こんにちは。江端智一です。

 2月17日付当サイト記事『精子提供サービスの実態と、ヒトのクローンにおける安全面の課題、および技術的進歩』では、自分のDNAを100%継承するヒトクローンについて言及し、3月18日付記事『同性間で子どもをつくることはできる?検証のための基礎知識~iPS、ES細胞』では、多能性幹細胞であるiPS細胞と、誘導物質(オーガナイザー)を使うことで、拒絶反応のない自分だけの臓器をつくり出せる可能性について考察しました。

 今回は、「同性間で子どもをつくることはできるのか」について考えてみたいと思います。

 同性間の性行為によって子どもができることはありません。自然は、ヒトの同性間生殖をまったく予定していなかったので、これはあきらめていただくしかありません。

 しかし、私がインターネットで調べた限りにおいて、同性間でも「子どもが欲しい」というニーズは存在し、そしてその関心は非常に高いようです。

 とりあえず、ここでは同様のニーズが十分にあるものと仮定して、さらに、倫理、宗教、主義主張、そして法律等の話を一時全部忘れて、「技術面」のみから、この可能性についてアプローチしたいと思います。

 まず、検討に際しては、これまで連載してきた以下の技術の存在を前提とします。

・自分のDNAを100%引き継いだクローン(体細胞クローン)をつくる技術(『精子提供サービスの実態と、ヒトのクローンにおける安全面の課題、および技術的進歩』参照)
・性行為を必須としない生殖補助技術(ART:Assisted Reproductive Technology/『不妊治療、なぜ女性を蝕む?~卑怯な男性、周囲の無理解、医療の進歩が闇を深くする』参照)
・多能性幹細胞であるiPS細胞と、オーガナイザーを使うことで、拒絶反応のない自分の臓器をつくり出す技術(『同性間で子どもをつくることはできる?検証のための基礎知識~iPS、STAP細胞』参照)

 また、DNA、遺伝子、染色体等、用語の混乱が予想されますので、前回使用した図を再掲します。

同性間で子どもをつくることは可能か?将来的には高い確率で可能~その技術的検証
 では、最初に、本コラムでの「同性婚による子ども」を定義します。

 同性婚であっても、「養子をもらう」ことができますし、また女性には第三者の男性から精子の提供を受けて妊娠する非配偶者間人工授精(AID)という方法もありますが、本コラムでは、これらは検討対象外とします。現時点で可能であるからです。

 本コラムでは、「同性カップルの子ども」を、同性カップルのそれぞれの形質を継承する子どもと考え、その具体的な態様として「カップル両者のDNAを引き継ぐ子ども」と定義することにします。

●遺伝子を一部注入させる

 では、検討を始めます。

(1)一方のDNAの一部を、他方(パートナー)のDNAに侵食させる方法

 相手方のDNAの中の遺伝子の一部位(例えば0.0001%程度)に、一方のDNAの一部を注入させる方法(遺伝子導入)が考えられます。例えば、iPS細胞製造技術で使っているレトロウイルスで、一方のDNAの一部を相手のDNAに感染させる方法です。

 このような感染後のDNAを含む核をすりかえた卵子を、女性カップルの場合はどちらか一方のパートナーの子宮に、男性カップルの場合は代理母の子宮に入れることで、両者のDNAを含む子どもを原理的にはつくることができます。レトロウイルスを使わない遺伝子導入方法もたくさんあります(http://ja.wikipedia.org/wiki/遺伝子導入)。

同性間で子どもをつくることは可能か?将来的には高い確率で可能~その技術的検証

 ただ、このような方法では、同性カップルの一方のDNAをほんのわずかに注入することができるというだけで、99.9999%のDNAを持つパートナーのクローンと、形質としてそれほど差のある子どもは生まれてこないでしょう。ですからこの方法は、どちらかというと気持ちの問題になると思います。

 まとめますと、現時点でこの技術は可能と考えられます。ただし、体細胞クローンをつくることになるので、法律が禁止しています(以下の2つの技術も同じです)。

●染色体を核に注入する

(2)減数分裂後の染色体を強制的に細胞の核に入れる方法

 次に考えたのは、男性カップルの場合は双方の精子、女性カップルの場合は双方の卵子から、減数分裂後の染色体を取り出して一つの核に注入し、あとは体細胞クローンの製造と同じプロセスを行うという方法です。

同性間で子どもをつくることは可能か?将来的には高い確率で可能~その技術的検証

 要するに、同性カップルの染色体(減数分裂後)の、力ずくの合体方式です。体細胞クローン羊のドリーは、核をすりかえた後、電気ショックを与えることで再活性化できたのですから、2つの染色体を一つの核に叩き込むことさえできれば、原理的には可能なのではないかと考えて調べてみました。

 この方法は、染色体を抽出するのも注入するのもDNAを激しく傷付ける可能性があり、染色体のペアの位置を同定することは相当に難しいだろうと予想はしていました。結果としては、同性カップルの染色体を一つの核に入れたという研究成果を見つけることはできませんでした。

 しかし、そのプロセスで、すごい研究発表を見つけてしまいました。

 独立行政法人「医薬基盤研究所」などの研究チームが、ヒトの卵子から染色体だけ取り出して、別の卵子の染色体と置き換え、体外受精させることに成功したというものです。

 この技術を応用すると、高齢女性の卵子の染色体を、染色体を抜き取った別の若い女性の卵子に入れる「卵子の若返り」が可能となり、若返った卵子でできた受精卵を子宮に戻せば、高齢女性も妊娠できる可能性が高まります。

