「壬申の乱」や「戊辰戦争」など歴史上の出来事や、兵庫県の「阪神甲子園球場」の名前の由来には、暦が深く関わっている。普段、カレンダーや手帳で何気なく目にする、季節や年を表す言葉の意味とは?(雑誌『一個人』2018年1月号より)◆季節の変化を愛でるのは、先祖伝来の日本人の感覚
甲子園球場の名前の由来 「甲子」とは何かの画像はこちら >>
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 年の瀬に家中のカレンダーを掛け替え、新しい年に思いを馳せる。

毎年のことながら、浮き浮きと心弾む習慣ではないだろうか。
「カレンダーの種類によっては、和風月名、干支、二十四節気、行事や、その日が大安か仏滅かなど、実に多くのことが書かれていますね。
 それぞれの意味を知って、お日柄を気にしたり、季節に親しんだりするのは、案外楽しいもの。忙しい現代の暮らしの中に、心のゆとりが生まれてきます」。
 そう話すのは、國學院大學文学部教授の新谷尚紀さん。確かにどの言葉も、今まで何かと耳にすることはあっても、その意味について深く考えたことはあまりなかったりする。

「農業や漁業が生活の中心だったかつての日本は、春夏秋冬の移り変わりと日々の暮らしが深く関わっていました。それが『和風月名』と呼ばれる独自の呼び方を生み出したのだと思います。季節の変化を愛でる先祖伝来の感覚は、今の日本人にも受け継がれているのではないでしょうか」。
 豊かな自然観から生まれた「和風月名」。「きさらぎ」「やよい」などは、古くは『日本書紀』にも見られる。ただし、日常の会話ではなく、主に文学的な表現として好まれたという。

 ◆「来年の干支は戌年」ではない?

 中国から伝わった「十干十二支」は、歴史上の出来事などで目にする。「壬申(じんしん)の乱」や「戊辰(ぼしん)戦争」は、それが起きた年の干支から名付けられたのだ。また、兵庫県の「阪神甲子園球場」も、甲子の年に完
成したことが名前の由来。
「今は、『来年の干支は戌(いぬ)年だ』というように言われますが、本当
はおかしい。干支とは、『十干十二支』のことなので、60年でひと回りします。61歳になると、自分の生まれた年の暦の干支に還るから『還暦』と呼ばれるんですね。生まれた年の干支に関して、『丙午(ひのえうま)の女性は気性が荒い』と言ったりもしますが、あれは単なる迷信。みんなが面白がるからでしょうか、江戸時代の後期に流行ったのですが、現代の血液型占いのようなも
のです」。

 もともと「十干」とは、十進法の数え方。1カ月を上旬・中旬・下旬と10
日ごとに分け、それぞれ1日目から甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)と数えていた。一方「十二支」は、太陽系の5つの惑星の中で最も重要とされる木星の運行を12に区分したことが始まり。それが、12カ月の月の呼び名として使用されるようになり、覚えやすいように各月に多少ゆかりのある動物の名前が付けられた。

その後、月だけではなく年や日、時刻や方位など、時代とともにさまざまな用途に使われるようになったのだ。

「時代小説に『草木も眠る丑三(うしみ)つ時』という言葉が出てくるでしょ
う。丑の刻は、午前1時から3時、三つ時はそれを4等分した3つ目の時間なので、丑三つ時は2時から2時半ごろになります」。
 正午や午前、午後という言い方も、十二支が由来だ。午前は午の刻の前、午後は後を意味する。

〈雑誌『一個人』2018年1月号より構成〉

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