NHKアナウンサーとして、夕方のニュース番組のリポーターをしていました。
最近、こんな自己紹介をしても、だいたいの人が「そんなことあったっけ?」という反応です。
覚えていない人の方が圧倒的に多いかもしれません。私は、13 年間NHKでアナウンサーをしていましたが、そのほとんどが地方局の勤務だったので、知名度はゼロ。それでも事件当初は、渋谷のNHKの中に麻薬取締官が捜査に立ち入ったり、国会でNHKの会長が追及を受けたりして、結構なニュースになったものでした。
その大騒動を引き起こした、諸悪の根源が私です。
東京湾岸警察署におよそ30日間勾留され、麻薬取締官から取り調べを受けました。最終的に、罰金50万円の略式判決を受けて事件は終わります。もちろんNHKは解雇されました。気持ちを入れ替えて次の仕事を探したものの、当然うまくいきません。人と話したくない、電車に乗れない、店に入れない、外に出られないと、段々日常生活の中で出来ないことが増えていきます。
そうしてうつになったのは、自業自得で自然の流れだったのかもしれません。
自分で招いた困難は、自分で解決すると頑張ったものの、ダメだったのです。
ようやく繋がることができた精神科で、驚くべき治療法が提示されます。依存症の回復施設に入ることを勧められたのです。私自身は依存症ではないのに、依存症の施設に入る……。不安は山ほどありましたが、どこか潜入取材のような気持ちで、依存症の回復施設の門を叩きます。
そもそも、なぜ私がドラッグなんかに手を出したのか。ありふれた理由かもしれませんが、ストレスとうまく付き合うことができませんでした。一日の終わりに、ストレスを和らげるためご褒美スイーツをコンビニで買う感覚で、怪しいサイトからドラッグを購入したのです。
NHKのアナウンサーというと、「いい仕事をしている」と人は羨むかもしれませんが、私は新人の頃から劣等感の塊でした。今日も出来ないことが多かった。もっといい仕事をするアナウンサーは大勢いるのに、なぜ私はここにいるのか。どこまでいっても自分に自信が持てない。
もちろん、会社の仲間だけでなく、友人も大勢いました。でも、その人たちに自分の弱みを見せるのが怖くて、全く出来ませんでした。大げさではなく、絶対に無理でした。新人アナウンサーの頃は、叱られたり失敗したりすることで、「やっぱり自分はダメなやつだ」とバランスのようなものを取っていたものです。それが、アナウンサーとして経験を積むようになって、徐々に大きな失敗もしなくなりました。そこそこ、なんでも出来るやつ。これが、とても厄介でした。社会人として成長するのは当然のことだし、今更何をいっているのかという気もするのですが、釈放された後、先輩たちから久しぶりに叱られて、新人時代のダメな自分を思い出し、ホッとした気持ちがあったほどです。
遅かれ早かれ、どこかで崩れていたかもしれませんが、その前に私はドラッグでつまずいてしまいました。
ひとたび薬物事件を起こすと、どうなるのでしょうか。まず、信用も仕事も失います。
これまで、薬物事件というと怖い、自分には関係ないと、様々な理由をつけて避けてきた人もいるでしょう。
私自身も、薬物事件を起こした張本人にもかかわらず、以前はそう思っていました。そして、薬物に対して多くの偏見を持っていたのです。大勢の薬物依存症者と一緒に過ごしましたが、暴れるシャブ中なんて一人もいません。そういう偏見を持つ人たちにこそ、この本を読んでほしいと思います。
薬物の事件を起こす人は、一体どんな悪人なのかしら? 逮捕されたら、生活はどのように変わっていくの? という興味本位から、この本を読む人もいるでしょう。あるいは、私と同じように薬物事件を起こした過去があったり、会社をクビになったりしたスネに傷持つ人たち。また身近な家族に、薬物の問題を抱えている人たちもいるかもしれません。
薬物の問題は、決して他人事ではない。薬物の問題をそこまで深く考えていなかった私が、図らずも足を踏み入れた依存症の世界は、どのようなものだったのか。それをお見せすることで、薬物の問題について考えるきっかけになってくれれば幸いです。
(『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』著者/塚本堅一 まえがきより)