「パンとサーカス」は、古代ローマの詩人ユウェナリス(60~130年頃)が残した言葉である。
彼の『風刺詩集』にはこうある。
《我々民衆は、投票権を失って票の売買ができなくなって以来、国政に対する関心を失って久しい。かつては政治と軍事の全てにおいて権威の源泉だった民衆は、今では一心不乱に、専ら二つのものだけを熱心に求めるようになっている――すなわちパンと見世物(サーカス)を》権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」により、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを揶揄したわけだ。
写真:つのだよしお/アフロここでユウェナリスが「サーカス」と呼んだのは複数頭立て馬車による戦車競走のことである。これはやがて、コロッセオ等で行われた血腥い剣闘士試合やローマ喜劇などを含むようになった。
また、「パン」と呼ばれているのは小麦のことだ。施しを受けた人々は、小麦をパン屋に持っていき、焼いてもらうしかなかった。この配給制度は、共和政ローマの政治家ガイウス・グラックス(紀元前154~紀元前121年)の改革に起源を持ち、紀元前58年に護民官のプブリウス・クロディウス・プルケル(紀元前92~紀元前52年)により初めて実施された。当初は極端な格差を解消する目的があったが、次第に支配者層の権威を見せつけるための手段へと変質していく。
それにしても、なぜこのような大盤振る舞いが可能だったのか?
地中海世界を支配したローマ帝国には、属州から搾取した莫大な富が集まってきた。そしてその一部がローマ市に住む市民に分配された。また多くの奴隷を使う大土地所有者や政治家が、市民の支持を得るために食糧を配ることもあった。これが周辺の農村部からの人口流入を促し、ローマ市は過剰な人口を抱える巨大都市になっていく。
ユウェナリスの言葉は現在の愚民政策、福祉政策を批判する文脈で引用されることが多い。すなわち、権力者から無償で与えられるパンとサーカスによりローマ市民は労働の美徳を忘れ、遊んで暮らすようになり、堕落していったが、これは現在の状況と同じではないかと。
■当時と今との違いしかし、この構図を安易に利用すると間違える。そもそも当時と今とでは社会の質が違う。
現在のわが国においては、バラ撒きどころか緊縮の極みである。重税路線は古代ローマと同じだが、市民にパンが配られるどころか、ギリギリの生活をしている貧困層が自分たちのクビを絞める政権を支持していたりする。「肉屋を支持する豚」というネット用語がある。これは、アニメやマンガの規制を推進する自民党を支持するアニメオタクを揶揄する言葉だったが、そこから、貧乏なのに新自由主義を唱える情弱のネトウヨなども含まれるようになった。
古代ローマの市民が愚民化政策により政治に無関心になったというなら、現在の大衆社会で発生している現象は真逆である。
大衆は政治に対して無関心どころか、政治に口を出したくてたまらないのである。彼らは新聞や雑誌、テレビニュースを熱心に見る。そして政治に無関心であったほうがいい人間が大きな声を上げ、しまいには政治を知らない人々が政治家になり、政権の中枢に居座るようになる。
スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883~1955年)は言う。
《近年の政治的変革は大衆の政治権力化以外の何ものでもないと考えている。かつてのデモクラシーは、かなり強度の自由主義と法に対する情熱によって緩和されたものであった。(中略)自由主義の原則と法の規範との庇護によって、少数者は活動し生きることができたのである。そこではデモクラシーと法および合法的共存は同義語であった。今日われわれは超デモクラシーの勝利に際会しているのである。今や、大衆が法を持つことなく直接的に行動し、物理的な圧力を手段として自己の希望と好みを社会に強制しているのである。今日の新しい事態を、あたかも大衆が政治にあき、政治の運営を専門家にまかせきっているのだというふうに解釈するのはまちがいである。先日、一緒に食事をした神戸大学の先生が「今の学生たちは共通の経験を持っていない。誰もが見た映画や誰もが聞いた音楽というものが存在しない」と言っていた。そもそも今の若者はテレビを見ない。趣味が細分化された結果、誰もが興味を持つ「サーカス」も存在しなくなった。オウム真理教の麻原彰晃(1955~2018年)をはじめとする幹部らの大量処刑も、それほど大きな注目を集めたとは言い難い。
