世界中で広く親しまれているチーズ。熟成していないフレッシュタイプから、長期熟成したハードタイプまで。
その数は何千種類にも上っている。人類最古の加工食品チーズだが、元々は偶然の産物だった!?◆気候風土によって違うチーズが出来上がる

 人類は、いつごろからチーズを食べるようになったのだろうか。チーズの歴史や文化に詳しいチーズプロフェッショナル協会常務理事の佐藤優子さんはこう語る。
「起源については諸説ありますが、紀元前1万年ごろから、メソポタミアでは羊や山羊、さらに牛も飼育するようになり、自然発生的にミルクが固まるという現象が起きたようです。それを日持ちさせるために、水を抜いたり塩を加えたりして、チーズ作りが発祥したと考えられています」。

 西アジアで紀元前6500年ごろの地層から発掘された陶器の破片からは、チーズに多く含まれる脂肪酸ミリスチン酸が検出されている。その後、部族の移動や交易などによって、チーズ文化は、次第に周辺地域へと広まった。紀元前8世紀に成立したとされるギリシャの大詩人ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』にも、ワインとともにチーズが登場する。

飛鳥時代のチーズ「蘇」とはいったい何?の画像はこちら >>
イラスト/さとうただし

「ギリシャ文明を受け継いだローマ帝国の侵略によって、チーズは劇的にヨーロッパに広まりました。ライン川より南西の地域には、ローマ人が自分たちの文化をもたらし、チーズも伝わっていきます。もちろん気候風土によって、家畜に向く動物や発酵させるための菌、棲んでいるカビなどが違いますから、同じように作っても違うチーズが出来上がります。菌によって軟らかくなったり硬くなったり。

寒い地域では保存性を高めていくなど、熟成の技術も発達し、暮らしに合わせて形やサイズのバラエティが増えて、中世には何千種類ものチーズが生まれました」。

◆日本のチーズ作りは文明開化の味がする

 大航海時代が始まると、チーズ文化は、新大陸へと広まっていく。
 中央アジアにも伝播し、独自の発達を遂げたチーズは、南アジア(インド)やシルクロードを通って中央アジアへと伝わる。日本には飛鳥時代の7世紀半ばに乳製品が入ってきた。

飛鳥時代のチーズ「蘇」とはいったい何?
イラスト/さとうただし

「牛乳を菌で固めるのではなく、熱を加えてたんぱく質を凝縮した『蘇(そ)』というものを食べていたようです。乳製品を食べると万病に効くといわれ、平安時代までは薬として朝廷に献上されていました。しかし鎌倉時代になると、武士に乳製品を食べる文化がなかったので、次第に廃れてしまいます」。

 国内で本格的に酪農が始まるのは、文明開化まで待たねばならない。明治4年(1871)、北海道で酪農を中心とした近代的な欧米型農業が導入され、同33年(1900)には函館のトラピスト修道院でチーズ作りが始まった。
「昭和初期になると、大手乳業メーカーがチーズを作るようになりましたが、戦争で中断してしまいます。新たにチーズが作られたのは、戦後になってから。進駐軍の影響でプロセスチーズが、一般家庭に普及していきます」。

 昭和45年(1970)の大阪万博以降、ヨーロッパからさまざまなナチュラルチーズが紹介され、やがてピザブームやワインブームでチーズがより身近になった。昭和63年(1988)、日本のナチュラルチーズ消費量は、ようやくプロセスチーズを上回り、以後順調に伸びている。

〈雑誌『一個人』2017年11月号より構成〉

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