昨年の暮れ、自宅でレコードをカッティング、つまり1枚のビニール盤に溝を刻んで録音し、1枚のレコードを製作できる機材がクラウドファンディングで資金調達して、製品化されることが決まった。〈Phonocut〉というこの商品は、レコード・プレイヤーを少し大きくしたぐらいの感じで、デザインもなかなか魅力的だ。
たとえばパソコンで作った自作曲などの音源を、レコード盤というアナログに刻んで残せるのだ。どうにもニッチな商品だと思うが、かなりの資金が集まったという。
20万円近くするらしいので、とても買えないが、ほんの少しだけ欲しい気にはなった。自作曲をレコードにしたいねぇ、なんて思って。
だが、何か欠けている。そう、ジャケットが必要な場合、自前でつくるしかないではないか! ま、パソコンでチャチャっと画像ぐらいは作れますが、本格的な撮影は難しい。ましてや美女ジャケとなるとかなりの難易度となる。
モデル撮影会とかに参加しても、凝った思い通りの写真が撮れるわけでもないし、そもそも自分の好き勝手なスタイリング、設定をつくって実現するのは、ほとんど無理。
筆者はファッションの撮影ディレクションはずいぶんやってきた。
この連載で何度も書いているように美女の顔のアップだけ、というのはあまり芸がないのだ。
そこでレコード会社のディレクターやカメラマンは、創意工夫を凝らしてきたしてきた。アルバム・タイトルに合わせたヴィジュアルを考え、必要なモデルと小物を用意した。
たとえばボブ・トンプソンの「ON THE ROCKS」。ここでいう「小物」は言うまでもなくロックなグラス。これはモデル撮影と氷の浮かんだグラス撮影を別々にしたのか、それとも巨大なグラスのセットを作って撮影したのか、かなり判別しがたい。
拡大して仔細に見ると、グラスの気泡とか本物っぽいし、やはりモデルとグラスを別々に撮ってうまく合成したようなのだ。
プロ的なことを書くと、モデル撮影だけで1日はかかる。小物撮影(ブツ撮り)は、人物(モデル)のときとはまったく別の照明をつくらなければならないので、氷入りのグラス撮影だけでもまた1日はかかるのだ。
余談だが、筆者は大学卒業後、コマーシャル・フィルム会社に就職した。
ハンバーグ撮影は小学生を何十人も集めて教室を模した場所で撮ったが、撮影というのはすぐに開始できるものじゃない。子どもは飽きたり、グズったり、ハメはずしたりするのだ。それをカメラが回り始める瞬間までに、うまく「あやす」のが筆者の担当だった。
いやはやたいへんなことで、撮影帰りの電車で思わず涙が出たものだ。外人モデルでファッション撮影だ! と思って入社した自分は、なぜハンバーグと子どもにてんてこ舞いしているのか! と。
もうひとつ余談重ねで書くと、ラーメンの撮影は湯気、業界用語で言うところの「シズル感」がものすごくたいへん。プロの人がスタジオで作るのだが、何杯も作り直して夜中までかかったのを記憶している。なんかラーメンのためにこれほどの労力って、むなしさを感じたけれどね。結果、3ヶ月でCF会社は辞めた。
「ON THE ROCKS」とイメージが連鎖するのが「WIRED FOR SOUND」。赤バックから女性モデルのポーズまでよく似ている。
溶ける氷に乗る女性というのも、妄想すればけっこう淫靡なものがあるが……だって、溶けていくんだよ!……「WIRED FOR SOUND」のほうは、まん丸のスピーカーが女性の腰の位置に。まるで性器の代償かのように置かれて、これまた考えようによってはとっても性的。
まったくディレクターやカメラマンは何を考えているのか! と詰問したくなるくらいだ。
このアルバムは何を音源にしているのかわからない音が散りばめられた、スペース・エイジ・ミュージックのハシリのような作品で、内容もとても良い。そんな不思議な音を、解体したアンプや回路図で表現しているわけだ。
音楽内容とは無関係のジャケットが制作されたりするのが珍しくないムード・ミュージックの世界では、これはかなりヴィジュアルのディレクションがなされている。ま、スタジオにモデルとアンプとスピーカーを持ち込んで撮っただけなんですが。
