「一尾まるごと」焼鯖そうめん
サバの郷土料理は、沿岸部だけではなく「海のない町」にも存在する。海なし県・滋賀県にも興味深いサバグルメがある。「焼鯖そうめん」だ。串に刺して焼いた鯖をしょうゆ、みりんなどを合わせたダシで煮込み、その煮汁でそうめんを味付けしたものだ。じつは焼鯖そうめんは日本では、ほぼ唯一の「サバ麺郷土食」。しかも、ごはんの「おかず」にすることもあるらしい!?
そんな貴重なサバグルメを訪ねて滋賀へ向かった。

最初に訪れたのは、滋賀県湖北地区に位置する長浜市。街中には焼鯖そうめんを提供するお店が多い。
「焼鯖そうめんは、春と秋のお祭りに欠かせない料理です」と語るのは、地域食文化の調査研究と伝承活動を行う「湖北町食事文化研究会」代表の肥田文子さん。
肥田さんのご自宅は、長浜市街から約10kmほど北に位置する湖北町伊部地区にある。伊部は、中世には浅井氏の居城・小谷城の城下であり、江戸時代は越前街道の木ノ本から、中山道の関ヶ原へ抜ける「北国脇往還」の宿場町だった。
「肥田家は浅井長政のもとへお市の方が嫁ぐときに、織田信長の命を受け護衛としてこの地に入った肥田与左衛門が1代目。
肥田邸は400年前の門構えを残し、幕府が参勤交代制度を定めた直後から、大名たちが宿泊する「伊部小谷宿本陣」だったという歴史ある建物だ。
「越前・若狭の大名は参勤交代の際にこの道を通り、中山道、美濃路を経て東海道に入り、江戸へ向かいました」。
肥田家には往時を偲ぶ資料も多く残っている。
「本陣の宿帳(「海道帳」)には、大名への献上品、献立の中に『鯖』『焼き鯖』『刺し鯖』などの文字が随所に見られます」。
そう語ってくれた嘉昭さんに享和3年、測量家・伊能忠敬が宿泊した際に提供された献立を見せてもらった。そこにも「鯖」「塩鯖」「刺し鯖」の文字がある。

「これらのサバは、若狭方面から運ばれてきたものです。現在、『鯖街道』としてよく知られているのは福井県・小浜~京都を結ぶ『若狭街道』ですが、ここにも江戸へ向かう『鯖街道』があったんですよ」。
「江戸へ向かう鯖街道」の宿場町では、サバがとても身近な存在だ。
「このあたりは、昔から若狭地方の『海のもの』が多く運ばれてきていました。
もっともポピュラーな料理は「焼き鯖」。
サバをまるごと一尾、串に刺して焼いたもので、若狭地方の郷土料理として知られる「浜焼き鯖」と同じスタイルだ。
「滋賀県は鮒寿司が有名ですが、サバのなれずしもよく作ります。サバを糠漬けした、へしこもね」。
そして、焼鯖そうめんである。「みんな大好きですね。スーパーでも売ってます(笑)

まず焼き鯖は、きれいに串をぬくために、少し火で炙る。
「こうすると魚と串の間に隙間ができて、身を崩さずに串がぬけるんです」。
次にサバを煮るための、だし汁を作る。
昆布とカツオで取っただしに醤油、砂糖、みりん、酒を加えて煮る。汁が煮立ったら、そこに焼き鯖を入れる。

そうめんは鍋に湯をわかし、固めにゆでたらザルにとり、流水にさらしてぬめりをとる。
続いて、サバの煮汁が入った大鍋に、青ねぎを入れてゆで、さらにそうめんを入れて箸でゆっくり混ぜながら汁を含ませる。
盛り付け方は、文子さんのオリジナル。「サバが大海原で泳いでいる勇姿を表しました」。サバは大皿に竹の皮ごと置く。煮上がったそうめんは、菜箸を使ってくるくると巻き、サバの両側に「波」のように盛り付ける。ひとりひとり取りやすいようにという気遣いもこめられている。
美しい海のような大絵皿に盛り付けられた焼鯖そうめんは、見た目も華やか。
「さあさあ、食べてみて」と文子さんにすすめられて、サバの身をほぐし、そうめんとともに小皿にとる。「サバの身はしっぽのほうがすき、真ん中が好きと人によって取るところはさまざまですね」と嘉昭さんがサバをほぐしながら語る。

