昨年11月に出版された作家・藤沢数希氏の著書『コスパで考える学歴攻略法』(新潮新書)。本書の一部を再編集した2022年12月16日付「PRESIDENT Online」記事『東大生の半分以上はここから出る…全国5000校の頂点に君臨する「36校の名門高校」の名前と合格実績』が、SNS上で大きな反響を呼んでいた。

「毎年3000人が東大に合格しているが、昨年の場合、1570人は36校の『名門高校』の出身者だった。つまり東大生の半分以上は、全国の高校の0.7%という限られた高校から進学している」という内容に、大きな関心が寄せられたのだ。

 そこで今回は、東京大学合格にまつわる高校事情について、大学を中心とした学校実情に詳しいジャーナリスト・石渡嶺司氏に解説してもらった。

東大合格は「公立の名門高校」から「私立の中高一貫校」へ

 まず本当に、東大合格者の半数以上が全国のたった0.7%の名門高校出身者で占められているのだろうか。

「はい、確かにそうした実態があると思います。付け加えるなら、そうした名門校の大半が私立の中高一貫校ということでしょうか」(石渡氏)

 石渡氏はこうした状況が、いつ頃から続いているのかについて教えてくれた。

「1960年代後半がターニングポイントといえるでしょう。私が制作している『日本全国の高校の東大合格率ランキング』を見ると、戦後から1960年代後半までは長らく東京都立日比谷高等学校が首位を獲得していました。同校は1947年の学校教育法施行前から中等教育を行っていた旧制中学のなかでも、『第一』と名のつく限られたエリート校のひとつです。

 ですが、当時は全国各地の高校からも東大合格者は広く輩出されており、現在のような0.7%の名門校に絞られる、といった事態はありませんでした。しかし、1968年に日比谷高校が首位の座から陥落。その座は私立校である灘中学校・高等学校に明け渡されます。

以後、公立高校が東大合格者ランキングでトップを飾ったことは現在までありません」(同)

『コスパで考える学歴攻略法』では、「東大などの難関大学の合格者数が増える→合格者を多数出した高校が人気化して高校の入試難易度が上がる→偏差値の高い生徒が入学する→ますます難関大学の合格者数が増える、という好循環が起こる」と解説されていたが、こうしたサイクルは確かにあるという。

「私事で恐縮なのですが、私は北海道の北嶺中・高等学校の出身で、同校は2022年度に東大合格者を7人輩出しています。ですが、今から30年以上前、私が中学1年生の時分は同校ができたばかりで、上には1学年先輩がいるだけという環境でした。つまり当時から進学校を謳ってはいましたが、その実績はなかったわけです。しかし、そこから時を経て東大合格者が出たことで入学者数と進学率は一気に上昇し、同校の倍率は私が入学した頃の3倍以上に跳ね上がりました。このように東大合格者を出すことで人気の進学校に変貌していき、結果としてそういった人気校に東大合格者が集中していくのでしょう」(同)

中学時代から大学受験に取り組む体制が整っているのが強み

 ではなぜ、公立の日比谷高校が東大合格率で首位から陥落したのか。

これを紐解くことで、名門私立中高一貫校が東大合格率で優位性を持っているかが見えてくるそうだ。

「日比谷高校の首位陥落は、1967年に都内で学校群制度が施行されたことが関係しています。『富士山より八ヶ岳』というスローガンのもと、それまで開きすぎていた都立校間の学力格差を埋めるため、ほとんどの都立高校で学区外の学校の受験が認められなくなったのです。これにより、全国から優秀な中学生が集まったことで東大合格率トップを維持していた同校、そしてその他の都内のエリート公立校の進学率は平均化され、一躍私立校の時代に突入したのです」(同)

 私立の中高一貫校が東大合格者を多く輩出し続ける背景には、そうした学校が持つ特徴が関与しているという。

「特徴としては、やはり学校全体が東大を含む名門大学への合格を目指しているという空気感があることで、そこに身を置けるのは受験生にとって大きなメリットでしょうね。同級生や教師がみな同じ方向を向いているというのは、モチベーション維持においてかなり大きな要素になるからです。

 また、東大進学率ランキングの上位校である渋谷教育学園渋谷中学校・高等学校などは、高校在学中に生徒に1万字の論文を書かせることもあるそうです。これは、近年入試改革で大学入学共通テスト、そして東大の入試問題などが一斉に読解力を重視するようになり、数学といった一見すると読解力はそこまで必要とされていなかったジャンルでも、問われている問題はなんなのか理解するために、長文を読み込まなければならなくなっていることに起因していると思いますね」(同)

 高い東大進学率を誇る私立の中高一貫校が持つ特徴は、ほかにもあるという。

「学校行事を整理できるというのも私立の中高一貫校の強みです。例えば、普通なら中学と高校でそれぞれ1回ずつ行く修学旅行は、私立の中高一貫校の場合、修学旅行を中学のときに合体させて1回で済ませてしまうことが多いです。こうすることで高校生活の後半は受験に向けて勉学に励む、というような学校全体が受験に寄り添うスタイルが取れるわけです。

 さらにいうと、中高一貫校は本来であれば中学と高校の6年間で学ぶ内容をぎゅっと5年間に圧縮して、残りの1年を丸々受験対策に当てるといったカリキュラムも組むことができます。

反対に公立校の東大合格率が伸び悩む理由としていえるのが、高校受験の存在です。公立の中学生が高校受験に向けて力を注いでいる間、私立の中高一貫校の中学生はすでにその先の大学受験を見据えて勉強に取り組めるということが、大きなアドバンテージになっているのでしょう」(同)

 東大合格という狭き門を突破するには、名門私立の中高一貫校に進学するというコースに乗るほかないのだろうか。

「もちろん、公立校からも東大合格者は多く出ています。実際、かつて首位にいた日比谷高校は2022年に10位に食い込んでいます。しかし、同校も公立校ではありますがれっきとした進学校です。こうした名門校以外から東大を目指すというのは、可能性はゼロではないですが、名門校出身者に比べると環境を整えるハードルが高いといわざるを得ないでしょう。

そして、そうした進学のための環境づくりには、学費や塾の費用、参考書などを用意する潤沢な経済力がかかわってくるのもまた事実なのです」(同)

 やはり受験は身を置く環境が、合否に大きく左右するということなのだろうか。

(文=A4studio)