フルムーンパスの旅の一環として、博多駅から観光特急(JR九州では『D&S(デザイン&ストーリー)列車』と呼んでいる)「ゆふいんの森」に乗車した。といっても全車普通車の指定席のみであるから、グリーン車の旅はできない。
乗車したのは、「ゆふいんの森5号」由布院行き。博多駅着の「ゆふいんの森2号」が折り返し「5号」になる。到着から発車まで19分しかなく、清掃や座席の向きの転換などで係員は大忙しだ。とくに、コロナウイルスの影響で清掃や消毒は念入りにやっているとみえ、乗車できたのは発車の直前だった。
指定券には4号車と書かれていたのだが、ホームの乗車位置に4号車の表示はない。不思議に思ったのだが、4号車にはドアがないためだった。すなわち、「ゆふいんの森5号」は、2015年の夏以来、4両編成から5両編成へと増結されたのだが、そのとき用意された新しい車両4号車は、荷物置場やトイレ、フリースぺースを確保するためドアを設けなかったようだ。したがって、隣の3号車や5号車から車内に入ることとなる。


アテンダントさんの挨拶を受けつつ車内に入り、若干のステップを上がると、4号車へは渡り廊下のような通路(ブリッジ)がある。「ゆふいんの森」は全席ハイデッカー構造となっていて、3号と4号に用いられている初代の車両(キハ71形)の場合は、車両から車両へと移動する場合はその都度階段を上り下りしたのだが、3代目車両(キハ72形)は、一度ステップを上ってしまえば、あとは段差がなくスムーズだ。また、4号車はほかの車両とシートのデザインなども異なる。


スーツケースを荷物置場に預け、小物は棚に載せてようやく腰を下ろすと、列車はゆっくりと博多駅のホームを離れつつあった。久留米駅までの30分ほどは鹿児島本線を走る。しばらくすると、アテンダントさんが車内に入ってきて、挨拶がてらビュッフェでのおすすめの飲食物をイラスト入りボードを見せながらPRしていた。まだ、車窓の見どころはないし、混みあわないうちにと、3号車にあるビュッフェへと繰り出した。

ビュッフェというから、簡単なテーブルスタンドでもあるかと想像したのだが、売店と言い切ってもいいのではないだろうか。確かに立食スペースも売店の反対側の通路に沿って設けているのだが、売店が混みあえば、邪魔になってゆっくり飲食ができる雰囲気ではない。とりあえず、飲み物と列車グッズを買って席に戻った。
鳥栖と久留米から乗ってくる人もいて、満席に近い状態になった列車は、いよいよ単線非電化の久大本線に入る。スピードも若干落ちたようで、のんびりと車窓が楽しめそうだ。南側にはなだらかな山並みが見えてきた。


4号車のトイレの反対側はフリースペースになっていて、天井付近から床まで広がる大きな窓が目に付く。記念スタンプ台があったので、押印したあと先へ進むと、グループ用のボックス席が目に留まった。ほかの車両のシートはダークグリーン一色で意外にシンプルな色合いだ。先頭車の運転台かぶりつきは、広々としているものの窓枠が邪魔になって心ゆくまで前面展望が楽しめるわけではない。小田急ロマンスカーなどの前面展望をウリにしている車両の方が優れていると感じた。

席に戻ると、乗車記念の撮影用ボードをアテンダントさんが持って回ってきたので、お願いして記念写真を撮ってもらう。列車は、うきは駅を通過し、しばらくすると筑後川を渡る。これ以後、この川を何度も越えることになるのだ。

突然、左から線路が合流してくる。災害により長期運休中の日田彦山線だ。
日田駅を出ると、筑後川の上流である三隈川を何度も渡る。トンネルと鉄橋が連続し渓谷美を堪能できる区間だ。黄色いローカル列車とすれ違った天ケ瀬駅では旅館の人たちのお見送りを受け、温泉街を見下ろしながら進むと、まもなく「じおんのたき」を通過しますとの放送がある。「じおん?」と首をかしげていると、アテンダントさんが「慈恩の滝」と大きく手書きした紙を見せながらまわってきた。トンネルを2つ潜り抜けると列車は減速をはじめた。右手を見つめていると、滝が見えてきた。小さな滝かと思ったら、やがて全容が姿を現す。山の上から何段にもなって落ちてくる滝。確かに見ごたえがある。


山間部から、少し開けた区間に差し掛かると、やはり右手には台形状の風変わりな山が見えてきた。伐株(きりかぶ)山といい、巨大なクスノキを切り倒した名残との伝説があるとアナウンスしてくれた。


豊後森駅に停車。ここで初代「ゆふいんの森」車両で編成された「ゆふいんの森4号」とすれ違う。発車すると、右手に大きな扇形庫が見えてきた。荒れ放題になったままだったSL時代の名残の貴重な車庫は、有形文化財に指定されるとともに整備されて公園になっていた。さらに9600形SLが展示されているのも車内から確認できた。一度、下車してじっくり見学しなくてはと思う。
列車は、いよいよラストスパートである。おだやかな高原状の山を上り、サミットとなる水分(みずわけ)トンネルを抜けると、短いトンネルをくぐりながら由布院に向かって下っていく。スピードを落としはじめたときに左手を見ると、ふたこぶの山頂が特徴の由布岳が大きく窓一杯に現れ、由布院駅に滑り込んでいく。


由布院駅は列車から降りた人、さらには折り返し博多へ戻る「ゆふいんの森6号」に乗る人でごった返していた。2時間余りの充実した列車旅の余韻に浸りながら駅舎を出ると、目の前に由布岳が迎えてくれる。雑踏を避けるようにタクシーに乗り込んで今宵の宿へ向かった。