防大の若手指導教官は「事件後、最初に発覚した5人の元学生の受け持ちだった第3大隊首席指導教官(2等陸佐)が、不自然なかたちで転出しました。上層部が仕立て上げた“情報漏えい事件”によるものです。はた目には保険金詐欺事件の責任を取ってのものと映るでしょうが、防大内でそう捉えている者はおりません」と、その内情を明かす。
そして、この保険金詐欺事件幕引きの背景には、事件の早期収束化を図った「防大上層部の保身」と「天下り先確保」という別の側面が透けて見えてくる。
●自衛隊と三井住友海上火災保険の密接な関係そもそも防大保険金詐欺事件は、けがをしたとする偽りの診断書を作成し、これを保険会社に提出、保険金を手にするという実に簡単な手口の詐欺犯罪だ。今を遡ること十数年前にも同様の手口で防大生1人が懲戒退学処分となっている。
その当時、防大当局が毅然とした対応を取っていれば、以降、こうした事件は起こらなかったのではないかとの声が、防大関係者、事件関与の元学生やその父兄から多々上がっている。なぜ防大当局は膿を出せなかったのか。
ある若手指導教官は「自衛隊では何か事件が起きると、誰かが詰め腹を切らされます。学校内での不祥事は、普通に考えれば学校長や幹事【編註:副校長と同格の役職】が責任を取るべきですが、防大の学校長は、内閣総理大臣や防衛大臣から直々に請われて防大に来た人物なので、経歴に傷をつけるわけにはいかないのです。幹事も同様です」
こうした声は、防大関係者、OB、現役学生から多数確認している。
また、被害者の立場である三井住友海上火災保険が、なぜ被害届を出さないのかと指摘する声は、防大内外から数多く上がっていた。
防衛省の資料を調べたところ、直近8年間で1佐以上の高級幹部自衛官から三住海上に再就職した者は、2006年度で6人、07年度で4人、08年度で3人、11年度で2人、12年度に5人、13年度で1人の合計21人いることが判明した。
09年と10年には1佐以上の天下りはなかったが、その背景についてある三住海上社員は、「08年の株式移転や10年の経営統合などグループ内での経営環境の変化から、自衛隊高級幹部の天下りを受け入れる余裕がなかったのではないか」という。事実、経営環境が落ち着いた11年度からは、再び天下りを受け入れている。
自衛隊にとっては、三住海上は密接な関係を保持しておきたい企業だ。自衛隊OBは他省庁に比して天下り先が多くない。三住海上なら高級幹部自衛官の天下り先として申し分ない優良企業。防大保険金詐欺事件で折り合いが悪くなることは避けたいところだ。
三住海上にとっても同様だ。全国22万人の隊員を擁する自衛隊は超優良顧客であり、そこのOBを迎え入れれば、よりパイプを太くすることになる。防大保険金詐欺事件は、長年続いた防大の悪弊とはいえ、それを上回るに十分な利益を自衛隊はもたらしてくれている。事件発覚当初、被害者でありながら事を公にしなかったのは、そうした背景が少なからず影響を与えていたのだろう。
事件発覚後、懲戒退学させられた5学生の受け持ちだった第3大隊首席指導教官(2等陸佐)は、徹底して事態を究明するべしとの立場を取っていた。徹底して膿を出そうと主張する首席指導教官は、防大上層部にとって非常に疎ましい存在に映ったようだ。彼1人に責任をかぶせ、幕引きをしようとした。しかし「保険金詐欺事件の責任」を取らせたとなると、事件そのものが防大や防衛省・自衛隊の記録に残ってしまう。事件に関係した三住海上との関係もまた記録に残る。優良天下り先である三住海上との関係を、自衛隊としては傷つけたくはない。
そこで防大上層部は、架空の事件をでっち上げ、首席指導教官を追放したのだと、前出・若手指導教官は明かす。
「結局、防大上層部は、学生の懲戒処分だけで保険金詐欺事件を“なかったこと”にしようとしました。さらに、首席指導教官が同事件を記事化した記者と高校の同級生であることから、情報漏えいを行ったとして退職させることを画策しますが、決定的証拠がありません。そこで首席指導教官が防衛省本省に匿名の手紙を送って情報漏えいしたとして、指導教官の職を取り上げ、自発的に転勤を希望するよう仕向けたのです」
防大上層部は、首席指導教官が防衛省本省に送ったとする「匿名の手紙」を入手し、筆跡鑑定結果と便箋についていた指紋やDNAを証拠として自衛隊内の警備組織である警務隊に捜査依頼を行ったが、警務隊は証拠不十分、嫌疑容疑なし、と結論付けたという。
情報漏えいの証拠とされた手紙に付着したDNAや指紋は、警務隊がこれを捜査する以前から、防大内で「上層部の意を受けた曹クラスの職員が、首席指導教官の机から持ち出したもの」との噂が広まっており、警務隊側も、防大上層部による“高度な政治的意図”を、捜査依頼当初から感じていたからだという。ある警務隊関係者は「防大上層部は保険金詐欺事件の責任転嫁目的に警務隊を利用しようとした」と憤りをあらわにしている。
防大上層部に属する高級幹部職員によると、発覚当初こそ問題とされた保険金詐欺事件だが、防大上層部では、いつしかそのベクトルは「情報漏えい事案」へと移っていき、当初事態究明派だった幹事も、いつの間にか収束派へと変わっていったという。
今年4月、防大はHP上で「保険金詐欺事件に関するすべての調査は終わった」と発表した。だが、この保険金詐欺事件で学校長以下、誰も責任は取っていない。そして三住海上と自衛隊の蜜月ぶりは、これからも変わらないだろう。
(文=編集部)