ニュースサイト「My News Japan」を中心に、企業のパワハラ問題や労働争議を追いかけ取材を続けるジャーナリストの佐々木奎一が、独自のルートで取材したあの企業や業界の問題点に迫ります。  

 ゲーム、アニメ、声優などの専門スクール「バンタンゲームアカデミー」や、パティシエ(製菓)、ブランジェ(製パン)などの専門スクール「レコールバンタン」、ネイル、エステ、ファッション業界志望者向けの専門スクール「ヴィーナスネイルアカデミー」などを経営する株式会社バンタンの社員が、退職強要で会社を辞めさせられた、と東京地裁に訴えている。

 訴状や証拠書類などによると原告の細野義夫氏(20代後半、仮名)は、リクルート・エージェントの求人に応募し、2012年7月2日にバンタンの正社員として入社した。所属は事業部LVグループ東京という部署。業務内容は、スクール営業に関する業務全般、事務業務全般、と契約書には書いてあった。
 
 だが、実際の仕事内容は、社長やマネージャーの指示で、バンタンと競合する他の学校を情報収集することだった。具体的には、志望者を装い、競合校の資料を取り寄せ、競合校を訪問したり体験入学をして、実態や特徴を調査し自社へ報告した。

 入社から約50日の間に訪問した学校は、東京観光専門学校、服部栄養専門学校、日本菓子専門学校など実に19校に上った。

 こうして酷暑の中“スパイ活動”を続けるうちに、細野氏は体調不良に陥っていった。「身分を偽って、志望者を装い、競合校でウソを言い続けることに罪悪感を持った。もし競合校の職員であることが発覚したらどうしよう、という不安から、常に緊張感を強いられ、大きな精神的負担となった」と細野氏は訴えている。徐々に手が震える、まぶたがけいれんするといった症状に見舞われ、病院に行った結果、熱中症、胃潰瘍の疑いあり、と診断された。

 細野氏は社長に配転を申し出た結果、8月下旬から、土日休みで比較的生活リズムがつくりやすい営業企画グループに配属されることになった。同グループは、芸能プロダクション「ワタナベエンターテインメント」(ナベプロ)の広告代理店業務をする部署だ。

●「他のスタッフに挨拶とかするなよ」

 だが、新部署に入った途端、細野氏はパワハラを受けた。配転初日、一つだけ空席だった机に細野氏が座ると、直属上司の安住太郎(仮名)チーフは開口一番、「これからは目の前が細野さんか。景色が悪いな」との言葉を投げかけた。その後安住チーフは、約2週間の間に次のような言葉を浴びせたという。

「お前が今考えていることくらいは、俺は小2で気付いていたよ」
「兵隊としか思っていないから、言われたことだけをやれ。それ以外のことは一切するな」
「言動、行動、姿勢、全て認めていないから、お前に給料を払うなら、他のスタッフにボーナスを払った方がまし」
「新人に、ここの仕事はこの程度でよいのかって思われたら悪影響だから、一人だけ3階に行くか?」
「他のスタッフと関わるんじゃない。挨拶とかするなよ」
「任せられる仕事がない。与える仕事がない」

 10月頃からは、もう一人の上司である落合豊(仮名)部長からもパワハラを受けるようになった。例えば細野氏の部署では、昼休みは全員が一斉に12時からとるわけではなく、各自が仕事の切りのいいところでとっていた。しかし、ある日の午後、細野氏が、午後2時頃まで昼休みをとらず仕事をしていたところ、落合部長は「今お昼どうぞ」と言った。

 細野氏は、もう少し作業を済ませてから行こうと思っていたので「今、お昼に行ったほうがいいですか?」と聞き返した。すると、落合部長はいきなり、こう怒鳴ったという。

「私にそんな軽口をたたくな!」それ以降、細野氏に対してだけは「12時になったらとるように」とか「12時か13時で選択するように」と、時間を指定するようになった。

 会社側は、さらに追い打ちをかけてきた。10月22日の13時45分ごろ、安住チーフは、いきなり細野氏へ給与の10%減額を言い渡したのだ。

 同日17時40分頃には、落合部長と面談してこう言われた。

「現在の部署に細野は要らない」
「他の部署でも細野を必要としていない」
「会社に居場所はない。それでもバンタンにいたいのか?」
「人事権は会社にあるから、職場はどこでもいいんだね?」
「じゃあ、掃除でもゴミ拾いでもなんでもやるね?」
「リアルな話さ、アルバイトで、そこそこかわいいキレイな姉ちゃん時給1200円で雇った方がよっぽど良いでしょ」

 さらに、「ねえ、こんなにオレ、言ったことないよ。言っとくけど、たいがいみんな、嫌で辞めていくけど。嫌なんでしょ?」と、これまでも同様の手口で社員を辞めさせていたことをほのめかし、「どんな仕事でもいいなら、席はつくらないで、荷物置き場だけはつくって、掃除やゴミ拾いをしてもらう」と言った。

