が整った豪華リゾートホテルとなればなおさらです。

 ただし、気をつけてください。素晴らしいところほど、強い思いが残されがちです。それがただの楽しい思い出なら問題はないのですが……

 

 グループでの旅行だと部屋飲みが盛り上がりすぎて隣室から苦情が、という失敗を犯しがちです。注意しに来るのがボーイさんならいいのですが、頬に傷がある強面のおじさんだとただ事ではすまなくなる危険性があります。まして、この世ならざるモノとなると、命に関わることになります。

 某私立大学のとある文化系サークルの夏休み合宿も、大騒ぎになってしまったそうです。サークルのリーダーの部屋に集まって、最初はトランプなどをやっていたらしいのですが、酒が回るにつれて隠し芸大会みたいになってしまい、最後は全員でアニソンの合唱をしていたそうですが……

 バンバンバン、と海に面した窓が荒々しく叩かれ、一同はぎくっとして窓を見ました。

 すでに外はまっ暗で星も見えなかったのですが、その黒々とした窓のまん中に、赤いアロハシャツを着た小太りの中年男が貼りついていたのです。男は窓を叩きながら何か叫んでいるようなのですが、サッシなので聞こえません。

「あ、すみません。うるさかったですか?」

 リーダーはそう言って、窓に向かって頭を2、3度下げてみせました。

そして、窓を開けて謝罪しようとするのを、横にいた同学年の女子が止めました。

「ここ13階だよ。窓の外に立てるはずないよ……」

 しかし、リーダーはまだピンときていないようでした。

「え? ベランダに立っているんじゃないの?」

「ベランダなんかない。昼間見なかったの?」

「え? じゃあ、あれは――」

 ようやく彼が事態を理解し始めた時、1年生の女子が叫び声をあげました。

「あ、あの男、下半身がない……」

 その瞬間、部屋の明かりが消えました。
 一同は悲鳴をあげて部屋を飛び出し、その夜は山側の部屋に集まって朝まで過ごしました。

 朝になってみると、一同はお化けに怯えて騒いだことが恥ずかしく思えてきました。酔っぱらって幻を見たのではないかと考えたのです。下半身がないと叫んだ子も、はっきり見たわけじゃないと白状しました。

 じゃあ、確かめに行こうということになり、一同は寄りそうようにして、その部屋に戻りました。

 部屋はコップや紙皿、酒瓶、スナック類が散乱してひどい有様でしたが、そのほかにはとくに変わった様子はありませんでした。

男が貼りついていた窓にも、なんの跡も残っていません。

「やっぱり幻だったんだ」

「誰かの影が映ったんじゃない?」

「そうだよ、そうに違いない」

「あの男、デブだったから、**が映ったんだ」

「なんでだよ」

 ほっとしたのか、皆は口々に冗談を言い合いました。

 そのうち、1人が何気なくバスルームの戸を開けました。そして、その場に腰を抜かしました。

 バスルームの鏡の中に、あの男の姿があったのです。

|#02 『真夜中のプールに浮かぶ無数の……』
リゾートホテルの怪談――豪華ホテルの裏の世界
 

 海辺のリゾートホテルは目の前がビーチでも、たいていプールがありますね。ビーチだと体に砂がつくとか、子どもはプールの方が安心といった事情があるようです。

 高校以来の友人同士のヒロシとアキラが泊まったホテルにも大きなプールがあり、しかも夏期は24時間使えるということでした。

 しかし、夕方にチェックインした2人は、レストランからバーへ、そして部屋飲みとひたすら地元の酒を飲んでいたため、プールのことを思い出したのは深夜になってからのことでした。

「酔い覚ましにちょっと泳いでこないか?」

 アキラはまだ荷物をさばいていないスーツケースから水着を引っ張り出しながら言いました。「ここのプール、水平線を眺めながら泳げるらしいぜ」

「まっ暗で何にも見えないよ」ヒロシはあきれ顔で言いました。「今さらプールだなんて面倒臭いよ。

明日にしようぜ」

「もう明日だって」アキラは意味不明のことを言ってケラケラ笑いました。「こんな時間に泳ぐヤツなんていないから、きっと貸し切りだぜ。なあ、行こうぜ」

 ヒロシもついにアキラに押し切られてプールに行くことにしました。

「24時間オープンだと、いつ掃除するんだろうな?」

 長い廊下を歩きながらヒロシはぼそりと言いました。しかし、アキラはそんなこと少しも気にならないらしく、「掃除ロボでも沈めてあるんだろ?」と言って、またケラケラ笑うのでした。