さらにイメージの連鎖で恐縮だが、「WIRED FOR SOUND」の回路図から思い出したのがエキゾ・ミュージックの歌姫、エセル・アズマの「EXOTIC DREAMS」。
モデルの顔の前にやはりWIREDな針金の顔型オブジェが置かれている、とってもユニークなジャケットだ。ちなみに女性モデルは歌っているアズマさんではなく、エキゾの大御所マーティン・デニーの数々の作品のカバーを飾ったサンドラ・ワーナー。
有名モデルだが、これはもう小物のほうが主役になっている。
となるとアートディレクター業をしてきた筆者からすれば、ヴィジュアルのコンセプトは、まずこの針金オブジェがあって、そうね、そこに女性モデルの顔を重ねよう、なんてのが自然だと考える。ま、モデルありきとしても、ともかくふたつの顔を重ねたら面白いだろうね、とか。
ところが、ここにびっくりする別のジャケットがある。
マーティン・デニーの「HYPNOTIQUE」をよく見て欲しい。左にこの針金の顔型オブジェが置かれているではないか! しかもモデルは髪型も同じサンドラ・ワーナー。
もっとよく見ると「EXOTIC DREAMS」で、ワーナーの背後の後光のような円形の和傘のようなもの、これも同じのが「HYPNOTIQUE」に2個も配置されているではないか!
う~む、とレコード番号を調べると同じ1959年の製作だが「HYPNOTIQUE」が先で、「EXOTIC DREAMS」が後だった模様。
使い回しについてはこの連載の第5回で書いているが、これも見事な使い回し。エキゾ・ミュージックの大スター、マーティン・デニーのアルバム撮影のためにモデルや小物が用意され、そのときにエセル・アズマさんのアルバムの写真まで撮った、あるいはたんにボツ・カットをアズマさんのほうに使っただけなのかもしれない。
アズマさんはちょっと可哀相なのだが、ジャケはどちらもすこぶる良い。ようするに小物が主人公になって、ジャケットのヴィジュアルを決定づけているのだ。
1950年代のムード・ミュージックの良質ジャケには、小物使いに凝ったものもそれなりにあるが、「EXOTIC DREAMS」と「HYPNOTIQUE」のジャケはほとんどアート的である。
この連載の第2回目でもエキゾ・南洋もの美女ジャケを取り上げたが、そこには載せなかったものにイマ・スマックの「LEGEND OF THE JIVARO」というアルバムがある。
これは拙著『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』にも取り上げたが、エキゾチック・ミュージックの奇作とでもいうべきものだ。
なぜかといえば、エキゾといえばだいたいハワイやポリネシアなどの南洋ものをまずイメージする。温暖で居心地良い南洋エキゾ。
ちょっとダンサブルにエキサイティングなほうに行くならアフリカものだ。南洋もアフリカものもエキゾ・ミュージックの大御所、レス・バクスターが膨大な楽曲を作曲し、ヒットさせて50年代後半のムード・ミュージックの一ジャンルとして根付かせた。
でも、第二次世界大戦にアジアに進駐した米軍兵士たちは、東南アジアの文化も持ち帰っていた。そう、オリエンタルものもエキゾの大きな柱になったのだ。南洋、アフリカ、そして東洋。これがエキゾの3大柱だったのだ。
だが、イマ・スマックはというと、なんとインカ帝国の王族の末裔という触れ込み! ちょっとマージナル(周縁)だし、マニアック過ぎるでしょう! というクチだったが大手レコード会社Capitolレコードが契約したこともあって、コンスタントにアルバムをリリースした。
その1枚が「LEGEND OF THE JIVARO」というわけだ。小道具はスマックの顔の前でグツグツを煮だって湯気の出ている鍋。