人間が持っている野蛮な本能を政治に利用する手法自体は大昔から変わらないが、現在わが国で定期的に行われているスケープゴートの設定と総バッシングも、あまり長続きしなくなってきている。
古代ローマの繁栄を支えたのは道路網と水道の整備である。「ローマは一日にして成らず」「すべての道はローマに通ず」という言葉があるように、長い年月をかけて帝国の隅々にまで公道がつくられた。また、紀元前312年から3世紀にかけて古代ローマで建築された水道は、都市や工場地を拡大させた。古代ローマ滅亡後1000年以上も、これに匹敵する水道はつくられることはなかった。
一方、わが国で進められていたのは「水道の民営化」を含む水道法改正だ。その目的は「水メジャー」と呼ばれる外資への命綱の売り渡しである。
たしかにユウェナリスは古代ローマの不正を鋭く風刺した。《じっさい、いったい誰が首都の不正に耐えられるのか》
《悪徳がこんな豊かに、実った時があったか》
しかし、ユウェナリスがローマの没落を歌った後も、帝国は拡大を続け、300年以上にわたり権勢を維持したのだ。
一方、19世紀半ばあたりから次々と登場した近代大衆社会論においては、将来に関する楽観的な見通しはほぼ皆無である。
ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900年)は言う。
《私の物語るのは、次の二世紀の歴史である。私は、来たるべきものを、もはや別様には来たりえないものを、すなわちニヒリズムの到来を書きしるす。この歴史はいまではすでに物語られうる。なぜなら、必然性自身がここでははたらきだしているからである。この未来はすでに百の徴候のうちにあらわれており、この運命はいたるところでおのれを告示している。(中略)私たちの全ヨーロッパ文化は長いことすでに、十年また十年と加わりゆく緊張の拷問でもって、一つの破局をめざすがごとく、動いている、不安に、荒々しく、あわてふためいて。あたかもそれは、終末を意欲し、もはやおのれをかえりみず、おのれをかえりみることを怖れている奔流に似ている》(『権力への意志』)近代は前近代に戻ることのできない構造を持つ。ニーチェが言うように、人間は蟹にはなれない。
近代には近代特有の病がある。
デンマークの哲学者セーレン・キルケゴール(1813~55年)は、大衆の本質を「第三者」「傍観者」と規定した。水平化・平等化された近代社会においては、傑出した人間は軽視され、疎まれ、引きずり降ろされる。そこに働くのは嫉妬の原理だ。そして個人が完全に等価になった結果、価値判断の道具として多数決が導入される。そこでは頭数を揃えることだけが求められる。
《ところが今日では、だれもが意見をもつことができるのだが、しかし意見をもつためには、彼らは数をそろえなければならない。どんなばかげきったことにでも署名が二十五も集まれば、結構それでひとつの意見なのだ。ところが、このうえなくすぐれた頭脳が徹底的に考え抜いたうえで考え出した意見は、通念に反する奇論なのである》(『現代の批判』)あらゆるトピックに対し、誰もが口を出し、一切責任をとらない。インターネットのブログや掲示板、SNS、ツイッター……。
ドイツの哲学者オスヴァルト・シュペングラー(1880~1936年)は「人生の意義をなすもの」が軽視され、「多数者の幸福」「安易と快適」「パンと芝居」が重視される社会に、文明の最終段階を見いだした(『西洋の没落』)。
シュペングラーは歴史をイデオロギー(史観)ではなく、「生きているもの」「動いているもの」として読み解いた。
