●「床急ぎ」は無粋者の金無し
吉原細見(よしわらさいけん)は吉原のガイドブックである。これを見れば妓楼の場所や格、遊女の名前や揚代(あげだい・遊女の料金)などがわかった。
遊女を見立てて指名した客は、まず妓楼2階の引付座敷(ひきつけざしき)と呼ばれる部屋に通される。ここで男衆なども同席して遊女と対面し、杯を取り交わす。その後、宴席をもうけることもあれば、すぐさま寝床に移動して遊女と床入りする場合もあった。後者は「床急ぎ(とこいそぎ)」の客と呼ばれた。
しかし、格式の高い「大見世(おおみせ)」は、こういう張見世で見立てて妓楼にあがる「直付け(じかづけ)」の客は受け入れず、引手茶屋(ひきてちゃや)を通した客しか迎えなかった。
● 吉原でもっとも贅沢な遊び方とは?
客はいったん吉原の大通り、仲の町(なかのちょう)にある引手茶屋にあがり、妓楼から遊女を呼んでもらう。指名された花魁は下級遊女や雑用係の幼女を引き連れ、引手茶屋にやってくる。ここでまず酒を呑みながら歓談する。
折を見て、客は花魁や引手茶屋の男衆に案内されて妓楼に向かう。この晴れがましい行列を、ほかの男たちはうらやましそうに見つめた。
翌朝、指定しておいた時刻に寝床まで引手茶屋の男衆が起こしにくる。起床した客は遊女に見送られ、男衆と引手茶屋に行き、ここで用意された雑炊などの朝食をとる。これが吉原のもっとも贅沢な遊び方だった。
引手茶屋を通した遊びは高くつくが、それでも利用するのは男の見栄はもちろんのこと、引手茶屋が遊興費をすべて立て替えたことが大きかった。引手茶屋の信用で、持ち合わせがないときでも豪遊できたのである。反面、つい気が大きくなって使い過ぎ、多額の借金を作ってしまいがちだった。落語に吉原で不義理をした若旦那がしばしば登場するが、たいていは引手茶屋への借金である。
遊女の料金表。

文/永井義男(江戸文化評論家)