 この話を聞いた細野氏は、事務職として就職したにもかかわらず、掃除をさせられることに恐怖を覚えた、とつづっている。

●「つなぎを着てトイレ掃除しろ」

 翌23日午前9時45分ごろ、細野氏はまたもや落合部長に呼ばれ、こんな会話を交わした。

 落合部長「昨日話した通り、今後の業務は、掃除やゴミ拾いで本当によいのか?」
 細野氏「異動については、会社にいる以上、拒否はできないですよね」
 落合部長「それでも辞めないんだ。これ以上、会社にいてもいいことないよ」
 細野氏「辞めません」
 落合部長「雑草抜きとか、ゴミ拾いとか、トイレ掃除とかやってもらうことになる。

8時に出社し(これまでは9時出勤)、スーツではなく、おばちゃんの掃除用のつなぎを着て、掃除をしてもらうことになるけど、それでいいんだね? それが嫌だったら、まあ、退職日を決めてくれれば、それまでの間、僕の横で雑用してもらってもいいんだけど。トイレ掃除とかよりは、いいでしょ。退職日、決めようよ、いつならいい?」

 細野氏は、「つなぎでトイレ掃除」という文言に恐怖し、やむなく「年内で」と回答した。間髪入れず、落合部長は、退職届を書くよう迫ったが、細野氏は、それを書くと全てが終わってしまうように思え、「印鑑がないから」と言って書かなかった。そして細野氏は、知人の法律の専門家から、退職を撤回するよう助言を受け、落合部長宛てに退職を撤回する旨をメールで伝えた。

 その後、細野氏は、バンタンの専門学校のパンフレット送付を依頼してきた高校生に、勧誘メールを送る仕事に従事。翌13年については、年始に有給を消化して1月14日から出勤する、と上司に伝え、有給の了承を得た。

 そして12年の最後の出勤日の12月27日、細野氏は落合部長に呼ばれて、退職届の出し方などをこと細かく記したA3用紙1枚のマニュアルを手渡されて、その通り書くよう言われた。細野氏は即日、断固とした調子で部長宛てに次の文面のメールを送った。

「退職合意をしておりませんので、渡された書類の日付(1月11日最終出勤日)で退職する意思はありません。従って、渡された書類に記入をして提出することもありません」

 だが、会社側は、13年1月8日付で、通知書を送付。そこにはこう書いてある。

「当社は、当社と細野氏との間で、細野氏が平成25年1月14日をもって、当社を退職することについて合意が成立していると考えております。そのため、平成25年1月15日以降、細野氏は当社に出勤する理由はなく、当社に入ることはできませんので、その旨ご理解ください。(略)現在お持ちの保険証、名刺ケース、社員証、名刺を速やかに御返却ください(略)また、当社内に残置してある細野氏の私物につきましては、当社から細野氏の住所宛てに郵送させて頂きます。草々」

 細野氏は当初は14日に出勤するつもりだったが、この通知により、出社を断念した。

●会社を提訴へ

 そして13年2月4日、細野氏はバンタンを相手取り、東京地裁に提訴した。請求の趣旨は次の通り。

 1.原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する
 2.被告は原告に対し、金35,465円の金員を支払え(12年8月の時間外給与)
 3.被告は原告に対し、金26,250円の金員を支払え(同12月の減給分)
 4.被告は原告に対し、金26,250円の金員を支払え(13年1月分の減給分)
 5.被告は原告に対し、平成25年2月以降、毎月25日限り、金288,750円を支払え。(毎月の給与分として)
 6.被告は原告に対し、金1,000,000円の金員を支払え(落合部長、安住チーフによるパワハラの精神的苦痛の損害として)

 訴状で細野氏サイドは、上記パワハラを受けたことと、「退職意思表示は脅迫によるもの。しかし、退職届を出していないので、退職合意は成立していない」と主張した。

 これに対し、バンタン側はパワハラを全否定し、退職合意は成立していると訴えた。

 なお、会社側は細野氏のいう退職強要の場面について、事実と違うといって否定を重ねていたが、法廷で細野氏側は、落合部長がトイレ掃除をさせるよう迫ったりしていた会話をしっかり録音していて、それを文字に起こして裁判所に提出した。

 その点をバンタンに問い合わせたところ、会社側は、「確かに弊社と原告との面談における会話が記録されていますが、内容を確認しても、弊社の主張と齟齬する発言は確認できていません」と、否定していた会話内容が録音で明らかになったにもかかわらず主張し、「弊社としては、むしろ原告の主張こそ『説得力に欠ける』ものと考えております」「係争中であるため、詳細は控えさせていただきます」とのことだった。

なお、原告側は取材拒否だった。

 当の社員は「退職に合意していない」「退職届も書きません」と言っているにもかかわらず、会社側は「退職に合意している」と言い張り、ロックアウト(会社からの強制締め出し)して退職に追いやったこの事件を、司法はどう裁くのか? 今後の動向に注目したい。
(文=佐々木奎一/ジャーナリスト)

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