サバを、ひと口食べてみた。身の食感は驚愕の「ふわふわ」。そして、ほどよく煮汁がしみた、このうえなくやさしい味わいだ。焼き鯖を煮たものがこんなに美味しいとは!
サバの煮付けとはまったく違う味わいに感動!
サバの旨みがしみこんだそうめんも、ホッと心が癒されるような滋味あふれる味わい。身がなくても、美味しい。しかも「冷めても美味しい」!
サバとそうめん。素晴らしいマリアージュ! しかしなぜ、こんな組み合わせを思いついたのだろうか? そして、鯖そうめんが誕生したのは、いったいいつごろなのだろう?
「戦後はなかったねえ」と嘉昭さん。「昭和40年代くらいからのように思います」。
さらに嘉昭さんが、興味深い話を続けた。「このあたりは信仰心が強い土地柄。いまもお盆には1日5回、ご先祖さまへの食事を用意する風習もあるんです」。
そしてそうめんは、その食事や法要のお返し、お供え物にとてもよく使われてきたそうだ。
「焼き鯖は身近に、いつもある食材。そうめんとうまくミックスして美味しい料理ができないか考えたんやろうなあ。湖北の人の知恵やなあと思います」。「滋賀は伝統文化がきっちり守られているところだと思います。一部のひとではなく、みんなにね」と文子さんも語る。

サバの旨みが染みた茶色いそうめんが、脈々と受け継がれた「滋賀の祈り」の証のように思えた。
■京都へ続く鯖街道の「おかずになる」焼鯖そうめん

続いて、焼鯖そうめんを求めて向かったのは、湖西地区。
滋賀県高島市朽木地区は、かの福井県若狭と京都を結ぶ「鯖街道」の宿場町だ。朽木の山間に位置する「味処 花ごよみ」の看板メニューは、上田妙子さんが作る「焼鯖そうめん」。
やはり、鯖街道の町では「サバは身近な存在。子供のころは、小浜からサバを入れた籠を背中にしょって売りにくる女性の姿をよく見かけたものでした」と妙子さんのご主人である上田正さんが語る。
「焼き鯖はよく食べますね。買ってきたものを温めなおして、しょうが醤油をかけて食べると、ごはんも、お酒もすすむね(笑)。サバをぬかに漬けたへしこも日常食ですね」と正さん。林業のかたわら、自ら1000匹ものへしこを漬け込んでいる。

また、サバと炊いたご飯を漬け込んだ「サバのなれずし」もよく作られているという。「この辺では『風邪をひいたらなれずし』なんです」と正さん。
「えっ?」と思いつつも、なれずしのお湯割り(?)をいただく。
少しクセがあるが、たしかに身体がいきなりポカポカしてきた。山間の町でサバは「健康食」としての一面も担っていたのだ。

そして、焼鯖そうめんは朽木でも昔から、お祭りで欠かせない料理だという。妙子さんは京都出身で、嫁いではじめて焼鯖そうめんを食べたのだそう。「お義母さんが作るのを見ておぼえました」。
妙子さんがお店で提供する焼鯖そうめんは、地元朽木で作られた焼き鯖を1人前分に切ってから作る。
鍋に酒を入れて煮立ててから、醤油と砂糖を入れて焼き鯖を煮る。だしは使わない。「昔はいまみたいに調味料が、あまりなかったからでしょう。春には、わらびやふきと焼き鯖を煮物にしたものもよく食べます。サバのだしがしみてとても美味しいの」と妙子さん。

器にそうめんを盛り、サバをのせて完成。「できたてを食べるのがおすすめ。さあ食べて!」と妙子さんにすすめられて、アツアツの鯖そうめんをいただく。煮汁がしみたサバは、ホクホクとろり。サバの旨みをまとって煮上がったそうめんは、ほどよくこってり。なんとも懐かしい「お惣菜風」。これは、まさに「おかず」になるそうめん!「焼き鯖でごはん食べて、鯖そうめんでごはんを食べるんです(笑)」と正さん。「あとね、焼鯖そうめんは祭りのときだけではなくて、ふだんからなあんか、ふと食べたくなる味なんです」。
そう、焼鯖そうめんは、「茶色い幸せ」が凝縮した味わいなのだ。
滋賀のソウルフード・焼鯖そうめん。
イメージではなかなかピンとこないと思うが、一度食べるとときどき「あ、また食べたい…」とじわじわ押し寄せてくる「後引きグルメ」だ。そして、その味わいを都内でも堪能できるチャンスが到来! 8月1日から滋賀県アンテナショップ「ここ滋賀」2階のレストラン「日本橋 滋乃味」で、焼鯖そうめんが提供される。
ぜひ、唯一無二の「サバ麺郷土料理」を味わい、ほっこり癒されるとともに、夏バテも撃退していただきたい。
【花ごよみ】
■滋賀県高島市朽木荒川 870-2
■TEL:0740-38-2377
http://www.e-tuchi.com/original4.html

【日本橋 滋乃味】
■東京都中央区日本橋2丁目7-1「ここ滋賀」2F
■TEL:03-6281-9871
https://cocoshiga.jp/restaurant
※焼鯖そうめんはディナーのみ提供。