ダイエットやストレスが高じて摂食障害になってしまった女性たち。
その数は、2万6000人以上(2016年4月厚労省発表)。
その予備軍の女性は10倍以上といわれています。
そんな拒食症などに苦しむ女性の「生と性」を、
『瘦せ姫 生きづらさの果てに』著者・エフ=宝泉薫氏は多くの摂食障害の女性たちとの交流を通して30年余り見つめてきました。
彼女たちの「生きづらさの正体」とは何か?
「それでも細さにこだわる理由」とは何か?
拒食症の女性たちが実践する「不完全拒食マニュアル」とは。
不完全拒食マニュアル 排出型 1
「一回コツをつかめば、
自転車の運転みたいに無意識にできるようになる」
排出型の拒食とは、文字どおり「排出」することによって食を拒もうとするもの。その最もポピュラーなやり方は「嘔吐」です。
日本で広まりだしたのは80年代あたりからで、当時はローマンダイエットなどとも呼ばれました。由来は、古代ローマの貴族たちが豪華な料理を大量に味わうために、食べては吐いていたという言い伝えです。芸能人がテレビで、格好のダイエット法として紹介したりもしました。
実際、食欲をたとえ一時的にせよ満足させながら、瘦せたり、体型を維持できる期待を抱かせるこの方法には一挙両得というイメージもあります。
しかし、最初から「嘔吐」によって瘦せようとする人はそれほどいないでしょう。多いのはむしろ、制限型から転向するタイプ。過食によるリバウンドで太ってしまった人がもう一度瘦せるために、このやり方を覚えるというケースが目立つのです。
そういう人は制限型の拒食に戻りたくても戻れず、瘦せ願望を抱えたままの心と太ってしまった体のアンバランスに煩悶(はんもん)していたりします。食欲という本能に翻弄(ほんろう)され、もがき苦しむなかで、嘔吐に活路を見いだすのは、そんな切実な事情からなのでしょう。
むろん、そこにはさまざまなリスクがともないます。したがって、インターネットにはそういうリスクを挙げたうえで、なるべく安全かつ健康的に嘔吐を行なうコツを紹介するサイトも存在します。この「マニュアル」でもそんなスタンスで実情を伝えていくつもりです。
さて、嘔吐にはいろいろな方法があり、たとえば指吐き、腹筋吐き、チューブ吐きなどと呼ばれているものです。
まず、指吐きは口の奥に指を突っ込んで吐くというもの。わりと手っ取り早いので、多くの瘦せ姫がこのやり方から始めている気がします。実際には、腹筋の使い方や姿勢のとり方も重要ですし、また、指の代わりに綿棒やスプーンなどを突っ込むこともあるわけですが、いずれにせよ、喉を刺激することで嘔吐を誘発する方法です。
この方法のリスクは「完吐き」つまり全部を吐ききることが難しいことでしょう。したがって、瘦せるどころか、逆に太ってしまうケースも目立ちます。また、指吐きが習慣化すると、歯が当たる場所に「吐きダコ」ができてしまいます。
もっとも、完吐きが難しいというのは、排出型の拒食にのめりこみたくない人にとってはメリットだともいえるのですが……。完吐きをして瘦せたい、瘦せたままでいたいという人には、腹筋吐きやチューブ吐きのほうが向いているかもしれません。
このうち、腹筋吐きは満腹状態にした胃を腹筋で刺激し、食べたものを吐き出すというやり方です。前述したインターネットのサイトの言葉を借りれば「腹筋を使って胃を持ち上げるようなイメージで胃に下方向と横方向から圧力をかけ」「前かがみの姿勢になり、腹筋を小刻みに動かし、体の力を抜いて喉を開いていく」「手で腹筋をつかむように補助すると、やりやすい」とのこと。また「ゲップを意識するときっかけをつかみやすい」といわれています。
この「ゲップを意識する」というヒントからもわかるように、飲み物を積極的に摂ることも重要。育児の際、赤ちゃんに母乳やミルクを飲ませたあと、吐くことがないようにゲップをさせたりしますが、ゲップが出そうな状態に持っていったうえで、ゲップ以外のものまで出さずにはいられないような態勢を人為的に作り出すわけです。
