昨年12月28日、新婚旅行でエクアドルを訪れた日本人夫婦が襲撃された事件は、大きくメディアでも取り上げられ、衝撃を受けた人も多いことだろう。

 エクアドルの位置する南米は、一般的に危険なイメージでとらえられているが、同じように危険なエリアが世界には多数存在している。

例えば、戦場を除いて危険とされているのは、ブラジル・サンパウロの貧民窟のようなスラム街や政府が崩壊したソマリア、ギャングが実効支配しているとされるメキシコ・シウダーフアレス、自治体が財政破綻したアメリカ・デトロイトなどだ。

 このような危険地帯では、どんなに準備を重ねていてもトラブルに巻き込まれる可能性は避けられない。あえて自分の意思で訪れる旅行者たちは、「自己責任」の意識を持ち合わせているだろう。

 ところが最近では、少々様相が異なりつつある。

 旅行や出張などで日本人が訪問する頻度の高い国、しかもこれまでそれほど危険とされていなかった場所で、深刻なトラブルに見舞われるケースが後を絶たないのだ。特に注意すべきは、日常的に海外の情報に接する機会が少ない人が、短期旅行や出張で気軽に海外に出かけた場合である。旅慣れていないからこそ、巻き込まれる危険があるのだ。

●治安が急速に悪化するベトナム

 例えばベトナムは、日本人がトラブルに見舞われやすい国のひとつである。旅行先として女性にも人気のエリアであると同時に、東南アジア投資でも注目を集めているため、毎年多くの日本人が訪れている。ここ数年多発しているのが、置き引きやスリ、ひったくりなどの盗難事件である。被害が多発しているホーチミン市内では、繁華街はもとより、大通りや人混みでも堂々と盗みが横行している。これまでに30カ国以上を取材してきたある旅行ライターは、繁華街でスリの被害に遭ったといい、その時のことを次のように語る。

「今まで盗難に遭ったことがないのが自慢でした。まさかベトナムで盗難に遭うとは思ってもみませんでした。これまでに多くの危険な場所を訪れた経験があっただけに、自分でも信じられません」

 海外では常に周囲を警戒して街歩きをしているが、それでも財布をスラれたことに気が付かなかったという。ベトナムの治安が急速に悪化した一因に、経済成長から取り残された貧困層の拡大が指摘されている。ほかに注目するべきは、盗難する者たちの技術の向上と組織化がある。チームを組んで、ごく自然にターゲットの注意を引きつけるなど、役割を分担して盗みを実行するような連中が育ってきているのだ。貧しい者たちが富める者から盗み出そうとする共通の目的意識から、結束しやすくなっているのだ。同じような犯罪傾向は、タイ、インドネシア、フィリピンなどでも顕著である。

●ノウハウが継承されない犯罪者

 一方で、犯罪者の足並みが揃わないことで被害がさらに甚大になっている国がある。それがカンボジアだ。

 現在、カンボジアで日本人を含めた外国人が巻き込まれる犯罪が凶悪化している。世界遺産アンコール・ワットがあるシェムリアップや、首都のプノンペンは、定番の人気コースとなっている。

外国人には馴染みのある場所のはずなのに、昨年は日本人女性旅行者が銃撃され負傷したり、日本人男性旅行者が射殺される事件まで起きている。

 なぜ、カンボジアでこのような凶悪事件が起きるのか。それは犯罪者の未成熟さにある。現在のカンボジアでは30代以上の人間が人口比に対して少なくなっている。かつての内戦で、ポル・ポト派(クメール・ルージュ)によって100~200万人もの人々が虐殺されたことが原因で、一部の年齢層が極端に少なくなっており、技術やノウハウの伝承が十分になされていない。

 犯罪についても同様で、成熟しているはずの30代以上の大人が少ないため、若い犯罪者が手探りで犯行を重ねているのである。本来であれば街中で強盗するのに拳銃を持つ必要はないはずなのに、銃撃して余計な被害を相手に与えてしまう。このような被害が増えれば、警察も本腰を入れて警戒をすることになる。そして取り締まりが厳しくなれば、より強引な手段で強盗を重ねる。しかも外国人相手に発砲すれば国際問題に発展して、取り締まりがさらに厳しくなるのは容易に想像がつく。逆に言えば、この程度の判断もできないような犯罪が横行しているのだ。また一説には、薬物を摂取した犯罪者の増加もあると見られており、いつ誰が犯罪に巻き込まれても不思議ではない。

●海外で特に気をつけるべきことは?

 では、旅行者や出張者は、どのように対処すればいいのだろうか?

 世界の危険地帯を取材してきた旅行作家の嵐よういち氏は、日本人の犯罪被害についての認識に根本的なズレがあると指摘する。

「海外で犯罪に巻き込まれる時は、昼間であろうが突然強盗が襲ってくる。海外慣れしていても、やられる時はやられる。何もとられないようにするのではなく、最小の被害で済ませるという発想の転換が必要です」

 さらに嵐氏は、最近のビジネスパーソンや旅行者が巻き込まれやすいケースとして、スマートフォン(スマホ)の使い方に問題があると警鐘を鳴らす。

「鞄に貴重品を入れて、スマホを操作しながら歩いているような海外慣れしていない人は、強盗にしてみれば格好のターゲットです。海外でそんな歩き方をしていれば、襲われても文句は言えないところです」

 意外に思われるかもしれないが、海外での歩きスマホは非常に危険なのである。転倒するなどの自損事故を引き起こすからではなく、強盗をムダに呼び寄せてしまうのだ。

 韓国やインドネシアに支社をもつ電機メーカーの管理職の男性は、「社内の海外出張組の間では『iPhoneは屋外で使うな』が合言葉になっています」と言う。iPhoneは世界中どこでも一律に300~500ドルと高値で取引される。それが盗品であっても同様である。つまり強盗から見れば、iPhoneはむき身で数百ドルの現金を持っているのと同じことなのだ。

 しかし今の時代、短期旅行や出張でスマホはもはや必需品だ。

どうしても持ち歩くのであれば、使用場所に配慮していく必要があるだろう。「ここは日本ではない、それどころか危険地帯にいる」と強く意識しておかねばならないのだ。

 忙しいビジネスパーソンにとって、出張や短期の旅行は、あくまで日常の延長である。再び何事もなく日常に戻るために、危険を回避するための対策を十分に取っておく必要がある。
(文=丸山佑介)

●丸山佑介
1977年生まれ。フリージャーナリスト。国内外の危険地帯に潜入取材を繰り返す。著書は『海外あるある』(双葉社)、『海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)ほか多数。

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