北九州市(きたきゅうしゅうし)在住の梅本千鶴(うめもとちづる)さんが、「魚鱗癬(ぎょりんせん)」の子・遼(りょう)さんを出産したのは1995年。その育児を通じ、同じ病気や症状、障害を持つ患者や家族が互いに支え合う場が必要と思い、主治医の後押しもあって、3年後に患者会の設立に踏み切りました。
よく「患者会って何をするところ?」「病気が治るわけではないし」という否定的な声もありますが、患者や家族は医療を受けるにしても、疾患を抱えながら日々の暮らしを営むにしても、正確な情報の不足からさまざまな不都合が生じ、悩みのタネはつきません。特に治療法が確立しておらず、数十万人に1人という頻度の希少疾患(きしょうしっかん)においては、その不都合は多岐にわたります。
千鶴さん自身、次のような体験をしました。
皮膚がウロコのように硬くなりボロボロと剥がれ落ち、体温調節がうまくいかない、また、皮膚からの感染症で重体になり、いつ死ぬかわからない我が子の病気はいったい何なのか? 主治医さえ病名がわからない。
今のようなインターネット情報は皆無に等しい時代でした。乏しい情報をたどって、道中何が起こるかわからないリスクを背負って、主治医同道で東京の大学病院へ行き、やっと「魚鱗癬」という病気の診断が下されたのは、出産から4か月後のことでした。
病気の診断がつき、症状を抑える対症療法は受けることができるようになっても、日々生活を送る上で、悩みは次から次と発生してきました。
オムツを替えるとき、用心しないと皮がズルっと剥(む)けてしまいます。それくらい皮膚が弱く、服を着ていても抵抗をかけることは避けなければなりません。
「だからこの子は乳児期の1歳半まで、わたしを含め、誰からも抱っこされたことはないのです」(千鶴さん)
包帯でグルグル巻きの遼さんを、ベビーカーに乗せて買い物に行くと、ジロジロと好奇の目が集まり、「かわいそうに、全身をやけどさせちゃって……」といった声も聞こえてきました。
魚鱗癬は乳児期に死亡する確率が低くはありません。なんとかその時期を乗り切って幼児期に入っても困難は続きます。
◆あそこの家は子どもを虐待しているんじゃないかカラカラに乾いた皮膚を保湿するために、クリームを毎日数十分かけて全身に塗り、その上から包帯をグルグル巻いて、皮膚を守らなければなりません。包帯を取り替えるとき、やけどした皮膚からガーゼを剥(は)がすようなもので、当然のことですが、遼さんは苦痛から「やめて、お願いだからやめて!」などと大声で泣き叫びました。
これが毎日ですから、となり近所は「あそこの家は子どもを虐待しているんじゃないか」と怪しみます。噂がたちかねないので、一軒一軒に説明をして回りました。
遼さんは同じ「魚鱗癬」でも、皮膚にちょっとした負荷がかかると、そこに水疱(すいほう)ができるタイプの疾患です。そのため這い這いもできず、伝い歩きができるようになってからも、ごく短時間しかできませんでした。
車に遼さんを乗せるにしても、シートベルトをつけることができません。当時はシートベルト着用がうるさくなり、違反すると反則金を取られることが日常茶飯事になっていました。心配になって、交通取り締まりの警察官に事情を話すと、警察官はすかさず言ったそうです。
「いや、大丈夫! 包帯グルグル巻のこの子を見たら、どの警察官も違反だとは言いませんから……」
遼さんが幼稚園へ入るときは、いくつかの園から断られました。
「怪我をさせたり、処置を誤って命の危険を生じさせたりするリスクがあるので、とても入園を受けられない」というのです。当然といえば当然の対応といえるかもしれません。
そんななか、ある園でこう言われたのです。「お母さんはこれまでいろんな苦労を背負ってきました。これからはそれの何分の一かを私たちが担いますので、いっしょに頑張っていきましょう」と。
この園長の言葉に、千鶴さんは「ありがたくて、ありがたくて涙がでました」と振り返ります。
この話には後日談もあります。何年後かに千鶴さんは園長と再会することができたのですが、
園長は「正直なところ、あの時、受けいれて良かったのかどうか、あとで私自身もずいぶんと悩みました」と語っていたそうです。
梅本千鶴さん
1998年に患者家族3名で患者の会を発足。
2008年には日本テレビ系の「24時間テレビ31『愛は地球を救う』」に息子の遼さんと共に出演し、反響を呼ぶ。
2005年4月に「小児慢性特定疾患」認定、
2015年5月に「指定難病」認定に尽力。
患者の福祉活動に貢献するほか、講演会にも積極的に出演。
宮崎大学医学部 看護学科 非常勤講師も勤める。
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