デフレ脱却の切り札として、わが国で注目されているMMT(現代貨幣理論)は、「貨幣」理論と銘打たれてはいるものの、「主権」の概念と密接に関わっている。
同理論の代表的な解説書『MMT 現代貨幣理論入門』(L・ランダル・レイ、東洋経済新報社)など、原著では「A PRIMER ON MACROECONOMICS FOR SOVEREIGN MONETARY SYSTEMS」(主権に支えられた貨幣システムのためのマクロ経済学入門)という副題がついていたのです。
前号「欧米のMMT論者は歴史認識問題にこだわる!」を踏まえて、主権の視点から見たMMTの骨子をまとめておきましょう。
1)主権国家の政府は、独自の通貨を発行することができる。つまり政治的な主権は通貨発行権を伴う。
2)途上国の政府は、自国通貨について、他の主要通貨、ないし金(きん)などと一定のレートで交換することを保証しなければならない。でないと通貨を信用してもらえないためである。
3)ただし一定の段階まで国が発展すると、通貨の信用が安定するので、前項の保証は必要なくなる。この状態を「通貨主権」と呼ぶ。
4)通貨主権を確立した政府は、自国通貨で負債を抱え込むかぎり、財政破綻に陥ることはない。通貨発行権に基づき、負債を返すための財源を自由に捻出できるからである。
5)これは政府支出の上限がなくなることを意味する。
6)通貨主権を基盤として経済主権を行使する政府こそ、繁栄を持続させる見込みが最も高い。そのような国の政治は安定しやすいので、結果的に政治主権も強化される。
通貨主権を媒介として政治主権と経済主権を連携させ、互いが相手を強化しあう好循環をつくるのが繁栄への道ということです。
◆欧米MMT論者のパラドックス 裏を返せばMMTは、国家の主権を重視する理論のはず。そのような立場は、ふつうナショナリズムと呼ばれます。
現にわが国のMMT論者は、評論家の中野剛志さん、京都大学教授の藤井聡さん、経済評論家の三橋貴明さんなど、ナショナリズムを肯定的にとらえる立場(いわゆる「保守系」)の人が主流。
ところがお立ち会い。
欧米のMMT論者は、この風潮を歓迎していません。
2019年、藤井さんは著名なMMT論者として知られるステファニー・ケルトンとビル・ミッチェルをあいついで招聘しました。
しかるにケルトンは帰国後、保守系MMT論者からの再来日の招聘を断ったことや、今後、日本の保守系メディアが主催するイベントには参加しないことを表明。
ミッチェルにいたっては、藤井さんが編集長を務める雑誌『表現者クライテリオン』に南京大虐殺を否定する記事が載ったとして、日本に来てほしければ記事を削除しろと要求しました。
じつはこれ、ミッチェルの思い込みだったようで、彼は要求を取り下げることになるのですが、来日したあとも「保守派の人間とMMTの話をするのは、彼らが左翼に転向するよう仕向けるためだ」という趣旨の文章をブログに書いています。
『平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路』で論じた通り、わが国の左翼は、国家、ないし政府への不信や否定を理念的な基盤としている。
これでは主権重視による積極財政など無理です。
すなわちケルトンやミッチェルの態度は、わが国におけるMMTの定着を阻害しかねない自滅的なもの。
どうしてこんなことが起きるのでしょう?
答えのカギは、『MMT 現代貨幣理論入門』の第6章にあります。ランダル・レイはここで、ユーロの問題を取り上げました。
ご存じのとおり、EUでは「ユーロ」への通貨統合が行われました。加盟国の大半(28ヶ国中19ヶ国。イギリスの離脱後は、27ヶ国中19ヶ国)が、政治的主権を保ったまま、通貨発行権を放棄したのです。
通貨発行権のないところに通貨主権はなく、ゆえに経済主権もありません。こうしてEU諸国は、繁栄の維持が難しくなってしまいました。
ならば、これにどう対応すればいいか?
◆ランダル・レイの驚くべき結論 通貨主権を媒介に、政治主権と経済主権を連携させるのがMMTの骨子とすれば、対応策は決まっています。
EU加盟各国の政治主権に合わせて、通貨主権を再設定するのです。要はユーロ圏を解体し、各国の通貨を復活させるという話。
し・か・し。
ランダル・レイの提示する解決策はまるで違う。
345ページの議論を要約してご紹介しましょう。
ユーロが抱える問題は、EUの統合通貨をつくっておきながら、EU全体の規模で経済主権を行使する(=積極財政によって景気を刺激する)主体が存在しないことである。必要なのは「全ユーロ圏中央財務省」だ!
