2020年の大学入試改革にともなって、教育政策の方向性を大きく変えようとしている文科省。その影響は塾業界にも及んでいて、学習塾、予備校の存在は今まさに脅かされているというのです。

教育や学習のさまざまな悩みに答える「教育環境設定コンサルタント」として活躍しながら、『将来賢くなる子は「遊び方」がちがう』(KKベストセラーズ刊)など書籍の執筆活動も行う松永暢史先生に、詳しくお話を聞きました。
◆大学入試の進路変更に頭を抱える塾・予備校

 東京オリンピックが開催される2020年、日本の教育は非常に重要で大きな転換のときを迎えます。
 まず、大学入試センター試験の廃止と、それに代わる記述式を取り入れた新テストの導入です。これは単に試験の制度を変えるのではなく、日本の教育のあり方を根本から変えようとする教育政策だと言えます。知識偏重主義から、知識を前提とした思考力・判断力・表現力を育てる教育へと、文科省が大きく舵を切るのです。
 さらに、新たな教育の指針として、「主体性、協働性、多様性」というスローガンが掲げられました。グローバル化が進む社会にあって、主体的に多様な人と協働して学ぶ。これまでのように教師が一方的に教えるのでなく、生徒同士が教えあったり、話し合ったりする中で、世界を相手に活躍できるだけの力をつけていくというのがその狙いです。

 今回のこの教育改革によって、私も、「やはり塾に行かせたほうがいいのでしょうか」という相談をよく受けるようになりました。相談主は、小学生の子どもを持つお母さんがほとんど。大学入試の大幅な変化に、「流れについていけなかったらどうしよう」と焦る気持ちがあるのでしょう。
 内情からお話しすると、文科省が新しい教育政策を発表して以来、学習塾や予備校は非常に苦しんでいます。

それは当然のことでしょう、従来の知識詰め込み型の勉強が否定されてしまったわけですから。

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 まずはテキストや指導内容をそっくり改訂しなければなりません。とはいえ、新テストの内容は、今も審議されている段階です。おおよその傾向はつかめても、実際にどうなるかはわかりません。いかに改訂をすればいいのか、目下、検討を重ねているところがほとんどだと思います。
 中高一貫公立校対策を掲げる塾も出ていますが、その基となる国語力を整備するメソッドがなければ立ち行かないことでしょう。

 塾の先生は、学校の先生と異なり生徒に評価されなければクビですから、困難に立ち向かおうという人も多いでしょうが、自分が受けてきた教育と全く異なる教育をしなければならないので、資質的に無理な人も多く現れることだと思います。
 ここには、これから求められる本当の力は個々の家庭で育まれるものであるという事実が浮かび上がると思います。また、もし塾に通わせるのであれば、その塾と協働的に子どもを成長できるようにすることが大切になると思います。

◆偏差値に振り回される時代は終わり

 もう一つ、塾・予備校が頭を悩ませているのは、偏差値の問題です。新たな入試制度に切り替わったとき、従来の偏差値は通用しなくなります。
 「志望校は偏差値69ですから、お子さんの場合、偏差値があと10足りません。

授業のコマ数が多い特訓クラスはいかがでしょう」
 といった具合に、偏差値を用いて不安をあおって生徒を取り込んできた塾・予備校にしてみれば、切札ともいえる重要な営業ツールを失うようなものなのです。
 偏差値の順位による学校のヒエラルキーも、崩壊することは間違いないでしょう。偏差値の高さではなく学べる内容で学校を決めれば、意味なく猛勉強を強いられる子どもは確実に減るはずです。

 それでもすでに、「教育改革に対応」「新テスト対策はお任せください」などとうたっている商魂たくましい塾・予備校も見られます。
 確かに、大学入試が変わることで親御さんは大なり小なり不安を感じているわけですから、塾や予備校にとっては生徒数を増やす絶好のチャンスでもあるわけです。その手口にまんまとのって入塾してみたら、今までの詰め込み型となんら変わりのない内容だった、というケースもあり得ないことではありません。

