ピタゴラスは詐術師だった――!?<後篇>。
【前篇「ピタゴラスは実在しなかった? もっとも知られる哲学者裏の顔」】
■「ピタゴラス教団」にあった驚きの戒律神秘的な「奇跡」を人々の前で何度も起こしてきたピタゴラスの周りには、いつしか2000人を超える崇拝者が集まっていた。彼らはピタゴラスを人間の形をした神として崇め、ピタゴラスを教祖とする秘密宗教結社「ピタゴラス教団」を結成する。
教団に入信した人々は、共同生活を送るための建物を建て、個人の私有財産を全て教団の共有財産として共同生活を送るようになった。だが、教団は誰でも入信できるわけではなく、厳格な審査があったようだ。審査の選抜をくぐり抜け、無事に入信できた後にもしばらく厳しい見習い期間があった。
入信者はまず、最初の3年間はほったらかしにされ、教団での生活に対する本気度が試された。次の5年間は、黙って師の講義に耳を傾けることだけが許された。その後の審査を乗り越えて、ようやく家の中でピタゴラスと対面し、直接教えを受けることが認められる資格を得られるようになる。ここまでの厳しい過程の中で、ごく僅かな精鋭のみに淘汰されていき、ピタゴラスに直接会う権利を持つ彼らだけが教団の幹部になれた。
逆に言うと、数千人の教団信徒がいたとしても、教祖ピタゴラスに直接会えたのはごく限られた人間だけだった。このような秘教的な仕組みによって、ピタゴラスの神秘性はますます高まり、教団の権威も強まっていくこととなる。
ピタゴラス教団の信徒は他にも多数の厳しい戒律が課せられていた。例えば「(動物の)心臓を食べてはいけない」「寝具は常にたたんでおくこと」「太陽に向かって小便をしてはならない」といったものがある。これらはまだ宗教的戒律として理解できるのだが、中には何故それがいけないことなのか理解に苦しむものもある。
「刃物で火をかき立ててはいけない」「荷物は背負うのを手伝うのではなく、降ろすのを手伝わなければならない」「灰の中に土鍋の痕を残してはいけない」「松の小枝で尻を拭いてはいけない」「パンを切れ切れに引き裂いてはいけない」……。
他にも多数の戒律があるが、いずれにしても合理的な理由はよくわからない。迷信的な禁忌である点には変わりなく、とても幾何学の研究をした合理的な人物の発想とは思えない。
では、何故このような神秘主義的な教団から「ピタゴラスの定理」のような現代にまで通用する合理的な幾何学の定理が生み出されたのだろうか。
■ピタゴラスの定理を発見してささげた生贄ピタゴラス教団の中心的な教義とは「万物の根源は数である」とする考え方であり、数学の原理が世界の究極的な原理だとされていた。世界は火や水、土で構成されているが、そのさらに根源に数があり、数学的な調和に基づく秩序がある。数にはそれぞれ意味があり、「1」は理性、「2」は女性、「3」は男性、「4」は正義を意味する。女性の「2」と男性の「3」を足した「5」は結婚を意味する。「7」は好機を意味するとされているので、あるいは現代の「ラッキーセブン」という言葉の起源となっているのかもしれない。
彼らの「数」の研究は数学だけでなく音楽や天文学にも及んだ。たくさんの弦が並ぶハープのような楽器を見ればわかるように、音階は弦の長さを美しく整数比で割り当てていくことで生み出される。また、三度の音や五度の音のように、美しい和音=調和を構成する音も存在しているが、和音の構造も数の比率を調べることによって発見された。
当時は一般的に地球が宇宙の中心にあるとする天動説が主流だったが、「ピタゴラス派」は宇宙の中心に「火」があり、その周りを地球や他の星々が回っていると考えていた。夜空に見える星々は、常に同じ比率の距離を保って運行している。だから、これらの比率を音階や和音に置き換えることができれば、さぞかし美しく調和のとれた音楽が奏でられるのだろう……「ピタゴラス派」は数と音楽、天体の研究からこのような考えも持っていた。
ただ、いずれにしても彼らは、神秘的な思考から離れた合理的な研究を行っていたわけではない。反対に、数秘術のようにオカルト的に数の神秘的な意味を読み解き、その観点から数学の原理や美しい音階、和音、天体の運行などのように、世界に存在している数学的な秩序という合理性に対して神秘を感じ、崇拝していたのである。
ピタゴラスやピタゴラス教団の人々は、世界に隠された神秘を解き明かすために数学の研究を行っていたのだ。「ピタゴラスの定理」が発見された時、彼らは神に感謝を捧げるため、教団の戒律で禁じられていたのも関わらず、100頭もの雄牛を生贄にしたと言われている。
さらに言えば、ピタゴラス教団は宗教団体、研究団体としての性格だけでなく、政治団体としての性格も持っていた。古代の都市に熱狂的な信念を信奉する数千人もの人々が、鉄のごとき戒律で結束を固めた組織を作ったのだから、政治的存在感を持ち得ないはずもない。
だが、熱狂は同じくらいの強さを持つ反感も生み出す。クロトンや周辺都市では、反ピタゴラス教団の機運も次第に高まっていった。例えばピタゴラス教団が打ち出した施策「私有財産を禁止して全ての財産を共有財産とする」考え方などは、元々の支配層だった大土地所有者や貴族などから反感を買うであろうことは容易に推測できる。
■豆を踏みつけるより死を選ぶ その死もいかにも非合理的だった。
いくつかの対外戦争や反乱を経て、ピタゴラスと教団員たちはクロトンの街を追い出されることとなった。教団への入信を断られた者が怒って放火し、クロトンの市民が暴動を起こしたとも言われている。
弟子達が身を挺したおかげでピタゴラスは命からがら逃亡するのだが、困ったことに逃げ道の先には豆畑があった。
ピタゴラス教団の戒律の一つに「豆を食べてはいけない」というものがある。何故豆を食べてはいけないのか、後の時代の哲学者アリストテレスは「人の局部に形が似ているから」「冥界の門に似ているから」などの理由を推測したが、合理的な理由はわかっていない。とにかく、何か神秘的な理由があったのだろう。
豆畑まで逃げてきたピタゴラスは「豆を踏みつけるくらいなら、殺されたほうがましだ」と言い放ち、追手に捉えられ喉をかき切られて死んだ。
ピタゴラスの魂は転生し、過去の魂の記憶を持ったまま永遠に生き続けるそうなので、もしかしたら現代でも世界のどこかに「ピタゴラスの生まれ変わり」となった者が生きているのかもしれない。