350ページでは、以下のような議論が展開されます。
国家と通貨を分離してしまうと、財政政策が制限されてしまうため、経済危機が避けがたくなる。だからEUの統合をいっそう進めてゆくことで、問題を解決しなければならない!
分かりますか?
ランダル・レイは、EU各国の政治主権に合わせて通貨主権を再設定するのではなく、ユーロのもとでも経済主権が行使できるよう、政治主権のほうを再設定しろと言っているのです。
EU全体を一つの国家にする形でも、「国家と通貨の分離」は解消されますから、この解決策は筋が通っている。
けれどもこれを、ナショナリズムと呼ぶことはできません。加盟各国の主権はいよいよ制限されるからです。ランダル・レイが主張しているのは、EUグローバリズムによるユーロ問題の解決だと評さねばなりません。
ランダル・レイは一応、ユーロ圏の解体も「国家と通貨の分離」を解消すると認めています。しかしこれは、ユーロをめぐる議論の末尾に、「最後の選択肢」として3行ほど書かれているだけ。EUの統合促進こそ、彼が肩入れしている解決策であることに疑問の余地はないのです。
◆世界政府こそMMTの理想 先に私は、MMTは「国家の主権を重視する理論のはず」と書きました。
が、真相は少し違います。
MMTが真に重視するのは、通貨を媒介とする政治主権と経済主権の連携。
問題は二つの主権を、いかなる規模で連携させるのが望ましいかです。
従来の国家の枠組みで連携するのが望ましいとすれば、これは「政治主権の規模に合わせる形で経済主権を連携させる」ことになり、ナショナリズムの肯定に結びつきます。
ただし、今や経済は国家の枠を超え、地球全体の規模で動いている。
ならば「グローバル化した経済の規模に合わせる形で、経済主権が行使できるように政治主権を連携させる」ことも、MMTの精神に適合します。
具体的に言えば、ある地域全体、ひいては世界全体で積極財政ができるよう、超国家な政治主権(=政府)をつくれという話。
くだんの発想が行き着く先は、むろん世界政府ですが、これは純然たるグローバリズムです。
多国籍企業が国境を越えて幅を利かすばかりが、グローバリズムではないのですぞ。
それは新自由主義型のグローバリズム。
経済主権を行使できる超国家政府が存在しない以上、いかなるMMT論者もこれには反対するでしょう。
とはいえ世界政府が樹立され、地球全体に一つの通貨を流通させたうえで、経済主権を行使するとしたらどうか。
MMTの立場に照らして、反対する理由はありません。
それどころか、国家間の経済格差が解消されやすくなるので、現在の主権国家システムより望ましいという話になりかねない。
すなわちMMTは、ナショナリズム肯定の理論ともなりますが、グローバリズム肯定の理論でもある。
そして「格差解消」を掲げるかぎり、MMT論者は後者に流れやすいのです!
MMT、ないし欧米のMMT論者のグローバリズム性を示す例を、さらに挙げておきましょう。
MMT論者が熱心に提唱する政策に、「就業保証プログラム」(Job Guarantee Program, JGP)があります。
これは政府が、社会的に許容されうる最低賃金で、仕事をほしがっている労働者すべてを雇用するというもの。
中野剛志さんは『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』で、JGPの利点を以下のように述べました。
【「就業保証プログラム」は、不況時においては、失業者に雇用機会を与え、賃金の下落を阻止し、完全雇用を達成することができます。
逆に、好況時においては、民間企業は、この「就業保証プログラム」から労働者を採用することで、インフレ圧力を緩和するのです。(注:もともと最低賃金で働いていたため、好景気でも賃金をさほど上げずにすむから)】
(214ページ)
ところがお立ち会い。
前号記事でも紹介した、アメリカのMMT派団体「現代貨幣ネットワーク」(MMN)は、ステファニー・ケルトンの来日に関して、こんなことを書いているのです。
【(注:三橋貴明さんによるインタビューの席上)三橋はケルトンにこんなことを聞いた。就業保証のもとでは、誰でも自分の国で働けるのだから、生きてゆくために移民となる必要はなくなるのではないか? ケルトンは肯定したが、就業保証のもとでも移民の流れが大きく減少すると期待するのは非現実的だとつけ加えた。気候変動のもとでは、十億人単位の人々が移住の必要に迫られるのだから、と。】
おい、ちょっと待て!