 夜更けのプールサイドは亜熱帯とはいえ、やはりひんやりとしていました。風が吹いてくると寒いくらいでした。

「なあ、本当に泳ぐのか?」

 ヒロシは改めてアキラに言いました。

「あ? ここまで来てなに言ってるんだよ。見ろよ、オレが言ったとおり貸し切りだぜ」

 そう言うと、アキラはシャワーも浴びずにプールに飛び込みました。

「おい、心臓止まっても知らないぞ」

 ヒロシもそう言いながら、そろそろとプールに入っていきました。

 昼間の熱が残っているのか水の中は生暖かく、どことなくどろっとした感じがありました。

掃除の話をしたばかりなのでヒロシは少し気持ち悪いなと思ったのですが、泳いでいるうちに気にならなくなりました。

 しばらく泳いでいるとさすがに酔いが回ってきたので、2人はプールサイドのチェアで休むことにしました。

「しまった。ビール持ってくればよかった」

 チェアに横になりながらアキラがそんなことを言うので、ヒロシは「まだ飲む気かよ」とあきれて言いました。

「いや、酒が飲みたいんじゃなくて、喉が渇いたなって思ってさ。こんだけ水はあるけど、飲むわけいかないだろ?」

「当たり前だ」

 そんな話をしているうちにヒロシはうたた寝をしていました。

「おい、ヒロシ」

 不意に揺り動かされてヒロシは目を開けました。

「なんだよ。ビール取ってきたのか?」

「いや、そうじゃなくて……」そう尋ねると、アキラにしてめずらしく言いよどみました。「プールがなんか生臭い気がして……」

「生臭い?」

 そう言われてみれば、あたりには魚が腐ったような臭いがただよっています。

「それに――」
「それに?」
「プールになんか浮いているみたいだし……」
「え!」

 起き上がってプールの方を見てみると、たしかに白っぽいものが浮いているようです。それも一つや二つではありません。

プール一面に浮いているのです。

「いつの間にこんなことになったんだ?」

「さあ、オレもちょっと寝てて、目が覚めたらこうなってた」

「もう部屋に帰ったほうがよさそうだな」

「ああ、でも、何が浮いているのか気にならないか?」

「うん、まあ。でも、見たら後悔しそうな気がするから……」

 ヒロシがそう言うと、アキラは皮肉っぽい笑みを浮かべました。

「オレたちこんなところで泳いでいたのかー、ってか? それはそれで面白いじゃん。ああ、スマホ持ってくるんだったな。写真撮って、『ヒロシはこんなところで泳いでました』ってアップできたのに」

「よせよ、もう。帰ろう」

 ヒロシは先に帰ろうとしたのですが、アキラに腕を取られてプールサイドまで連れていかれてしまいました。そして、見てしまったのです。

 プールに無数の腕と脚が浮いているのを。

 見渡すかぎり腕と脚ばかりで水面はまったく見えません。人体のほかの部位、頭とか胴体とかは一つも見当たりません。浮いている腕や脚は男のものも女のものもあり、年齢もさまざまであるようでした。

いずれも強い力で引きちぎられたらしく、切り口はずたずたで骨や血管がむき出しになっていました。

「なんだよ、これ」アキラがぶるぶる震えながら言いました。「ホラー映画じゃないぞ」

「そんなことより早く部屋に戻ったほうがいい。行こう」

 ヒロシは取り憑かれたみたいにじっとプールを見つめているアキラを引っ張って、ホテルの本館に続く扉の前まで連れてきました。そして、その取っ手に手をかけたところで、「ぎゃっ」と叫びました。

「な、なんだよ。おどかすなよ」

 アキラは半分逃げ腰でそう言いました。ヒロシは震える指で扉の取っ手を指さしました。

「か、髪の毛が……」

「髪の毛?」

 見ると、取っ手には大量の髪の毛が巻きついていました。しかも、その毛はミミズのようにうごめいているようなのです。

「うわぁー」

 どちらともなく叫び声をあげ、2人はそこに腰を抜かしてしまいました。

「どうかしましたか? 大丈夫ですか?」

 おそらく監視カメラでプールの様子を見ていたのでしょう、警備員が駆け込んできました。彼は2人の前にかがみ込むと、「蛇でもでましたか?」と尋ねました。この地域には毒蛇がいるので、プールに紛れ込んだのかと思ったようでした。

「い、いや、蛇じゃなくて」ヒロシは震えながら言いました。「プ、プールに腕や脚が浮いていて。それに髪の毛が扉の取っ手に――」

「腕や脚がプールに浮いてる?」

 警備員はプールサイドに駆け寄ると、水面を見渡しました。さらに懐中電灯であちこち照らしていましたが、すぐに首を振りながら戻ってきました。

「人騒がせだなあ、あんたたち。腕や脚なんてどこにもないよ」

「ええ!」2人は顔を見合わせました。「だって、さっきはプールいっぱいに腕や脚が……」

「あんたたち、ヤクをやってたね」警備員は腕を組んで言いました。「まいったなあ。警察に通報すべきところなんだが、ホテルの評判に傷がつくしなあ。いいかい、あんたたち、楽しむのはけっこうだが、まわりに迷惑をかけるんじゃないよ……」

 50代くらいの警備員はこんこんと説教をしていましたが、2人の耳にはまったく届いていませんでした。警備員の背中から腕が何本も何本もにゅっと出てくるのに目を奪われていたからでした。

|#03 『Wellcome to hell』
リゾートホテルの怪談――豪華ホテルの裏の世界
 

 これは東ヨーロッパの古い街での話だそうです。

 街の周辺には中世の古城やロマネスク様式の教会がいくつも残されており、日本からの観光客にも人気があるところでした。この話の主人公のT氏も、古城めぐりが目的でその街を訪れていました。