もちろんその背後にはヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832年)の形態学・観相学、あるいはニーチェやフランスの哲学者アンリ・ベルグソン(1859~1941年)の仕事がある。
そのほかにも、美術史家のヤーコプ・ブルクハルト(1818~97年)やフランスの社会学者ギュスターヴ・ル・ボン(1841~1931年)など多くの人々が、近代大衆社会がハードランディングに向かう構造を示してきた。
ドイツ出身の哲学者ハンナ・アレント(1906~75年)は、彼らの予言はより恐ろしい形で現実化したと言う。そこでは「民主主義と独裁、モッブ支配と専制の間の親近性」という古代にはよく知られていた教えが幾度となく取り上げられてきたが、「(近代大衆社会が行き着いた先は)徹底した自己喪失という全く意外なこの現象であり、自分自身の死や他人の個人的破滅に対して大衆が示したこのシニカルな、あるいは退屈しきった無関心さであり、そしてさらに、抽象的観念に対する彼らの意外な嗜好であり、何よりも軽蔑する常識と日常性から逃れるためだけに自分の人生を馬鹿げた概念の教える型にはめようとまでする彼らの情熱的な傾向であった」(『全体主義の起原』)。
古代ローマと近代社会では、権力の形態も悪の形態も違う。専制は前近代において身分的支配層が行うものだ。古代ローマは皇帝が支配する専制だったが、独裁は近代において国民の支持を受けた組織が行う。
こうした構造の変化を最も早い段階で見抜いていたのがフランスの思想家アレクシ・ド・トクヴィル(1805~59年)だろう。
《民主的諸国民が今日その脅威にさらされている圧政の種類は、これに先行して世界に存在したなにものとも似ていない》(『アメリカのデモクラシー』)トクヴィルは全体主義の到来を宣言した。それは多くの場合、穏やかで人々を苦しめることなく堕落させる「民主的な専制」という形をとる。
■最後の「サーカス」になる可能性このように見てくれば、古代ローマは、今の時代よりはるかに健康だったように思える。西欧近代がなんとか古代ローマの文化水準に追いつきはじめたのは19世紀に入ってからである。実際に古代ローマは偉大だったのだ。
その近代が西欧に先駆けて崩壊に向かったのが現在の日本だと思う。完全な近代国家など左翼の妄想の中にしか存在しない。現実世界においては、それぞれの国がそれぞれの事情に合わせて、本音と建前を使い分けて国の運営を行ってきた。しかし今の日本には建前すらない。
この事実を象徴するのが、2015年7月26日の首相補佐官・礒崎陽輔の「法的安定性は関係ない」という発言だった。
財務省は公文書を改竄、防衛省は日報を隠蔽、厚労省はデータを捏造。日本語の破壊も急激に進んだ。
国民の財産を外資に売り渡す売国奴が自称愛国者に支持され、嘘、デマ、プロパガンダが徹底的に社会に垂れ流された結果、日本はすでに世界第四位の移民大国になっている。
2018年7月の後半、日本列島は連日の猛暑に襲われた。寝苦しい夜が続き、熱射病や熱中症による死者も続出。学校の教室や体育館にエアコンがついていないのはおかしいと行政の責任を追及する声が上がった。
朝日新聞は、中高生の部活中の熱中症に警鐘を鳴らす記事で「『それは無理』と感じた時、『もうダメだ』と体に異変を感じた時、仲間の様子がおかしい時、自分や仲間を守るために、声を上げましょう」と書いていた(2018年7月14日)。まったくそのとおりだが、一方、炎天下の甲子園では朝日新聞社主催の高校野球が続けられている。
スポーツ庁と文部科学省は、2020年東京五輪・パラリンピックの期間中(7月24日~8月9日・8月25日~9月6日)にボランティアに参加しやすいように全国の大学と高等専門学校に授業や試験期間を繰り上げるなど柔軟な対応を求める通知を出したという。
熱波で脳がやられたのはこうした連中だ。学業より「サーカス」の片棒を担げと言うなら、国の崩壊も間近と考えるしかない。
そもそも誘致のときから嘘と汚辱にまみれた東京オリンピックである。
猛暑の中で何人か選手が死ねば、それこそわが国の凋落を示す最後の「サーカス」になるかもしれない。
(『もう、きみには頼まない 安倍晋三への退場勧告』より再構成)