しかもライナーノーツ(解説)には、スマックは夫とともにアマゾンの首狩り族とともに生活した、とまで書かれている。そんな大嘘はどうでもよいのだが、アルバムにストーリー性を持たせるためにここまで、セットを作ってエキストラを使って小道具に凝ったことは素晴らしいと思う。しかもセンスがイマイチでいかにもB級テイストなのもご愛敬なのだ。
■男ものの小物に思いを馳せるマンスフィールド・セクシャリティ同じくエキゾ・ミュージックの傑作ジャケにザ・プレイヤーズの「PEARLS OF LOVE」がある。この連載第4回で、ジャケの写真合成に使われたさまざまなものが、みんな「女性器のメタファー」だった、という論を書いたが、こちらはそのとき掲載すべきものだった。
ボッティチェッリの名画「ヴィーナス誕生」が貝殻に乗るヴィーナスを描いたように、こちらでは、半裸の美女の前に大きな真珠貝が! この真珠貝を女性器のメタファーだと想像できないなら、その想像力の欠如を恥じるしかないでしょう。
それにしても美女が腕に巻いたパールから大きな真珠貝まで、パールづくし。パール・フェチというジャンルがあるか知らないが、筆者は無類のパール好きだ。
エレガントに装った女性のパールのアクセサリーは大好きだが、エロな下着のパールのTバックも好きだ。脳髄を突くようなエロ。なんでパールがそこまでエロくなるのか、どうにも分析しきれない。まあ、こういうことの細部はもっとエロオヤジに任せておけばいいだろう。一応、これでも筆者は耽美派だ。
と、南洋系アルバムの小道具話が続いたが、最後に我らが巨乳アイドル、ジェーン・マンスフィールドに登場願おう。といっても筆者は巨乳にまったく興味なく、「ロココ」風の小ぶりの乳房が好きなのだが、マンスフィールドは存在そのものに興味を持ってきた。
彼女はその見事な肢体と巨乳の胸元を品なくパパラッチに見せつけることで、ハリウッドの大スターとなった。おバカそうに見えるが、公表されたIQは163というかなり高い数値。しかも5カ国語を話し、ピアノとヴァイオリンは相当な腕前だった。
でも、彼女はハリウッドで蓮っ葉なお色気スターの座を得ることを選んだ。そして交通事故で1967年に34歳で亡くなる。
減速した大型トレーラーの下部に、後続した彼女の乗るビュイック・エクストラがのめり込んだ。挟まれてマンスフィールドの頭部は切断され、道路に転がったと噂が広まったがこれは事実ではない。
ともあれ、稀代のセックス・シンボルはあえなく亡くなってしまった。この連載はなるべく軽くちょっとエロで楽しいことばかり書くようにしているけれど、たまにはこういう話があってもいいだろう。
ケネス・アンガーの名著『ハリウッド・バビロン』みたいな内幕話があっても。
ところで、マンスフィールドの着衣の写真を使った「Moments to Remember」は、着衣派にとってはたまらない一枚だ。セクシュアルなのは、ドレスの胸元が大きく開いていることくらいだろう。あとはせいぜいマンスフィールドの思わしげな表情か。
しかもすごい美人というわけでもエロ顔というわけでもない。でも、マンスフィールド顔なのだ。そして周りに散らばる小物。
パイプ、灰皿、男性用の靴……では、男はどこにいるのか? シャワーでも浴びているのか? それともタイトルのように思い出の品々ということか?
ともあれ、そこに並べられた小物がすべて男性用のものであり、マンスフィールドが、何かを記録するかのようにペンを持っているだけで、これは充分に愛の、さらにはセックスの物語が秘められていて、そんな女心を想像するだけでも、ちょっと切ない気分にもなってくる。
マンスフィールドのセクシュアリティ、そして思い出、もしくは記憶を辿るセンティメンタリズム。スタジオに置かれたちょっとした小物とモデルがこれだけの情感を見る側に浮かび上がらせる。
まさに傑作ジャケットという他ない。そして見る側の想像力をいかようにもはばたかせる撮影用の「小物」の重要性を、このアルバムは見事に示しているのである。
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