SNSでは「一回コツをつかめば、自転車の運転みたいに無意識にできるようになる」と言っている人もいて、実際、満腹ではなくても、あるいは、腹筋に少し力を入れただけでも、できてしまえる人もいるようです。
ただ、ここで重要なのが食べる順番。特に「底」と呼ばれる、最初に食べるものがカギです。すぐに消化されない「海藻」や「根菜」「低カロリーのゼリー」「脂っこい肉」などが向いているとされ、次に食べるものの消化も遅らせる効果があります。
また、最後に吐きやすいものを食べることも大切。インターネットで交わされる瘦せ姫同士の会話では「カップ麺」や「乳製品」「納豆」「菓子パン」などがよく挙げられています。ただ、吐きやすいかどうかは個人差も大きく「神食材」は人それぞれに存在するようです。
一方、吐きにくさゆえ「鬼食材」とされているのが「白米」や「パスタ」などですが、大量の水分と一緒に摂れば大丈夫という人もいて、ここにも個人差があります。
水分といえば、仕上げにやる「すすぎ」も完吐きの成否を左右することに。吐いたあと、ぬるま湯や水を飲み、それをまた吐くことで胃の中の吐き残しを洗い流します。これを数回、行なうわけです。
専門用語としてはほかに「マー」というものもあります。シンガポールのマーライオン像に由来し、吐くことを指す隠語です。最高レベルに吐けたことを意味する「ミラクルマー」ができるようになれば、瘦せられる可能性も上がりますし、吐くこと自体が楽しくなってきたりもします。
しかし、そのぶん、エスカレートしやすいというリスクも否めません。嘔吐をする瘦せ姫はその回数を「R(ラウンド)」という言い方で表現したりしますが、一日1Rだったのが、2R、3Rと増えていき、当然、費やす時間も長くなって、日常生活にも支障をきたすようになったりするのです。
また、これは指吐きにもいえることですが、胃液まで排出することになるので、胃酸の影響で歯が溶けやすくなります。うがいなどで口の中の酸を薄めたり、フッ素入りの歯磨き粉によるケアも可能ではあるものの、強く磨きすぎると逆効果だったりもして、抜本的解決にはいたりません。
そんななか、吐きダコもできないし、歯も溶けないなど、メリットに事欠かないのがチューブ吐きです。ホームセンターで売られているようなチューブを使って、胃の中のものを外に出す、というやり方で、医療にも応用されている科学的方法なのですが……。
医療の専門家が医療用カテーテルなどを用いて行なうのではなく、素人が医療以外の目的でどこにでも売られているようなチューブでやろうとするのですから、安全だとはいえません。にもかかわらず、そのメリットの多さから、魅力を感じる人が少なくないのも事実です。
たとえば、ある瘦せ姫はこう言いました。
「私もやってみたいけど、中学生にチューブはまだ早いのかな」
彼女は当時、中3で、すでに指吐きや腹筋吐きをやっているようでした。が、それらによる効果に限界を感じ、チューブ吐きへの興味を強めていたのです。
SNSでこの言葉を目にしたとき「チューブ」が「口紅」などと同じくらいカジュアルな感じで使われていることに、ドキリとしました。つまりはそれほど、瘦せ姫たちにとって身近で魅力的なものでもあるのだと。しかし、彼女は同時に、チューブ吐きの怖さも感じ取っていたわけです。
そんなチューブ吐きの魅力、いや、魔力とはどういうものなのでしょうか。
(つづく……)
※明日のBEST TIMESで「つづき」記事を公開します。
【著者プロフィール】
エフ=宝泉薫(えふ=ほうせん・かおる)
1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』などに執筆する。また健康雑誌『FYTTE』で女性のダイエット、摂食障害に関する企画、取材に取り組み、1995年に『ドキュメント摂食障害—明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版。2007年からSNSでの執筆も開始し、現在、ブログ『痩せ姫の光と影』(http://ameblo.jp/fuji507/)などを更新中。