 予約していたホテルは旧市街のはずれにあり、ガイドブックによれば1920年代に建てられたものを近年リニューアルしたものだそうです。そう言われてみれば、あちこちにアールデコ風の装飾がみられるのですが、設備などはすっかり現代的でエレベーターに乗るのもフロアに入るのもカードキーが必要でした。

 昔風のホテルが好きなT氏にはちょっと物足りない感じがしましたが、部屋が清潔なのは嬉しく、滞在は快適なものとなりました。

 ところが、日が経つごとにだんだんと部屋が汚れてきたのです。

 客室係が掃除をさぼっているということではなく、時間が早送りで過ぎているみたいに急速に古びているように感じられるのです。初日にはピカピカだった洗面台がツヤをなくして黒ずみ、壁紙も色あせています。

 部屋の中ばかりではありません。廊下もエレベーターも、フロントさえもそうなのです。例のカードキーも使い古したみたいに印刷が薄れ、端がすり切れているのでした。

 まさか従業員に「3日目前より古びてないか?」などと尋ねるわけにもいかず、T氏は不気味に思いつつも滞在を続けていました。

 そして、5日目。

 城めぐりから戻ってきたT氏はエレベーターの変わりようにびっくりしました。照明は半分消え、鏡にはひびが入っているのです。1階登るごとにガタガタ揺れ、金属が擦れるキキキーという耳障りな音が響くのでした。

 廊下はさらにひどい状態で、ほとんどの明かりが消え、壁紙があちこちではがれていました。床の絨毯もでこぼこで、なにやら黒いモノがかさかさ走っているようでした。

 部屋もまるで廃墟でした。ベッドカバーはぼろぼろで、シーツには黒々とした染みがありました。天井の一部ははがれ、漏水しているところもあるようでした。

 シャワーはどうだろうかと蛇口をひねってみると、血のように赤黒い液体が吹き出てきました。

 いくらなんでもこれはひどいと思ったT氏は、部屋の電話でフロントを呼び出してみました。すると、男とも女ともつかない人工音声が「Wellcome to Hell(地獄にようこそ)」と繰り返すばかりで、フロントにもルームサービスにも外線にもつながらないのでした。

 その時、ベッド脇のサイドテーブルに手紙らしきものが置かれているのに気づきました。取り上げてみると、表書きには「Invitation(ご招待)」と書かれていました。

 封筒の中には紫色のカードが入っていて、地下の宴会場でパーティーが開かれるのでぜひ出席してください、と書かれていました。

 これを読んだT氏は、この国にはハロウィーンと日本のお盆を混ぜたような行事があることを思い出しました。

「そのための演出だったのかな? それにしてはやりすぎだと思うが……」

 ともあれ、パーティーの様子だけでも見てこよう、そう思ってT氏は部屋を出ました。お腹もすいていたので、なにか食べられるかもしれないと思ったのです。

 ところが、部屋の前には中型犬が立っていて、T氏に向かってうなり声をあげていました。T氏は横をすり抜けて行こうとしますが、犬はT氏の動きを読んでその進路をふさぎ、部屋の前から出そうとしないのです。

 そのうちT氏はその犬に見覚えがあることに気づきました。10年ほど前に死んだ飼い犬にそっくりなのです。柴犬混じりの雑種だったのですが、額の白い毛の形がまったく同じです。

「お前、べーなのか?」

 T氏が飼い犬の名を呼ぶと、その犬はうなるのをやめ、頭をT氏の脚になすりつけました。

「やっぱり、べーなのか。どうして威嚇なんかしたんだ? あっちへ行ってはいけないのか?」

 T氏が試しに廊下を進もうとすると、べーはT氏の脚をくわえ、はなそうとはしませんでした。

「わかった、わかった。もうパーティーには行かないよ」

 そう言いながら招待状を出してみると、二つ折りになったその間から血のようなものがしたたっていました。

「う、うわぁ!」

 T氏は招待状を投げ捨てると、ベーとともに部屋に駆け込みました。そして、鍵とチェーンをかけると、部屋のまん中でべーを抱きしめて朝がくるのをじっと待ちました。

 

 2時過ぎでしょうか、廊下から何かを引きずるような音が聞こえてきました。

 ずる、ずる、ずる、ずる……

 その音はだんだん近づいてきてT氏の部屋の前までくると、

 どさっ!

 その何かが部屋の扉に投げつけられました。

 またしばらくすると、ずる、ずる、ずる、ずる……と引きずる音が聞こえてきて、

 どさっ! と扉に投げつけられました。

 そして、また……
 T氏はべーの首を抱き、その息にだけ意識を集中して、廊下の音を聞かないように努めました。

 べーはそんなT氏の頬をやさしくなめていました。

 

 気がつくと朝になっていました。

 部屋はホテルに泊まった最初の日そのままで、カードキーも真新しくなっていました。シャワーの水も無色に戻っていました。そして、べーの姿も消えていました。

 T氏はすぐに荷物をまとめると、チェックアウトして一路空港に向かいました。

 帰国後、T氏は菩提寺でべーの供養をしてもらったそうです。

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