2001年に日本でBSE(牛海綿状脳症)が発生した当時、農林水産省内でリスク管理とリスク評価が混在させられていたことが原因のひとつであるとして、同省の畜産行政の欠陥が指摘された。それを受け、リスク管理とリスク評価を分離するために、リスク評価機関として2003年に発足したのが食品安全委員会である。

 食品安全委員会は、食品安全基本法に基づき、内閣府に設置されており、食品に関するリスク評価を実施している。現時点の在籍者は59人で、基本的に各省庁からの出向人事で運営されている。委員会事務局は事務局長以下、総務課、評価第一課、評価第二課、情報・勧告広報課で構成されており、出向元省庁別の職員数を調べてみると、56%が農林水産省出身、32%が厚生労働省出身、残りが地方自治体出身および直接雇用となっている。

 農林水産省が過半数以上の職員を出向させているが、問題なのは食品安全委員会事務局長ポストが発足以来、以下の通り常に農林水産省出向者によって独占されていることである。

・03年~04年:梅津準士氏(農林水産省大臣官房審議官)
・04年~08年:齊藤登氏(農林水産省官房参事官)
・08年~12年:栗本まさ子氏(農林水産省官房付)
・12年~現在:姫田尚氏(農林水産省官房審議官)
※()内は前職

 食品安全委員会事務局長の職務権限は、「委員長の命を受けて、局務を掌理する」とされており、要するにオールマイティである。食品安全委員会の運営、専門委員の人選、食品安全委員会人事すべてについて職務権限を持っている。さらに、食品安全委員会やその下にある専門委員会にも出席し、発言をすることができる。職員の過半数が農林水産省出向者で占められていることから考えれば、食品安全委員会の事務局は、農林水産省の意向を反映することが可能な状況ともいえる。

 本来、前述の通り農林水産省からリスク評価機関を独立化させたのが食品安全委員会であるにもかかわらず、事務局長ポストを同省出向者に占めさせ、職員も過半数以上を同省出向者が占めているならば、実質的には以前と変わらないともいえ、それが同省の狙いかもしれない。食品安全委員会事務局長は、内閣総理大臣が任命する幹部人事であり、官房人事課もそれぞれの省庁の幹部と相談して決められているというが、当然、そこには農林水産省の意向が強く反映しているのである。

●農林水産省の執念

 そもそも初代事務局長の梅津準士氏は、農林水産省で畜産課長、畜産部長を歴任し、BSE発生を受け、訓告処分を受けた人物である。食品安全委員会発足に向けた準備室段階に同省から送り込まれ、事務局長に就任したのである。

そこには、食品行政に対する影響力を保持したい農林水産省の執念がうかがえる。

 農林水産省はBSEの発生を受けて、03年6月に「食の安全・安心のための政策大綱」を策定し、その中で基本的な考え方として、「食の安全・安心を確保するための政策を展開」するとして、「生産者・事業者による安全・安心な食品供給の促進」を打ち出した。ところが、同省は05年の食料農業農村基本計画から、「食の安全・安心」という言葉を使うことをやめた。そのきっかけは、04年3月5日の食料・農業・農村基本計画の企画部会での、経団連理事ですかいらーく社長(ともに当時)の横川竟氏の次の発言だった。

「まず、お願いしたいことは、資料の中の『安全と安心』という言葉がいつも一緒に使われているので、『安心』は削って『安全』だけにしていただきたいのです」

 その発言は島村宜伸農林水産大臣(当時)にも伝わり、05年2月24日の衆議院農林水産委員会で経緯を問われた島村氏は、「仄聞いたしております」と横川発言を認識していたことを認めた。現在、同省は「食の安全」と「消費者の信頼の確保」という用語で統一している。

「安全・安心」という概念は、科学技術政策でも使われており、例えば文部科学省の「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書(04年4月)には、次のように記載されている。

「安心は安全の確保に関わる組織への信頼や個人の主観的な判断に大きく依存することから、たとえ、安全が確保されていても、個々人が安心として実感できないのであれば、なぜそのような事態が生じているのか原因を検討し、原因を明らかにした上で、安心をもたらすためには、何をなすべきなのかについての研究が必要である。また、確保されている安全を個々人が安心として実感できることが社会的なゴールであり、安全を安心として実感するための手法の研究が必要である」

 つまり、文科省は、安全・安心に資する科学技術の推進を科学技術基本計画に位置付けているのである。

●「安全・安心」を拒否する農林水産省

 これに対し農林水産省が「安全・安心」を拒否する姿勢は異様である。そのような同省から幹部を送り込まれている食品安全委員会は、「食の安全・安心」についてどのようなスタンスなのであろうか。昨年7月に食品安全委員会でまとめられた「食品安全委員会10年の歩み」を見ると、初代食品安全委員会委員でその後、委員長になった見上彪氏の「雑感」の中に次のような記述がある。

「食品安全委員会は、安心のためではなく食品の安全性を確保するために科学的知見に基づく評価を行うことを目的とした政府機関である」

 この発言より、食品安全委員会は「食の安心」を守る意思がないことがうかがえる。さらに見上氏は、次のようにも述べている。

「牛海綿状脳症(BSE)問題では、特にゼロリスク論者が社会のあらゆる階層に多く存在し、統計学的な確率論による許容範囲を受け容れようとせず、費用対効果など全く顧みず、牛や牛肉などの管理面での取扱いや安全性とは関係のない全頭検査などで、税金の無駄遣いをしてきた。これらに対して自分自身はなすすべもなく、内心忸怩たるものがあった」

 こうした主張をする人物が、食品安全委員会の委員長に適任だったのか、疑問を感じざるを得ない。前出の「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書に書かれているように、安心は安全の確保に関わる組織への信頼に大きく依存する。以上みてきたような食品安全委員会が、果たして十分かつ適正な食品安全評価を行うことができるのか。日本における食の安全の観点からも、食品安全委員会の在り方が問われているといえよう。
(文=小倉正行/国会議員政策秘書)

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