2016年8月11日~21日、東京・新宿区の神楽坂セッションハウスにて、「私たちは『買われた』展」(主催:Tsubomi/一般社団法人Colabo)が開催された。
主催者側の説明によると、この企画展は、中高生世代を中心とする当事者がつながり、声を上げることで、児童買春の現実を伝え、世の中の持つ「売春」のイメージを変えること、そしてこれまで表に出ることができなかった「買われた」少女たちの声を伝え、今も苦しんでいる同世代の女性たち、そしてかつて似た苦しみを経験した女性たち、すべての女性に勇気を与えることを目的にしているという。
企画展の会場には、少女たちが「買われた」現実や日常を表す写真、「大人に伝えたいこと」をテーマにしたメッセージ、参加メンバーが表現したアート作品や日記などが展示された。
主催者側は、「買う側の男性を批判・糾弾することが目的ではなく、『買われる』前の背景があることを知ってほしい」というメッセージを出していた。しかし「買われた」というタイトルが誤解を呼び、開催前からネット上では炎上状態になり、「売った方が悪い」「自分で売ったから買われたんだろう」「楽して身体を売って金を儲けたやつが被害者ぶるな」といった誹謗中傷が飛び交った。
終了前日の8月20日(土)、私も企画展を見るために神楽坂セッションハウスを訪れた。NHKや朝日新聞などの主要メディアで企画展の開催が連日報道されたため、会場は長蛇の列だった。猛暑と豪雨の中、1時間近く並んでようやく会場内に入ることができた。
会場には、主催者の発表や事前の報道で紹介されていた通り、家庭での虐待やネグレクト、学校でのいじめや不登校、周囲の無理解や暴力、福祉との断絶などの過酷な環境の中で、少女たちが売春に至った経緯を記したパネルや日記が展示されていた。
児童買春やJKビジネスに関わっている少女たちが、全てこうした過酷な環境に置かれていると断言することはできないが、現実の一部であることには間違いない。そして、世の中に広がっている(と主催者が考えている)「売春=気軽に、遊ぶ金欲しさ」のイメージを変えることについては、大きな意義のある展示だろう。
■時代遅れの「貧困ポルノ」だが、「買われた」という言葉でこれらの現実をカテゴライズして展示する、という手法には、正直疑問を抱かざるを得なかった。
事実、少女たちを過酷な環境に追いやったのは、あくまで家庭・学校・福祉の側であり、買う側の男性は、結果として家庭・学校・福祉から疎外された彼女たちをいびつな形で支援する存在(あるいは搾取する存在)になっていただけで、問題の元凶そのものではないことは、企画展の中における当事者の語りからも明らかだ。
「買われた」というタイトルが「被害者の少女/加害者の男性」という二元論、「何の罪もないのに、大人のせいで性的に搾取された可哀想な少女たち」という感情論を惹起し、それが企画展自体の広報や宣伝に大いに役立ったのは事実だろう。「未成年の少女」「売買春」といったキーワードは、「バズらせる」=ネット上で情報を爆発的に拡散・共有させるための最も有効な武器の一つだ。
ただしNPOの世界では、当事者の窮状を訴えるために「売買春」や「性風俗」といったセンセーショナルなキーワードを掛け合わせて戦略的にメディアに報道させる手法は、既に周回遅れになりつつある。
女性の貧困、子どもの貧困、若者の貧困を社会問題化するために、「子供の養育費のために風俗で働くシングルマザー」「学費を稼ぐために風俗で働く女子大生」といった事例をメディアが取り上げ、多くの当事者や支援団体も「現実を知ってほしい」と取材協力をした。
しかし、支援団体の間では「やっても効果が無かった」「何も変わらなかった」「かえって当事者へのスティグマ(負のイメージ)を強化するだけだった」という声が上がっている。単なる「貧困ポルノ」として、センセーショナルなエンタメとして消費されるだけで終わってしまうケースが大半だったのではないだろうか。
