Q——今回展示されているフランスの「アール・デコの高級挿絵本」。文章(活字)がある紙のページ(本文)には、芸術家たちによる実に美しい“挿絵”(図版)が添えられています。まるで1枚の絵画のような美しさですが、どのようにして、つくられたのでしょうか?
鹿島 茂(以下、鹿島)・・・「アール・デコの挿絵本」は、芸術家と高い技術を持った職人が一緒に、版画や印刷所の工房でつくり、印刷していました。
本文の紙のページは、普通、厚紙の表紙に挟まれていて、「仮綴じ」の状態になっています。
Q——私たちが現在、手にしている書籍は、本文と表紙が一体化した形になっていて、本の背は接着剤や糸で綴じられていますが、それとは異なっていたということですね。
鹿島・・・フランスの挿絵本に限らず、フランスの古書に関して、まず、私たち日本人が頭に入れておかなければならないことは、かつて本は原則的に「仮綴じ」の状態で出版され、購入者がそれぞれ自分の好みにあった本格装丁を施すようになっていたということです。
仮綴じとは、本が未完成の状態であるということを意味します。したがって、仮綴じの状態で読み始めてもかまわないが、読んでいるうちに綴じがほどけてくる可能性は十分あるため、やはり、装丁業者に出して装丁(ほとんどは革装丁)してもらわなければならなかったのです。
また、第二次世界大戦前には、読み終わった本、あるいは不要になった本を古本屋に売却しようとしても、仮綴じでは低い値段しかつきませんでした。やはり古本屋に売却するにしても装丁済みにしておく必要があったのです。
Q——「アール・デコの挿絵本」の時代になって、変化があったのでしょうか?
鹿島・・・アール・デコの挿絵本全盛の時代でも、先ほど述べたことは基本的に変わりませんでした。つまり、本は装丁されてようやく完成するという意識は、あいかわらず強くあったのです。
とはいえ、新しい現象も観察されるようになってきていました。それは、出版されたままの、つまり仮綴じ状態のアール・デコの挿絵本が見事な完成度に達していたので、装丁はできる限り現状を保存するようなかたちで行われるようになったことです。
たとえば、19世紀の装丁では、表紙は装丁に織り込まずに外してしまうことが多かったのですが、これは必ず保存されるようになりました。また、「函(はこ)」も装丁に際しては、さらにそれを外側から保護する外函がつくられるようになりました。つまり、アール・デコの挿絵本の場合、革装丁によって仮綴じ状態は解消されるにしても、ブックデザインはそのままのかたちで保存されることが多いのです。
Q——今回、展示されている本は、「仮綴じ」ではなく、「未綴じ」のものということですが、「未綴じ」とは?
鹿島・・・「仮綴じ」状態を重視するという姿勢から、仮綴じをさらに進めて、いっさい綴じをしない「未綴じ」の状態で出版するという形式が、アール・デコ期からは流行するようになりました。
こうした未綴じを「アン・フーユ(en-feuilles)」と呼んだのです。たいていはそれが「シュミーズ(chemise)」と呼ばれる薄紙のカバーに挟まれ、さらに外側を「エテュイ(étui/厚ボール紙のカバー)」で覆われて出版されました。
このアン・フーユの状態のものはめったに見つからないのですが、私は展覧会を予想してこの形式のものを多く集めているのです。
Q——文章(活字)がある紙のページには、芸術家たちによる実に美しい“挿絵”(図版)が添えられていますね。
鹿島・・・美しい挿絵本のページそのものを鑑賞することは、当時の愛書家たちの大きな楽しみになっていました。ページをめくって味わうだけでなく、気に入った1ページを、額に入れて絵画のように鑑賞する人もいました。こうした読者のために、挿絵本の制作者たちはやがて別刷り(シュイート)を作るようになります。
こうした高級挿絵本の制作部数は、最大で数百部。職人たちが時間と手間をかけ、完全な手仕事で作ったため、制作費は非常に高額なものになりました。しかし、1920年代はバブル景気に湧いていました。この限られた高級挿絵本というジャンルを愛する裕福な層が購入したわけです。そして、この分野に参入する出版社が増えても、高級挿絵本が大衆的になることはありませんでした。
Q——高級挿絵本の中でも、「アール・デコの挿絵本」は特別だったのでしょうか?
鹿島・・・「アール・デコ」という言葉、これには意外に明確な定義があるのです。1925年にパリで、アール・デコ博覧会が開かれました。
ちなみに、「アール・デコ」とは、アール・デコラティブの省略形。かつて職人芸として扱われていた「装飾美術」という意味のフランス語です。「装飾美術」というのは、例えば、タピスリーやステンドグラス、家具、陶芸、服飾、印刷・造本・ポスター等を指します。
この時代、職人芸の分野に、機械と工場システムが導入され、1点ものはどんどん大量生産品に変わっていきました。ここで製品の「プロトタイプ」が必要になったわけですが、大量生産品は競争に勝つためには、このプロトタイプのデザイン性が必要となったというわけです。

Q——「アール・デコの挿絵本」は、出版・印刷のデザイン分野で、当時、最新の流行だったのですね。
鹿島・・・大量生産できる「版画」は、複製技術の先駆けです。版画には「情報性」という要素もあったため、活字と版画が結びついた「イラスト・ジャーナリズム」が発達していくのですが、そうした進化が加速する中、版画におけるもう一つの要素である「デザイン性」は希薄化してしまいます。
ところが、1911年から1914年の時期、こうした流れに逆らおうとする何人かの編集者が現れるのです。彼らが、ジャーナリズムの世界に「デザイン性」を持ち込んだのです。
例えば、リュシアン・ヴォージェル、ピエール・コラール、トマッソ・アントンジーニの3人の編集者です。
Q——特に、有名な挿絵本はありますか?
鹿島・・・アール・デコの挿絵本の最高傑作は、木版画家のシュミットが、バルビエの原画を全て板目木版で起こした1922年の『ビリチスの歌』でしょう。3年の歳月をかけて、125部という少部数を全て一人で制作。彼は活字まで創造したのです。
それから100年近くの時が流れ、グラフィック技術が発展した現在でも、アール・デコの挿絵本が史上最高水準の挿絵本であることに変わりはありません。