近代に入ると、それ以前と比べ猫と芸術は切り離せないものとなっていった。とくに文学の世界では、それまでは怪奇ものにしか登場しなかった猫が、夏目漱石の『吾輩は猫である』を皮切りに、小説や随筆の主役になっていったのだ。
「猫の目線で世間を描いた漱石は、猫との付き合いにも距離をとっています。一方、内田百閒(1889~1971年)の『ノラや』のように、愛猫ノラ失踪後、風呂にも入らず、顔も洗わず、探しまわり泣き暮らした身も世もない日々を綴った名随筆もある。百閒は、猫への溺愛・執着と、その裏にある人間の孤独やおかしみをあぶり出しましたが、谷崎潤一郎は、猫への溺愛と執着を男女の愛と重ね、『猫と庄三とふたりのおんな』を書きました」。
男と二人の女と猫の奇妙な関係を描いたこの名作も、実は、当時の谷崎の私生活が背景になっているという。
そして、猫の愛らしさや一緒に暮らす喜びを描いたのが、生涯500匹以上の猫と暮らした大佛次郎。童話『スイッチョ猫』は、いたずらな子猫が虫を食べてしまい悪戦苦闘する話の中に、母猫の大きな愛が溢れている名作。作家の猫との関わり方、愛し方が、そのまま作品に表れているから猫文学は面白い。
「猫好き作家に男性が多いのも、猫が女性を表すから。柔らかく、温かい猫は抱いているだけで癒される。
だからこそ、古代エジプトの王も、天皇も平安貴族も文豪たちも、魅了されてきたのだろう。これまで猫に縁がなかった人も、一度飼えば溺れるにちがいない。◆猫の文学にまつわる豆知識
〈大佛次郎〉総勢500匹と暮らした日本一の「猫先生」
『鞍馬天狗』『赤穂浪士』で知られる国民的作家でありながら、猫にまつわる読み物や童話も残している大佛次郎(1897~1973年)。家には常に10匹以上の猫がいて、一緒に住んだ総数は500匹以上。どの猫にも分け隔てなく接する愛情の深さは、大佛文学に通じる。
[出展]生誕120年記念イベント テーマ展示『大佛次郎と501匹の猫』
生涯500匹以上の猫と暮らした大佛次郎が集めた、浮世絵などの古今東西の猫コレクションを公開。大佛自身の猫のデッサンや猫にまつわるエッセイ原稿、直筆資料なども展示される。
【詳細 http://osaragi.yafjp.org/】
〈芸術家・文人と猫〉作活動を営む者は古今東西、猫が好き!?
画家ではピカソ、ダリ、マティス、カンディンスキー、パウル・クレー、アンディ・ウォーホル、藤田嗣治。作家ではヘミングウェイ、池波正太郎、三島由紀夫、開高健も猫好き。自由きままな猫は、インスピレーションを与えてくれる、癒してくれると、芸術家たちは、口を揃えて言う。
〈文豪・夏目漱石の猫〉
イギリス留学からウツウツとした気持ちで帰国した夏目漱石(1867~1916年)が、初めて書いた小説が『吾輩は猫である』だ。