MMTと気候変動に、一体どういう関係があるんだ?!
訳の分からない返答をするな、ステファニー!!
・・・お分かりでしょう。
ケルトンは移民反対だと思われたくないのです。
とはいえ三橋さん(彼は移民反対を明言しています)がたずねたとおり、各国が就業保証を実施すれば、移民の必要はなくなる。
だから話をそらして、気候変動の問題があるから移民はなくならないなどと答えてごまかしたのですよ。
国境を越えたヒトの移動の自由こそ、グローバリズムの重要な要素であることを考えれば、ケルトンにナショナリズムを重視する気がないのは明らかではないでしょうか。
◆日本のナショナリズムはとくに否定される 南京大虐殺をめぐるビル・ミッチェルの言動も、世界政府こそがMMTの理想だとすれば容易に理解できる。
現在、地上に存在する国際組織で、世界政府に最も近いものは国連だからです。
国連は第二次大戦の勝ち組たる連合国によって創設されたもの。
他方、わが国は枢軸国の一員として、連合国と戦いました。
イタリアはもとより、ドイツが降伏したあとも戦い続け、原爆投下とソ連参戦でやっと白旗を掲げたのです。
ならば日本のナショナリズムが、とくに否定すべきものと見なされるのは当然ではありませんか。
ケルトンも日本の保守派とは今後関わらないと言いつつ、左翼系のMMT論者とは接触を保つことを表明しています。
憲法前文ではありませんが、「(日本)政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすること」(原文旧かな、以下同じ)や、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持(すること)」を決意するような連中、つまりは政府不信の国連中心主義者としかつき合わないという次第。
これが欧米のMMT論者の正体なのですよ!
L・ランダル・レイも例外ではない。
『MMT 現代貨幣理論』は、こんな文章で終わるのです。
【他国を支援することは、我々の責任である。そのことが、我々をよりよき人間にする。そのことが、我々の国をよりよき国にする。我々は、共によりよき世界を作ることができるのだ。】
(523ページ)
どこかで聞いたような気がするって?
そりゃ、そうでしょう。
どうぞ。
【われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免(まぬ)かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。】
(日本国憲法前文)

MMTの理想は世界政府型のグローバリズムであり、ゆえにナショナリズム、とくに旧枢軸国である日本のような国のナショナリズムには否定的な姿勢を見せます。
しかしこうなると、ある疑問が湧いてくるのではないでしょうか。
そうです。
だったらなぜ、日本のMMT論者は保守系が主流なのか。
この責任、ないし功績は中野剛志さんのものです。
「超奇跡! MMTはジブリで分かる!」で触れたように、中野さんこそはわが国におけるMMT紹介の第一人者。
ナショナリストである中野さんは、無自覚にかも知れませんが、国家主権尊重の解釈のもとで、同理論を紹介したのです。
なにせ『富国と強兵』という本の中で、初めて本格的に取り上げたくらいですから。
さしずめ「NMMT」。
「ナショナリズム型MMT」の略ですが、「ナカノ型MMT」と受け取ってもらっても、いっこうに構いません。
こうしてわが国では、MMTと言えばナショナリズム肯定の理論であるかのような誤解が生じます。
くだんの誤解を解消しないまま、ケルトンやミッチェルを招聘したせいで、先に述べたような顛末となったのです。
断っておけば、NMMTは決して間違っていません。
MMTの理論的基礎を正しく踏まえたうえで、ナショナリズム重視の方向に持っていっただけのこと。
戦後日本においては、国家や政府を否定する風潮が強いことを思えば、わが国がデフレ脱却を果たすうえでは、MMTよりも有効でしょう。
ただしMMTとNMMTでは、出てくる結論がかなり違う。
移民をめぐる三橋さんとケルトンのやりとりが示すとおり、正反対になることまでありえます。
日本再生をめざすのであれば、われわれはMMTではなく、NMMTを推進しなければなりません。
欧米のMMT論者からは、いずれ「理論の曲解だ!」とか「悪用だ!」といった批判が寄せられるかも知れませんが、そんなことに屈してはならない。
連中がMMTを独占しているわけではないのです。
そしてNMMTこそ、今のわが国に求められる理論。
未来、とくに明るい未来は、主体性を持った者にしかつかめないと申し上げておきましょう。
(了)