 唖然としました。確かに卵子は老化しますが、卵子のDNA情報が老化するわけではないのです。古いパソコンからハードディスクだけを取り出して、新しいパソコンで使うことと理屈は同じです。

 この方法と、私が提案する体細胞の核の染色体を入れ替える方法は同じではないと思いますが、将来は、体細胞クローンの技術と併せて染色体を力ずくで抽出・注入する「同性間における体外受精」とでも呼べるような技術が可能になるかもしれません。

 しかし、現時点で、この技術のめどはまったく立っていません。

●iPS細胞によるDNAの初期化

(3)iPS細胞を使う方法

「iPS細胞を使えば、男性から卵子、女性から精子をつくるのも可能となり、同性配偶による子の誕生も可能にする」との記載が散見されますが、私は納得できませんでした(http://ja.wikipedia.org/wiki/人工多能性幹細胞)。

 iPS細胞技術の最大の特徴は、前回記事『同性間で子どもをつくることはできる?検証のための基礎知識~iPS、ES細胞』でご説明した通り、「DNAの初期化」にあります。

 本来、分化を繰り返すことによって、DNAは読み取りできる部分がどんどんなくなっていきます。従って、受精卵から皮膚の細胞へ変化できても、皮膚の細胞から受精卵への変化は、絶対にできないことになっていました。iPS細胞製造技術は、この細胞学の常識をひっくり返し、DNAを初期化してしまうことを可能としました。

 しかし、それはあくまでも「初期化」であって、DNA情報そのものを変えるものではありません。つまり、iPS細胞によって、性を決定する性染色体も初期化されますが、性染色体そのものを変化させることはできないはずです。男性のDNAは、何度初期化しても男性のDNAのままです。

 色々探してみたところ、マウスのオスから精子を、メスから卵子をつくる実験の成功事例を見つけました(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2012/121005_2.htm)。しかも、その精子や卵子を使った健常な子どものマウスを得ることにも成功しています。現状はマウスの成功例だけですが、これまでのその他の研究を見ている限り、いずれはヒトにも適用可能になると思います。

 この研究では、iPS細胞から卵子や精子の元となる始原生殖細胞に類似した始原生殖細胞様細胞をつくることに成功しています。

 さて、ここで私が悩んだことは、この始原生殖細胞様細胞から、「男性の性染色体を持つ卵子」、または「女性の性染色体を持つ精子」を、オーガナイザーを用いて本当につくることができるのかという一点でした。

 私はこの疑問を解決するために、さまざまな文献にアクセスしたのですが、確信をもって「できる」と言える情報を見つけることができませんでした。

ここは素直に、専門家の皆さんからのご意見をお待ちしたいと思います。

 もし、iPS細胞から始原生殖細胞様細胞をつくり、そこからオーガナイザーによって強制的に、「男性から卵巣と卵子」をつくり、あるいは「女性から精巣と精子」をつくり出せるのであれば、そこから先は現状の体外受精技術を使えますので、同性カップルによる子どもは、iPS細胞技術によってつくることが可能であるといえます。しかもDNAについても、カップルの両方から半分ずつ引き継ぐことにもなります。

同性間で子どもをつくることは可能か?将来的には高い確率で可能~その技術的検証

 ただし、性染色体の制約がありますので、男性カップルからは男の子、女の子いずれの可能性もありますが、女性カップルからは、女の子しか生まれてきません。

 まとめますと、現時点では不明点も多いですが、この方法により子どもをつくることができる可能性は高いと申し上げることができると思います。

●技術的に可能でも、社会が容認するのは困難

 以上、3つの方法について検討しましたが、結論として「同性間で子どもをつくりたい」というニーズに応えることは、将来的には可能になると考えます。

「試験管ベビー」が誕生した時もそうでしたが、基本的に新しいパラダイム(特に生命に関するもの)に対して、それが社会的合意を得るまでは、気が遠くなるほどの長い時間と、忍耐と、闘いが必要になります。例えば、1978年に世界初の試験管ベビーが誕生してから、日本でカップルの50組に1組が体外受精を実施するようになった現在に至るまで、40年近い歳月が必要でした。

「同性間ベビー」は、もっと時間がかかると思います。今回の検討の内容では、同性間ベビーにはヒトクローン技術が必要となりますが、我が国では、ヒトクローン製造は現行法が禁じていますし、同性婚を認める法令もありません。そもそも、同性カップルの存在そのものが、広く受け入れられている状況ではありません。

 私は、同性愛者でも、その支持者というわけでもありませんが、できるだけ同性カップルのアクティビティを邪魔しないようにし、今後の技術の推移と社会の動向を見守りたいと思います。

 しかし、もしも将来、私の娘たちが同性婚を選択し、さらに子どもと共に生きることを希望した時には――現時点で、何をどうすれば良いのか、さっぱり分かりませんが――私は、見守るだけでなく、娘たちのために立ち上がる予定です。
(文=江端智一)

※なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/03/post_4420.html)から、ご覧いただけます。
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナー(http://www.kobore.net/kekkon.html)へお寄せください。

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