名作古典の数々には、実は、日本人の豊かな性生活がユニークな表現で書き記されている。そんな古典の中の性文化を切り口に、日本人の歴史と実相に迫る一書『エロい昔ばなし研究 『古事記』から『完全なる結婚』まで』(下川耿史・著、KKベストセラーズ刊)より、知られざる古典の「性」のエピソードを紹介する。
今回取り上げるのは、『誹風末摘花』。
◆下世話なことについて詠んだ川柳「バレ句」が流行

 江戸時代に大流行した「川柳」。川柳とはすなわち季語のない俳句のことで、季語の代わりに笑いを主題としている。詠まれるテーマは様々だったが、なかにはもちろん、恋愛や性的な事柄、糞尿など下世話なものを主題に扱ったものもあった。
 当時はよく句会が開かれたが、エロチックなことを詠った作品が多数寄せられたことから、それらを「バレ句(破禮句)」と総称した。「バレ」とは、淫らなことを意味する俗語である。

『誹風末摘花』とは、そんなバレ句だけを集めた本である。1776年に初篇が刊行され、その後1783年、1791年、1801年と続刊された。
 ここではその中から、江戸時代の銭湯の様子について詠まれた句を紹介したい。

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 江戸に銭湯が誕生したのは天正時代(1573年~1592年) 、伊勢(現三重県)出身の与市という男が、現在の日本銀行本店と大手町の中間あたりに開業したのが始まりである。ここには江戸城建築の資材置き場や飯場があり、そこで働く人々を対象にしたのであった。それから二十数年後には、江戸の町にある銭湯の数は100を超え、町内に一つは浴場があったという。

「ぬきみ・はまぐり」「蛇の頭」江戸時代の隠語があからさますぎ...の画像はこちら >>
 

 初期の銭湯はいずれも男女混浴であった。というより全国の温泉は例外なく混浴だったから、与市もその例にならったのである。しかし、当時の江戸は全国から出稼ぎにきた男性で一杯で、人口も圧倒的に男性が多かったから、混浴の銭湯では女性にいたずらをしかける例が絶えなかった。

「手長足長入込の風呂のうち」(※「入込」とは、混浴のこと)
「入込はぬきみはまぐりごったなり」
「せんずりをかけと内儀は湯屋で鳴り」
 などの句はその情景をよんだもの。銭湯の入口にはお湯が冷めるのを防ぐため、ざくろ口という仕掛け(高さ90センチほどの、洗い場と浴槽を仕切る出入口)が施され、中は真っ暗に近かった。平戸藩の藩主松浦静山が残した『甲子夜話(かっしやわ)』によれば、隅で男女が関係していたこともあったという。

「ざくろ口蛇の頭が並ぶよう」
 という句は、ざくろ口の外から中をのぞくと、男性のものがまるで蛇の頭が並んでいるように見えるという意味。

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「ぬきみ」「はまぐり」「蛇の頭」などはいわゆる隠語にあたるものだが、意味が全く隠れていない。あからさまな表現も、面白みのうちということかもしれない。

〈『エロい昔ばなし研究 『古事記』から『完全なる結婚』まで』より構成〉

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