1990年に『新ヨーロッパ大全』が出たころに、その分類の仕方に触れて得心することが多かった。ただそのころはまだ「そういう方法もあるかな」程度だったのが、2002年に『帝国以後』という本で彼は従来とは違う普遍軸を導入したんです。「全ては識字率で変わる」という軸ですね。
男性の場合、特に18歳から30歳までの識字率が50%を越えると社会は非常に不安定になり、逆に女子の識字率が50%を越えると非常に安定して若者が騒がなくなるんです。それを『帝国以後』ではイランやイラクの分析に主に応用していて、アメリカが湾岸戦争以後イラクやアフガンに戦争を仕かけることがいかに理に適っていないかが書いてある。「世俗化が進んで女子の識字率が上がっているのだから、放っておけばよいのに。突入して大破壊する必要はない」とね。
それぞれに国や地域は違うという決定軸・区別軸が、識字率を用いた普遍軸を応用することで素晴らしく分析機能が高まった。
“周辺”から歴史の不明な部分を探ることができる
そしてさらに最近、トッドはまた大きく転換したんです。それはトッドが分析した家族類型の分布図を読み込んだ言語学の泰斗であるローラン・サガールが「中央ではなく、周辺、辺境により本質的で起源的なものが残っている。
こうしてトッドは、地理学への歩み寄りを強め最新作『家族システムの起源』を書きました。そこでは、「ユーラシア大陸の周縁部に残っている家族形態の方がより古い。つまり直系家族や核家族(絶対核家族、平等主義核家族)は共同体家族より古い形態である」と延べ、持論へと当てはめています。

トッド自身は当初気づいていませんでしたが、その分類にあらわれた「辺境に古いものが残って、中心は変化しやすい」という原則は、歴史の不明な部分を解き明かすヒントになります。
例えば韓国の家族の形です。韓国では、同性同本不婚――つまり同じ性、同じ出身地の人とは結婚できない――の規範があります。ゆえに韓国は非常に強い外婚制と認識されますが、じつは周辺を見てみると同性同本不婚の原則はそれほど強くない。
日本における内婚制を考える場合にも適用できます。例えばイトコ婚です。それが日本の周辺地域である沖縄や離島地域で、伝統的に根づいているかと言えばそうではない。よって、イトコ婚は比較的新しいものではないか、という分析が成り立つ。
少し混乱されるかもしれませんが、実は日本の直系家族を考える場合にも周辺部分を見ると直系家族は普通ではなく、むしろ例外に属する。ということは、直系家族もまた新しいスタイル※と考えることができます。
(※編集部注 日本は「直系家族型」に分類されるが、原初をたどれば日本列島で最初に確認されるのは、アイヌと沖縄にその痕跡を見ることができる「起源的核家族」、つまり「双処居住型核家族」と「母方居住核家族」)
歴史の不明な部分を周辺をあたることによってある程度復元できる。素晴らしい分析ツールが増えたんです。