■児童ポルノ事件全体の41・5%は少女の「自撮り」が原因
「私たちは『買われた』展」は、少女たちの置かれていた過酷な環境を展示し、来場者の感情に訴えかけるだけで、「こうすれば少女たちが救われる」という処方箋を提示することは一切行っていない。貧困報道に関する反省的な議論が行われている昨今、今更こうした「貧困ポルノ」を羅列するだけの企画展に何の意味があるのか、という批判は免れ得ない。
一方で、現実的な問題として、売買春の世界で生きる未成年の少女に対して、実効性のある支援を届けることは極めて困難であることも事実だ。
厚生労働省は2016年、全国の児童相談所に対して、2015年4月から9月までに対応した児童買春・児童ポルノの被害状況を尋ねる調査を行った(児童福祉司約2300人が回答)。
本調査によると、被害者266人のうち、9割超が女子。被害者の約8割が中高生の年齢に当たる13~18歳だった。家庭環境・課題(複数回答)については、「ひとり親家庭」が36%、「保護者の心身が不安定」「保護者が無関心」がそれぞれ27%、「経済的困難」は24%だった。「親子関係が不調」「家出や無断外泊の経験がある」という少女も多かった。
そして、被害者の約3分の1に知的障害や発達障害などの症状があった。障害のある少女は、そもそも自分が被害に遭っているという認識が薄いため、児童買春などの事件に巻き込まれやすい傾向がある。家庭・学校・福祉から疎外された彼女たちは、見えにくく・分かりにくい存在であるだけでなく、自傷・他害行為=自分自身や他人を傷つけたり、何らかの迷惑・犯罪行為をしてしまう可能性が少なくない。
支援者に対して攻撃的・挑発的な態度を取ったり、拒絶や虚言を繰り返したり、わざと相手を怒らせるような「試し行動」を取ったりする。個人の善意や本人の自助努力だけではどうしようもなく、児童福祉・司法・医療などの専門職が領域横断的なチームを作って長期継続的に支援する必要があるが、それでもなおうまく行かない場合はいくらでもある。
そして世間のほとんどの人は、残念ながら売春をする少女には興味が無いし、積極的に関わりたいとも思っていない。いくら「彼女たちの現状を知ってほしい」と叫んでも、彼女たちの抱える複雑な背景をそのまま理解できる人・理解したい人はほとんどいない。
売春に乗り出す少女たちの大半が、悪い大人たちによって「買われた」存在であれば話は単純なのだが、現実はそうではない。
2016年10月、元小学校教諭で、児童・生徒や保護者・教職員向けにネットの性被害・児童ポルノ根絶の啓発講演会を行っていた教育コンサルタント会社社長の男性(35歳)が、都内の中学3年生の女子に現金4万円を払ってわいせつな行為をした疑いで逮捕され、各種メディアで大きく報道された。行為の後、少女が「約束した金を払ってくれず、逃げられた」と110番通報したことで事件が発覚したという。このように、買春した男性側が代金を支払わないことで少女側に被害意識が生じて、そこから通報に至るケースは一定数存在する。
また2015年に児童ポルノ事件の被害者として特定された18歳未満の子ども(905人)のうち、「自撮り」による被害者は全体の41・5%(376人)を占めている。すなわち、少女たちが興味本位で自らの裸や性器をスマホで撮影し、男性から求められるままに送信したり、注目を浴びる快感を味わうために自発的にネット上に公開している現実がある。
そうした事実をありのままに提示してしまっては、かえって「どう考えても自己責任だろう」「少女自身が共犯者じゃないか」と批判され、攻撃の的になってしまう。少女が「買われた」現実よりも、少女が自らの意思で積極的に「売っている」現実の方が、多くの人にとっては見たくない現実なのかもしれない。
(「見えない買春の現場 『JKビジネス』のリアル」より構成)