松本清張賞と小学館文庫小説賞をダブル受賞して華々しくデビューした若手作家が『拝啓、本が売れません』という、とんでもないタイトルの本を刊行してはや数か月。版元の垣根を越えて、文藝春秋から一部先取り掲載させていただいた「風に恋う」も7月13日に刊行した。
これは『拝啓、本が売れません』のその後の話である。〈前編〉■新宿の喫茶店にて…

 数々の取材、カツカツのスケジュール、そして版元であるKKベストセラーズの買収騒動を乗り越え、『拝啓、本が売れません』が刊行されてから数ヶ月。三省堂書店神保町本店での刊行記念イベント(なんとキャパ100人!)も無事成功し、ホッと一息ついた頃だ。

 いつも打ち合わせしている新宿の喫茶店で、平成生まれのゆとり作家・額賀と、担当編集ワタナベ氏は久々に顔を合わせていた。
「額賀さん、おめでとうございます! 『拝啓、本が売れません』、売れてますよ!」

 この頃、私は『拝啓~』の中にもたびたび登場した『さよならクリームソーダ』の文庫化の作業、そして新作『風に恋う』の修正作業で大忙しだった。

「ワタナベ氏、重版は! 重版はするのかっ?」
「ま・だ・し・な・い!」
「しないんかい!」

 重版への道のりは、まだ遠いようである。

「でもね、額賀さん。プロモーションを頑張ったおかげでなかなか売れ行きは好調なんですよ」

「三省堂の神保町でイベント後、文芸ランキングで1位にもなりましたしね。体感では、額賀がこれまで出した本の中で一番初速(=発売直後の売れ行き)がいいかもしれません。作家さんとか業界関係者が随分読んでくださいましたし」

 自分の本を《売れる本》にすべく奔走した過程を記録した本が、自分史上最も初速がいいだなんて、不思議なものだ。この間なんて、イベントで初めて私を知った人に「本が売れない本の人ですよね?」と声を掛けられたくらいだ。
「というわけで、額賀さんにご褒美を上げます」
「ご褒美は重版がいいんだけどなあ……」

■ゆとり作家、ご褒美をもらう

 2018年5月某日。

平成生まれのゆとり作家・額賀と担当編集・ワタナベ氏は、渋谷に降り立った。

 ワタナベ氏が言うご褒美とは、「『拝啓、本が売れません』で行きそびれてしまったところへ取材へ行っていい」というものだった。

『拝啓~』の中で、私とワタナベ氏は、

●元電撃文庫編集長、ストレートエッジ代表取締役社長の三木一馬さん
●さわや書店フェザン店・店長の松本大介さん
●株式会社ライトアップ・Webコンサルタントの大廣直也さん
●カルチュア・エンタテインメント株式会社・映像プロデューサーの浅野由香さん
●ブックデザイナーの川谷康久さん

 ……といった錚々たるメンバーに「売れる本をつくる方法」を取材して回った。しかし、当然ながらさまざまな理由から取材に行けなかった人や会社も存在する。

 渋谷にやってきた私達が辿り着いた株式会社ピースオブケイクも、そのうちの一つである。

■ピースオブケイクってなんだ?

 会社名は知らなくても、ピースオブケイクが運営している「cakes(ケイクス)」や「note(ノート)」は聞いたことがある人も多いはずだ。

 cakesは経済、文化、芸能、海外情報といったコンテンツを提供するデジタルコンテンツ配信プラットフォームだ。2万点近い記事を定額読み放題で楽しむことができる。ベストセラー作家、漫画家、人気ブロガー、アーティスト、学者など、多様な肩書きを持つ執筆陣が、日々さまざまな記事をアップしている。

 noteは、クリエイターが文章、写真、イラスト、音楽、映像などの作品を投稿することでユーザーと繋がることができるウェブサービスだ。クリエイターがファンと交流するだけでなく、コンテンツの販売も可能なのが面白い。

 noteを活用すれば、作家は出版社を通すことなく読者に直接作品を届けることができる。

本が売れない時代を生き抜くためのビジネスモデルが、もしかしたらここにあるかもしれない。

 そんなことを考えながら、私とワタナベ氏はピースオブケイクのオフィスに足を踏み入れた。

 ■ベストセラー編集者に聞いた。

 話を聞かせてくれたのはピースオブケイクの代表取締役CEO・加藤貞顕さんだ。編集者でもあり、累計発行部数280万部を記録した岩崎夏海さんの『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の担当編集でもある。2011年にピースオブケイクを設立し、堀江貴文さんの『ゼロ』や平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』などを担当した。

