だが両国間の争いは、ことサイバー空間に関してはこれからが本番だ。弊社『サイバー戦争の今』を上梓した国際ジャーナリストの山田敏弘氏に、これまでの米国・イランのサイバー戦争の経緯と今後の行く末を解説してもらった。(『サイバー戦争の今』著 山田 敏弘 より) ■イランのサイバー攻撃は米国の重要インフラをストップさせるだけの力がある
2020年1月3日、米軍はドローンによる攻撃で、イラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官をイラクで殺害した。
ソレイマニはイランで有力な人物として最高指導者アリ・ハメネイ師からも信頼され、将来の大統領候補とまで目されていた人物だ。そんな重要人物を殺害したのだから、イランが憤慨しないはずがない。ハメネイ師も米国に対する報復を宣言した。
ただイランが報復をすると言っても、その手段は限られている。中東で展開する米軍関係施設を攻撃したり、米国または米同盟国の要人を暗殺するか、周辺の親米国へのテロ行為や破壊工作ーー。そういった実害以上に、反撃したと言うPR効果を狙った攻撃が予想される。
そもそもイランには米国とまともに戦える能力がない。しかも国内は米国による経済制裁で疲弊し、軍事力も劣るため、非対称的な戦いしかできないのが現実だ。
そこで注目されているのが、イランによるサイバー攻撃である。
ソレイマニを殺害した直後、米国国土安全保障省(DHS)は直ちにこんな警告を国民に対して発表した。
「これまでイランは、米国内を標的にさまざまな画策をしてきたが、米国内のインフラを狙ってスカウト活動や攻撃を狙ったり、米国の幅広いターゲットを狙ってサイバー攻撃も行ってきた」
「イランは強力なサイバー戦略を持っており、米国に対してもサイバー攻撃を仕掛ける能力を維持している。控えめに述べても、イランのサイバー攻撃は米国内の重要インフラを一時的に止めてしまうような攻撃を実施できるレベルにある」
確かにイランはこれまで、米国に対して、いろいろなサイバー攻撃を仕掛けてきた。
有名なケースでは、2012年、イランのサイバー部隊は、ライバルであるイスラム教スンニ派の国、サウジアラビアの国営石油企業「サウジアラムコ」に大規模なサイバー攻撃を行い、社内の4分の3のに及ぶパソコンのデータを消去した。同社は復旧に2週間を要し、甚大な損失を被った。
サウジアラムコといえば、2019年9月にイランによるものと思われるドローン攻撃を受け、大打撃を受けている。サウジは石油生産量で世界の12.7%以上を占めるが、ドローンによる攻撃はその生産量を半減させるなど、この手の破壊行為がもたらす被害の大きさを見せつけた。
イランはさらに、2017年にもサウジの別の石油会社をサイバー攻撃して制御システムを不正にコントロールして爆破させようとしている。爆破は最終的には阻止されたが、この攻撃では背後でロシアが協力したとの報道も出ている。
イランによるサイバー攻撃は世界の石油市場を混乱させ、十分に世界的な影響を及ぼす可能性があるのだ。石油価格や株価など世界経済をも揺るがす。
もっと時間を遡っても、イランは米ウォール街の企業に対して激しいサイバー攻撃を続けてきた実績があるし、2014年にはラスベガスにあるユダヤ系不動産開発業者が経営するホテル、ラスベガス・サンズをサイバー攻撃してデータを抹消するなどの騒動も起こしている。2002年に米政府がイランの銀行への経済制裁を発表した際は、多くの米銀行がイランによるDDos攻撃の被害に遭ったこともあったし、実際に2013年にはイランのサイバー攻撃でいくつもの銀行がオフラインになった。また米国内にある電力を供給するダムなどのインフラのシステムにも、ハッキングで侵入していたことが判明している。
■米国の対イランサイバー攻撃作戦「ニトロ・ゼウス」とは?
それだけではない。イランは日本や米国を含む世界各地の大学や民間企業をサイバー攻撃で襲っており、企業の知的財産や内部情報を盗むなど行っている。ここで忘れてはいけないのが、「侵入された」という事実である。
サイバー攻撃の攻撃手法は、なにを目的とするにしろ、まずは標的のパソコンやネットワークにマルウェア(不正プログラム)を埋め込むみ、侵入することから始まる。それさえできてしまえば、あとは情報を盗むことも、標的のデータをすべて消去してしまうことも、不正操作でさらなる破壊を引き起こすことも可能になるということだ。
イランではサイバー部隊の強化に力を入れてきた経緯があり、サイバー攻撃を担う人員は10万人を超えるとも言われている。米国のみならず、親米の敵対国などを狙った攻撃は明日にでも起こりかねない状況だ。
実のところ、すでに対米の攻撃は始まっている。
米国の専門家らによれば、これらの攻撃はお遊び程度であり、本格的な攻撃はこれから起きる可能性があると指摘している。そうした攻撃には、イランが支援するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラや、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスのサイバーチームも協力する可能性があると言われている。
もちろん米国も黙ってはいないだろう。
もともと米国は、イランに対してサイバー攻撃を行ってきた歴史がある。いくつか有名な例を挙げると、2009年には「オリンピック・ゲームス作戦」(通称スタックスネット)という攻撃をイランのナタンズ核燃料施設に行い、サイバー攻撃で遠心分離機を不正操作して破壊している。
またその後も、米軍がイラン有事の際に実施する予定で作戦を準備していたイランへのサイバー攻撃作戦「ニトロ・ゼウス」という計画も明らかになっている。ニトロ・ゼウスは、米軍がイランの領空レーダーや通信システム、電力網を無能化させる攻撃で、数多くの米軍関係者が関与していた重要作戦だった。この作戦は2015年のイラン核合意が達成されたことによって中止になった。だが今、再びイラン核合意前の状況に逆戻りしていることを考えれば、米軍が再びサイバー空間での作戦を画策しているのは間違いない。
米国でサイバー攻撃を担うのは、米サイバー軍と、世界有数のハッカーを擁するNSA(米国家安全保障局)である。そして現在、米国の攻撃的サイバー工作を指揮するのは、2018年4月にサイバー軍の司令官に就任した日系3世のポール・ナカソネ陸軍中将だ。
こうしたケースだけを振り返っても、トランプ政権になってから現場により裁量が与えられるようになったサイバー攻撃の分野で、対イラン攻撃が行われるのは間違いないはずだ。
現状、イラン情勢で全面衝突は回避されたように見えているが、私たちの目には直接触れないサイバー空間で米国対イランの攻防が激化することになりそうだ。
(了)
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