去る1月13日、14日に、2018年度の大学入試センター試験が行われた。毎年様々な形で取りざたされるセンター試験だが、今年最も多くの注目を集めたのは、「地理B」にて出題された「ムーミン問題」ではないだろうか。
「出題ミス」との指摘もあったこの問いの、真の問題点はどこにあったのか。また、「ムーミン問題」のような一見トリッキーな問いの出現を、私たちはどのように捉えるべきなのか。『2020年からの教師問題』(ベスト新書)や『2020年の大学入試問題』(講談社現代新書)の著者、石川一郎氏にお話を聞いた。◆「ムーミン問題」はなぜ大ブーイングを浴びたのか

 まず、ここで取り上げようとしている「ムーミン問題」とはそもそも何か。
 センター試験1日目に行われた「地理B」に、北欧3か国(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド)について問う大問があった。その中で、ノルウェーとフィンランドを舞台にした日本のアニメーションとして「ムーミン」と「小さなバイキングビッケ」が挙げられており、どちらがフィンランドに関するアニメーションかを答える問題が出されたのだ。
 それではなぜ、この「ムーミン問題」は問題視されるに至ったのか。批判を浴びたポイントは、大きく分けて以下の二つある。

①地理の授業でムーミンは習っていない
②ムーミンの舞台はフィンランドとは限らない
出題ミス? センター試験「ムーミン問題」が示した入試の可能性...の画像はこちら >>
 

 まず、学校でムーミンについて学んでいないことを問題視する声があった。センター試験終了後のSNS上では、「授業で教えられていないのだから解けるはずがない」という受験生のものと思われる声も散見された。
 もう一つ問題視されているのが、ムーミンの舞台は本当にフィンランドなのか、という点。ムーミンの作品の舞台は「ムーミン谷」とされており、あくまで架空の場所。

確かに、ムーミン谷と、「森と湖の国」というフィンランドのイメージは重なる部分もあるし、作者のトーベ・ヤンソンはフィンランド人だが、だからといって「ムーミンの舞台=フィンランド」とはならない、という旨の指摘は、大阪大学スウェーデン語研究室をはじめ多くの識者から発せられた。

 ◆それでも「ムーミン問題」は解けた

 主に二つの問題点から、大ブーイングを浴びることとなってしまったセンター試験の「ムーミン問題」。ただし、「ムーミンの問題を高校生が解けるかどうかと聞かれれば、それは可能だったと思います」と石川一郎氏は話す。
「ムーミンの問題は消去法で解ける問題でした。『ムーミン』と一緒に挙げられていた『小さなバイキングビッケ』の方に注目するんです。作品名に入っている『バイキング』は、かつてヨーロッパ各地に進出したノルマン人の集団で、ノルウェーとの関連が深い。このことは地理の授業でも習うので、『小さなバイキングビッケ』の方がノルウェーだと分かり、結果的に『ムーミン』の方がフィンランドと答えられる仕組みになっていました」。

 ムーミン自体については、地理では取り扱われていないが、与えられたヒントをもとに推理をすれば、たとえムーミンに関する知識が全くなかったとしても解けるとのことだ。
「ムーミンの舞台は果たしてフィンランドなのか、ということや、もう一方の『小さなバイキングビッケ』についても、バイキングなのだからノルウェーだけが舞台ではないのではないか、といった指摘があるのは分かります。ただ、地理の知識を使うのだとすれば、やはり正答は導き出せるのではないでしょうか」。

◆ムーミンが示唆するこれからの入試

 さて、様々な議論を生んだ「ムーミン問題」だが、その評価はともかくとして、かなりユニークかつトリッキーな出題例だったと言えるのではないか。
「センター試験に今回のような問題が出たことに、驚いた人もいると思います。

これは間違いなく文科省の教育改革が影響していると言えるでしょう」と石川氏は話す。
 すでに公表されている通り、現行のセンター試験は2020年をもって廃止され、代わりに新テストが実施されるようになる。この入試の大転換は、知識・技能だけでなく、思考力や判断力、表現力などといった能力も重視するという、文科省の新しい教育目標に基づいている。端的に言えば、センター試験では知識しか問えないので、思考力を問うための新しい試験を作ろう、という流れなのだ。

 では、「ムーミン問題」が教育改革の影響を受けている、というのはどういうことなのか。
「ムーミンの問題について、地理を教えている人たちの中から『思考力を使ういい問題だ』という意見が出ています。ただ学校の授業で覚えたことをそのまま答えさせるのではなく、知識をもとに答えを推理させるような問題だったという意味では、確かに思考力を問うような問題だったと言えます。それは、思考力を重要視する文科省の教育改革の方向性に合致していますから、おそらくセンター試験に代わる新テストには、『ムーミン問題』のような問題がもっと多く入ってくる可能性があります」。
 つまり今回の「ムーミン問題」は、過渡期にある大学入試に現れた「未来の入試問題」ということなのだろうか。

 ◆統一試験の限界

「ムーミン問題」は、大学入試問題の新しい形を提案し、統一入試の可能性を示したのかもしれない。「ただし」、と石川氏は言う。

「ただし、『ムーミン問題』のような問題が、統一入試の限界でもあると思うんです。

まず、センター試験や新テストのような統一入試では、どうしても『科目』という枠組みにとらわれてしまう。今回の場合は地理Bからの出題でしたから、地理Bで教えられた知識を使った問題、というふうに限定されてしまうんです。たとえば、地理Bで習った知識と国語で身につけた技能が融合したような『ムーミン問題』があってもいいはずなのに、それができないというのは、統一試験であることの弊害かなと思います。
 そして何より、ムーミンの問題は確かに思考力を問えているかもしれませんが、解答者に何かを生み出させることまではできていません。創造的な思考力や表現力は問えていないんです。仮に、新テストで記述式が導入されたとしても、受験者が50万人近い大規模な統一試験では、ある程度解答の方向性が決められてしまいますし、国語の記述問題が80字から120字程度で答えさせることになりそうだということからも、受験者の創造性が発揮されるような出題はできないでしょう」。

 要するに、「ムーミン問題」は創造の前段階で止まってしまっている中途半端な問いだということになる。だとすれば、創造的思考力や表現力は、どのように問われ得るものなのか。
「統一試験では難しいと思います。受験生の創造性をはかる問題は、AO入試や推薦入試、大学の個別試験などで出されるべきもので、統一試験については、現行のセンター試験のように知識・技能が習得できているかを問う形でいいのではないかと私は思います。だから今回の『ムーミン問題』に関して、過度に批判するべきではないと思うと同時に、過度に素晴らしい問題だと褒める必要もないと思っています」。

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