「最近、自分が書店に行く回数が減ったなあ、って思います」

『拝啓~』の内容と今回の取材の趣旨を説明すると、加藤さんはおもむろにそう言った。

「額賀さんが書くエンタメ青春小説は売りやすいジャンルだと思うんですが、それ以上に文芸というのシュリンクぶりが激しいんでしょうね」

 そこからひとしきり「本が売れないね」という話をして、私は自分の本に碌に重版もかからないし、初版部数もどんどん減っているし、という話をした。

「昔は、本が出たら新聞広告を出して、電車広告もやって、それで認知されて売上に繋がっていたんですが、今はネットで露出することが認知につなげる最重要な広告だと思います。多くの出版社がオウンドメディア(企業が運営するメディア。例えばホームページ、ブログ、SNSアカウントなど)を使ったコンテンツの発信に力を入れていることからも、時代の変化を感じます」

「けれど、ネットでの宣伝が上手くいかないことも多いですよね。内容云々の前に、そもそも見られていない! とか。

いろんな出版社が自社サイトで本のPRをしたり販促のための企画を打ち立てたりしてますけど、上手くいかない要因はどこにあると思いますか?」

「出版社の宣伝ページが見られない理由の一つとして、読者が出版社の名前で本を探してないからではないでしょうか。たとえば、『額賀さんの本を買おう』とか、『何か面白い本はないかな』という気持ちで書店に行く人は多いと思いますが、○○出版の本を買いに行こう、という人はどちらかといえば少ないと思いますし」

「うーん、確かにそうですね」

■出版社名で本を買う人はいない

「さあ、○○出版の本を今日は買おうぞ!」なんて思って私達は本屋に行くわけじゃない。出版社がオウンドメディアを立ち上げて、自社のコンテンツを発信すると、どうしてもその不具合が出てきてしまう。出版社は、基本的に自社の本でしか商売ができないから。

 加藤さんはこう続けた。

「それと、以前は雑誌が読者とコンテンツの出会いを提供していました。特定の作家の記事が読みたいと思った読者が雑誌を手に取り、結果、他の作家にも出会うということがあった。ところが現在、雑誌ほど出版業界で苦境に立たされている媒体はありません。しかし、雑誌がもたらす読者とコンテンツの出会いはなくなっていいものではないと思うんです。ネット上で雑誌と同じ役割を持ったプラットフォームが作れないかと思い、立ち上げたのがcakesです」

「ちなみに、cakesのサービス開始当初は、どういった層をターゲットにしたものだったんですか?」

「cakesはあえてターゲットを設定せずに作りました。間口を広くして、読者に自分でcakesという雑誌の切り口を見つけてほしいと考えたからです。その考えが上手くハマったのかはわかりませんが、皆様のご愛顧のおかげもあり、今は2万近くの記事と、50の出版社、1000人以上の多様な著者が集まるウェブメディアになることができました」

 確かに、cakesというプラットフォームは、ジャンルのないとてつもなく巨大な雑誌であると考えることができる。

読者がcakesにやって来る目的に合わせて、さまざまな雑誌に形を変えるとも言えるかもしれない。

「そもそも出版社というのは、雑誌から始まったところが多いんです。たとえば文藝春秋は雑誌の『文藝春秋』から始まっていますし、小学館も学習雑誌から。コンテンツは雑誌から始まり、本の刊行へと繋がっていく……その流れが現在へと続いている。それをネット上でやりたくて、cakesとnoteを始めました」
「cakesが《雑誌》ということは、noteは《本》だと考えていいんでしょうか?」

 私の隣に座っていたワタナベ氏が聞く。事実、以前拝見したとあるインタビューの中で加藤さんはそのように話していた。「cakesは《雑誌》で、noteは《本》みたいなところはあって、今後は行き来を増やしていきたいんです」と。
「ただ、単純にウェブ上で雑誌や本を作るのではなくて、本が売れない時代だからこその、『雑誌の再定義』と『本の再定義』を行おうと思ったんです」
 雑誌と本の再定義。
 おお、面白い言葉が出て来たぞ。〈…中編に続く〉

本が売れない時代の届け方。ベストセラー編集者に聞く。の画像はこちら >>
cakesでの取材にて。
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