皆さんこんにちは!茨城県でヨガのインストラクターの傍ら、新米猟師をしているNozomiです!
さて、前回は罠の種類や作り方について掘り下げてお伝えさせて頂きましたね。
その日は突然にやってきました。霜の降りるようなとても寒い日の事です。猟期が始まり、罠を仕掛けて数十日。当初は緊張感を持っていた見回りも、全く箸にも棒にも掛からない日々が続き、諦めかけていた矢先でした。やれやれ、どうせ居ないに決まっている、罠の誤作動のチェックをして帰ろう、そんな気持ちでポイントを遠くから見たときに全身に緊張が走りました。山の様子が、おかしい。なにかがいつもと違う。私たちは注意深く、そしてゆっくりと、ポイントに近づいていきました。
『・・・・・!!』
そこには80キロ台のイノシシが山の斜面の木々の間に横たわっていました。

とてもびっくりしました。
(余談ですが、本当にびっくりした時って、声でないもんなんですね…!)
でも、おかしい。動かない。寝ているのか。その辺にある木の棒を投げつけてみました。やはり、動かない。
『…死んでいるの?』
私の問いかけに仲間が近づいて確認しました。獲物はすでに冷たく、絶命しているようでした。
『…何故、死んでいるんだろう?』
罠にかかったイノシシは通常、1週間近く、長くて10日ほど生きています。死んでいることはまず無い、だから心してかかれ、と聞かされていました。しかし、私たちの罠にかかったイノシシは急斜面の罠にかかった為、一気にバランスを崩し横転、体力を消耗し、1日で息絶えてしまったのだろう、と後に師匠が教えてくれました。この時の私たちはそれを知るすべもなかったので、止め差し(とどめを刺す事)をしなくて良い安堵感と、何故死んでしまっているのかわからない得体のしれない“死”への恐怖に、なんとも言えない気持ちになりました。獲物はバランスが取れないながらも、もがき苦しみ、あがらい、そして力尽きたのでしょう。
『ここで見ていてもしょうがない。引き出そう』
仲間の誰かがそう、言葉を発して、ようやく私は我に返りました。急斜面の山の中から獲物を引きずり出す作業は思っていたよりも大変で、腕や腰がもげそうになりました。吐く息が白くなるような寒さの中で全員汗だくです。
さて! やっとこさ獲物を引きずり出した後はやることがたくさんあります。
まずは【報告】です!
私たちは猟友会に加入しているので、獲物を捕った後は報告義務があります。捕獲者の名前、捕獲場所、獲物の性別、おおよそのキロ数、焼却処分の有無などを、猟友会支部長にその場で電話連絡します。電話連絡の時に、猟友会支部長から『ご苦労様。おめでとう』と言ってもらえた時に初めて、緊張が解け、自分の顔の表情筋が緩むのを感じました。【報告】が終わったら次は【写真撮影】です。猟期が終わった時に提出するための写真もいくつか決まった規定があります。

何故、《尾っぽ》が付いた状態なのかって?? この後、この《尾っぽ》(現物証拠)を切り取り、県に提出することによって報奨金を頂くことができるのです!(2018年、茨城県の場合。※年度や場所によって提出する部位や方法は違ってくるそうです※)
これで、ほんの少しでも、免許を取得するのにかかった費用や、罠の制作費用に充てることができますね!
《尾っぽ》の回収は週に2回、決まった時間に最寄りの市役所へ回収車がくるのでその時に提出します。ちなみにですが、私が提出したときは、回収日までに少し時間があったのでジップロックを2重に密封して、回収日までに腐らないように冷蔵庫に保管していました!(;´∀`)きっとたくさん捕る人は管理が大変でしょうねぇ…。
報告の電話連絡をするときに、捕った獲物を県で引きとり焼却処分にするか、自己処理をするかを聞かれます。私たちは迷わず自己処理を選びました。私達には、狩猟を始める前に考えたいくつかの決め事があります。その中で、捕った獲物は食べる!と決めていたんです。私たちの都合で奪う命、処分してしまうのではなくて、食べれるところは食べ、皮を剥ぎ、なめし皮にしよう。骨はナイフやアクセサリーを作ろう。使える物は全部使おう! そう決めていました。命への敬意の払い方は、人それぞれ違います。
【終わりに】
今回は私が初めて獲物を捕った日の事を綴らせて頂きました。次回は、解体について深く掘り下げて綴らせて頂こうと思います。なぜ私が解体を自ら進んで行うのか。そして解体方法や解体したお肉の保存方法についても綴らせて頂きます。