◆多額の塾代を払える裕福な家庭が有利ではなくなる

 「だったら、どうやって塾選びをすればいいの?」という声が聞こえてきそうですが、冷静になって塾の必要性を考えてみましょう。
 今までの詰め込み型の教育であれば、小学生のうちから塾に行かせる効果は多少なりともあったでしょう。講師から教えられたことをひたすら頭に叩き込めば、それなりに成績は上がります。中学受験をするのであれば、目指す学校にも合格できるかもしれません(それにより壊れてしまう子どもも多数いますが)。
 だからこそ、「○○中学校○名合格!」といった誘い文句にたやすく騙され、塾に多額のお金をつぎ込むという構造が生まれたわけです。

 この構造のもとでは、より多くの塾代を払える、経済的に余裕のある家庭のほうが有利になります。

そういうお金持ちの家では、授業料の高い私立の中高一貫校に行かせながら、名門塾に通わせることもできます。東大生の家庭は総じて年収が高いという点にも、それは表れているのです。
 このような経済格差と教育格差の連鎖を断ち切り、塾に行かせなくても大学受験を勝ち抜けるシステムをつくろうというのが、教育改革の根本的な狙いなのではないかと私は感じています。

◆塾に通わせるのは、お金と時間の無駄遣い

 そこで、教育改革の指針に今一度、立ち返ってみましょう。これから教育に欠かせないのは、主体的に学ぶ姿勢でしたよね? 今、社会で求められているのは、自分で課題を見つけて、その課題の解決方法を模索して、自分なりの答えを出せる力です。
 では、塾での勉強はどうでしょうか。与えられたテキストで講師が一方的に教え、与えられたドリルを黙々と解く。たとえその内容が教育改革に沿ったものであっても、「主体的に学ぶ」という肝心なところがすっぽり抜け落ちているのです。
 テキストやドリルに頼った勉強では、発想力や創造力も伸びません。「あなたはどう思うか」を問う記述式問題を前にしたときも、そつはないけれど、面白味がない回答に終始してしまうように思います。

 そもそも、「あなたはどう思うか」に答えられるようにする指導は、いったい塾の教室の指導ではどうして可能なのでしょうか。明らかにこれは「技術」ではなく、体験を基にした判断が欠かせません。


 すると塾の仕事は体験を与えることになってしまいます。焚き火や博物館に連れて行く? 言うまでもなくそんなことで高額の授業料を取ることは不可能でしょう。

行き詰まる学習塾、予備校「もはやお金と時間の無駄遣い」
 

 ハッキリ申し上げます。わざわざ塾に行かせるのは、必要な基礎学力を付けるため以外は、ほとんどの場合、お金と時間の無駄です。夏休み朝から晩まで長期間コース、週に5日コースなんて塾と託児所をはき違えているだけ。それなら自然観察キャンプ合宿や印象作文コースにでも通わせるほうがマシです。まして、子どもが嫌々通うのであれば、頭がよくならないばかりか、勉強が嫌いになってしまう可能性も高いのです。
 とにかく子どもに与えるべきは、できるだけ「ナマ」の体験。
 塾に消えるお金を貯めておけば、海外に留学させてやることもできます。そのほうが、はるかに子どものためになると思いませんか?

◆塾に行かせるくらいなら「ケイドロ」をさせよう

 もし、新しい大学入試に対応できる力をつけたいのなら、たっぷり遊ばせること。これに尽きます。
 自分が満足するまでたっぷり遊んだ子どもは、親が強制しなくても自然と勉強をするようになります。

40年間家庭教師をしてきた私の経験から言っても、これは間違いありません。
 念のためお断りしておくと、ここでいう遊びとは、テレビゲームの類ではありません。鬼ごっこや缶蹴りのような群れ遊び、木登りやザリガニ釣りのような自然の中での遊び、パズルのような知恵を使う遊びです。

 ケイドロをご存じですか? 逃げる泥棒チームを警察チームが捕まえる鬼ごっこです。チームで勝ち負けを競うこの遊びでは、思考力も判断力も終始フル回転です。チーム内には足の遅い子もいますから、みんなで助け合わなければ勝てません。できるだけ「敵」を挟み撃ちして逃げられないように知恵を絞ります。
 協働性や多様性なんて仰々しい言葉を使うまでもなく、子どもはこうした日々の遊びから、将来、必要となるさまざまな力を身につけていたのです。
 学びの機会を奪ってしまったのは、知識に偏った入試制度です。その入試制度が変わろうとしている今、塾との関わり方も見直すときが来ているのです。

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