◆「道化師様魚鱗癬」の原因が解明される
北海道大学大学院研究科・医学部皮膚科は、2005年に魚鱗癬のなかでもっとも重症度が高い「道化師様魚鱗癬」の原因を解明しました。
人には皮膚の表皮細胞にうるおいの成分である脂質(アブラ分)を届けるタンパク質があります。それをつくるのが「ABCA12」という遺伝子。その遺伝子に生まれつき異常(変異)が生じると、表皮細胞に脂質が溜まってしまい、皮膚のバリア機能を担う脂分が分泌されなくなってしまいます。
その結果、ゴワゴワとした分厚い皮膚の角層や、細菌・ウィルスなどの侵入を容易に許してしまうバリア機能障害が生じる、という説があります。これが道化師様魚鱗癬の最有力原因説となっています。
ジョン・ブランド=サットン『A Case of General Seborrhœa or “Harlequin” Fœtus』より『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』より引用
その後、北海道大学皮膚科は、治療法(薬物)開発に欠かせないモデルマウスをつくり、現在はこのモデルマウスを用いた道化師様魚鱗癬の遺伝子治療、胎児治療法の開発に挑んでいます。
遺伝子治療とは、たとえば異常なABCA12遺伝子の代りに、正常なABCA12を注入するなどして根付かせ、正常な皮膚をつくる治療です。
一方、胎児治療法とは、魚鱗癬の子を胎児の間に見つけ、胎児の頃から治療を開始するというものです。
それとは別に、昨年(2019年)になって有望な治療法開発につながるかもしれない、と期待させる記事が、プレスリリースの形でブリーフィングされました。その骨子を乃村俊史先生は次のように解説します。
「魚鱗癬のひとつにロリクリン角皮症というタイプがあります。
一般的に遺伝子異常により発症する病気には、根本的な治療法はほとんどありません。これは人の体内から特定の遺伝子異常を取り除くことが困難なためであり、道化師様魚鱗癬もロリクリン角皮症も、これまで症状を緩和する対症療法しか存在しませんでした。
今回、乃村先生らのグループは、病気の原因であるロリクリン遺伝子異常が、加齢とともに体細胞組換えというしくみにより、身体の一部の皮膚から消失して自然に治癒していくことを、世界で初めて確認。そのメカニズムを解明したのです。
「DNAの傷害の修復などのために体細胞で起こる仕組みですが、この自然治癒の性質を利用することで、ロリクリン角皮症に対する新しい治療法の開発が期待できます。また自然治癒するメカニズム、すなわち体細胞組換えが表皮の細胞で頻繁におこるメカニズムがさらに解明されば、 道化師様魚鱗癬をはじめ、ほかの遺伝性疾患で苦しむ多くの人の治療にも、応用できる可能性があります」(乃村先生)
魚鱗癬の薬の開発はこのように世界中で進行していますが、アメリカで治験に入っている候補製剤が有効な可能性がある、という感触を乃村先生は持っているそうです。 魚鱗癬で重症の人は例外なく皮膚が赤くなって、身体の至るところで炎症が亢進しています。その炎症の惹起に「IL (インターロイキン )」という生体内物質が深く関わっており、この働きを抑え、炎症を沈静化させる薬です。皮膚科の領域では、乾癬(かんせん)の治療に注射製剤として使われており、魚鱗癬にも応用できるのではないか、と期待されているのだそうです。
「魚鱗癬を根本から治す薬ではなく、症状を抑える薬ですが、患者さんの生活の質を向上させる薬になるかもしれません」(乃村先生)◆病気への「差別や蔑視」をなくすために提唱したいこと
しかし仮に治験がうまくいっても、日本で承認されるには、まだまだ時間がかかりそうです。
●魚鱗癬はクラスメートはもちろん、周囲の人には伝染らない。
●とくに夏場の体温調整は苦手で、熱中症になるリスクが高い。地域や場所によってクーラーが必要。
●この病気は知能の発育には、直接的には影響しない。
●患者は皮膚のバリアが弱く、細菌感染などが起こりやすく、その予防のため保湿クリームを1日に数回塗る必要がある。そのための時間と場所を与えて欲しい。
以上は、学校関係者だけでなく、就職・就労に関わる現場の担当者にも、知っていただきたい、と言います。 また行政の理解も十分でなく、次のような措置・対処を考慮するべきだと考えます。
【行政「理解」への提唱】●患者の中には、歩くと足の裏や靴が当たる箇所などに水疱ができて、移動に不自由する。四肢に合併症が発生し、移動は車椅子になるケースも多い。皮膚の病気だから軽症と決めつけないで、「身障者手帳」の交付がスムーズにいくようにして欲しい。
●医療機関が請求する「レセプト(診療報酬明細書)」のチェックで、保湿クリームなどの薬剤量が多い、としてはねつけられることがある。魚鱗癬という病気について無理解からくるケースがほとんどで、必要な薬の量であることを、チェックする側も周知徹底して欲しい。
以上のような訴求や啓発とは別に、乃村医師は皮膚科領域の難病の患者らの相談会にも、積極的に参加しています。相談会では患者同士の「ぴあ相談」などでは生活にともなう困りごとなどの相談も受け付けますが、乃村先生は医師の立場から、患者や家族に対し、疾患の現状や治療法の展望などをわかりやすく伝えています。
2018年には、北九州市で相談会が開催されました。
「難病は原因がわからず、治療法も十分でないものがほとんどで、すこしでも不安をやわらげられるよう、医学的な立場からアドバイスができれば、という思いから参加しています。これからも機会があれば、どんどん出かけていきたいですね」(乃村先生)
なお北海道大学病院皮膚科では、2016年1月に日本で初の「魚鱗癬掌蹠角化症(ぎょりんせんしょうせきかくかしょう)」外来を開設しました。
毎月第2、第4金曜日の午後の診療で、 2時間で8人の予約制となっていますが、遠方からいらっしゃる患者さんも多いそうです。担当医は同じく乃村俊史先生です。
最後に少しショッキングなトピックスを紹介します。魚鱗癬のなかでもっとも軽症の尋常性魚鱗癬は、400人に1人という頻度で発症するといわれています。ところが専門家の乃村先生の実感では、その頻度は少な過ぎて、実際は「10人にひとりぐらいの割合」ではないか、と言います。
「尋常性魚鱗癬の主な症状は、いわゆる乾燥肌です。乾燥肌は環境的な要因でも起こりますが、遺伝的な要素が下地になっていることが多いのです。とくに日本人はこの遺伝的要素、すなわち肌をつくる遺伝子に変異を持っている場合が多く、日本人では10人にひとりが変異を持っています。 ぜんそくそのため乾燥肌が起こりやすい。乾燥肌があるとアトピー性皮膚炎になりやすいし、喘息など他のアレルギー疾患になりやすいことがわかっています」(乃村先生)
魚鱗癬は決して他人事ではない疾患であり、もっと多くの人がこの病気について知ってほしいと願っております。(『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』より)