金融庁は昨年12月からみずほ銀に対して実施した定期検査で、反社会的勢力への融資があることを突き止めた。
問題となったのはみずほグループの大手信販会社・オリエントコーポレーション(オリコ)などを通じて実行した自動車ローンなど。暴力団組員らが中古車を買った際のローンが中心で、取引件数は230件、融資額は2億円に上った。
問題融資は、どの銀行も抱えている。旧第一勧業銀行ではマル特、旧富士銀行では特対と呼ばれていた。みずほ銀の特対案件は金融庁検査にひっかからないように処理されてきた。例えば暴力団組員らへの融資は、特定の支店に集中するのを避け、全国各地に分散させていた。
今回問題になったのは、反社会的勢力との取引を把握しながら、担当役員が2年以上も放置していたことだ。みずほ銀の最高首脳が、その事実を知らなかったというのは極めて不自然だ。特対案件については必ず報告を受けているはずだからである。
問題の融資が明らかになったのは2010年末。オリコは旧第一勧銀出身者が社長で、みずほ銀頭取は旧富士銀出身者、みずほ銀の法令順守担当役員は旧日本興業銀行出身者だった。
日本銀行の記者クラブは正式な記者会見を要請したが、みずほ銀は応じなかった。みずほ銀の広報担当者に記者から「2年間も放置されていたのはなぜか」「担当役員で情報が止まっていたのはなぜか」との質問が飛んだ。担当者は「それは当局に報告することになっている」とかわした。「記者会見は開かない」「会見に経営トップは出ない」「経営トップは『知らない』で押し通す」。これはみずほ銀行で不祥事が発覚した際の対応マニュアル3点セットであり、1997年に、みずほ銀の前身の旧第一勧銀による総会屋への利益供与事件で学んだものだといわれている。
●尾を引く、旧第一勧銀の利益供与事件1997年5月23日、東京・千代田区内幸町の第一勧銀本店(現・みずほ銀行本店)は東京地検特捜部の家宅捜索を受けた。その日、本店22階で同行会長の奥田正司と頭取の近藤克彦がそろって辞任会見を開いた。近藤は「(総会屋側に)多額の融資を行った最大の要因は(歴代最高幹部が親しかった)元出版社社長の依頼を断れなかったことで、社長の死後も、その呪縛がとけず、関係をたち切れなかった」と釈明した。次期頭取と紹介された副頭取の藤田一郎は「以前から不正融資を知っていた」と告白した。近藤、藤田の新旧頭取の衝撃的発言は旧第一勧銀行内を震撼させた。
家宅捜査のきっかけは、証券会社による総会屋への利益供与事件であった。
6月29日、相談役の宮崎邦次が衝撃的な首つり自殺を遂げた。会長、頭取、相談役らは総退陣。旧第一勧銀の逮捕者は11人に上った。野村證券・第一勧銀事件は、かつての経営トップの相次ぐ逮捕を招き、空前の金融スキャンダルに発展した。
小池の知名度は決して高くなかった。小池を旧第一勧銀に紹介したのは総会屋が出す雑誌で大成功した木島力也である。新左翼のゲバルト学生に愛読された『現代の眼』は実に奇妙な雑誌だった。広告は銀行、証券、重工業の一流企業ばかり。総会屋が出した雑誌でベストセラーとなったのは、後にも先にも『現代の眼』だけである。
木島は右翼の巨頭、児玉誉士夫派の総会屋だった。
木島が死んだ後も、宮崎と奥田は小池への迂回融資の中止を命じなかった。木島が死んだとたんに融資をストップしたら「自分は軽く見られている」と悟った小池がどんな過激な行動に出るかわからなかったからだ。小池に対する融資は460億円に上った。
旧第一勧銀事件の最大の教訓は、反社会勢力を排除できるかどうかは、結局「トップの勇気」にかかっているということだった。しかし、教訓が生かされることはなかった。
安倍政権の産業競争力会議の民間議員になっている、みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長(みずほ銀行頭取)の経営者としての器が問われている。
(文=編集部)

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