「早晩、外科医の大部分は失業する。外科医を目指すなら、日本にいたらダメだ」
外科を志す医学生や若手医師から相談を受けると、このようにアドバイスすることにしている。
その理由として挙げられるのは、医学生や若手医師が過酷な勤務を嫌がることだ。昨年、不正入試が露顕した東京医科大学の幹部はメディアの取材に答え、「体力的にきつく、女性は外科医にならないし、僻地医療に行きたがらない。入試を普通にやると女性が多くなってしまう。単なる性差別の問題ではなく、日本の医学の将来に関わる問題だ」とコメントしている。
掛谷英紀・筑波大学システム情報系准教授は、自著の中で「今後、数十年のうちに、日本では外科医の数が半数近くまで落ち込むことが見込まれています。なぜ外科医が劇的に減るのか。ハッキリと数字で示せる答えは『女医の増加』です。女医が増え続けている一方、外科を選ぶ女医は極めて少ないため、診療科に偏りが生じているのです」と記している。
私は、このような主張に賛同できない。外科医志望者の減少をこのように論じている限り、問題は解決しない。
まずは、図1をご覧いただきたい。国立社会保障・人口問題研究所が発表したデータだ。年齢階級別の死亡者数の将来推計であり、医療需要を反映すると考えていい。
一見して明らかなように、今後、わが国では死亡者数は急増する。ピークは2039年だ。その後、緩やかに減少し、この図には示されていないが、死亡者数が2010年のレベルに戻るのは2100年頃だ。厚生労働省は2028年には医師数は充足し、その後は過剰となり、問題は地域偏在と主張しているが、この主張は額面通りには受け取れない。
医師不足問題に関して、厚労省は「嘘」をつき続けてきた。高度成長期から一貫して医師過剰論を唱え続けている。医師増加を嫌がる日本医師会の「圧力」など、厚労省にも同情の余地はあるが、彼らが何を言っても、もはや信頼されない。
図1で注目すべきは、84歳以下の死亡例が2010年をピークに減少に転じていることだ。急増しているのは85歳以上の死亡だ。このことは、高齢者を対象とした認知症やリハビリ、在宅医療のニーズは増えるが、がんや心臓病などの大きな手術を受ける患者は減少することを意味する。今後、外科のニーズは大きくは伸びない可能性が高い。
医学の進歩も外科には逆境だ。図2は胃がん患者の死亡数だ。北海道大学の津田桃子医師らの研究だ。2010年代に入り、急速に減少している。
これは、胃がんの原因とされるピロリ菌の感染が減ったことが原因だ。かつて日本人の多くが井戸水などを介して幼少期に慢性感染し、50歳以降に胃がんを発症していた。
これは胃がんに限った話ではない。HPVワクチンが開発され子宮頸がんは減少するし、肝炎ウイルス対策が進み、肝臓がんもすでに急減している。心臓病ではさまざまなカテーテル手技が開発され、従来型の心臓外科手術と遜色ない成績を示している。心臓外科の需要も急減する。
さらに、診療報酬の抑制も外科医にとって逆風だ。内科と異なり、外科は手術室の整備、そのスタッフの確保などコストが高い。診療報酬も高いが、患者が集まらなければ大赤字を出す。病院は生き残りのため、特定の診療科を中心に「選択と集中」に取り組まざるを得なくなった。
また、2000年代に入り、マスコミが手術数などを報じるようになった。
胃がんの手術では、トップ60病院に31の大学病院が含まれる。大学病院の平均手術数は91件で、医師1人あたりで16件だ。一方、大学病院以外の平均手術数は129件で、医師1人あたり24件だ。トップの3病院に限定すれば75件である。
今後、病院は生き残りのために、さらに「選択と集中」を加速するだろう。医師の稼動率が高まり、必要とされる外科医は減る。胃がんの手術をすべて専門病院で行うとすれば、現在、関東地方の胃がんを専門とする外科医の75%が職を失う。
これは胃がんに限った話ではない。肺がんも同じだ。日本胸部外科学会によれば、2010年の呼吸器外科の手術数は約6万件。毎年2000件ずつ増加しているそうだ。このうち48%が肺がんで、手術を受ける患者の「平均年齢は70歳近くとなり、約10%が80歳以上の方々(同学会ホームページより)」らしい。前述したように、この年齢層は、今後、急速に減少していく。
一方、同学会が認定する呼吸器外科専門医は1,315人。260の基幹施設と385の関連施設で働いている。我が国の呼吸器外科手術をすべて専門医がやったとしても、手術数は年間46件、肺がんは22件だ。これでは技量は維持できない。
胃がん同様、患者は専門病院に殺到している。
肺がんの手術をすべてこのレベルの専門病院で行えば、必要な専門医は274人でいい。日本胸部外科学会が認定する専門医のうち1041人(79%)は職を失う。
外科医の育成はアジアを見据えるべき患者数が減少し、集約化が進むわが国で外科医を養成するのは容易ではない。専門病院で研修して、技量を身に付けても就職先はない。このような状況を考えれば、医学生や若手医師が外科を専攻しないのは合理的な判断だ。
女性が外科医を選ぶには相当の覚悟がいる。私がこれまで見てきた女性医師は、男性医師より権威に媚びる人が少なく、滅私奉公型の大学医局勤務に固執しない。彼女たちが将来性のない外科を敬遠するのは、ある意味で当然だ。これが一部の医師には「女医が増えたから外科医が減る」と映るのだから、物は言いようだ。
では、どうすればいいだろうか。わが国の外科は低成長領域だ。外科医が症例数を稼ぎ、経験を維持するには「成長国」で働くしかない。私はアジアと連携することだと考えている。米カリフォルニア大学サンディエゴ校の医師たちは、2017年に世界各地の外科医の不足と、それが原因で実施されていない手術数を推計した研究を「ランセット・グローバルヘルス」に報告した。
この研究によれば、アジアでの外科医不足は深刻だ。南アジア、東アジア、東南アジアでは、必要な外科医の21%、52%、52%しか供給されておらず、実施できていない手術数は年間に5,779万件、2,796万件、1,248万件と推計されている。
幸い、アジアの多くの国で日本の医師免許は通用する。上海出身の整形外科医で、現在福岡市内の病院に勤務する陳維嘉医師は「中国は日本人の医師にぜひ来てもらいたいと希望している」という。
アジアの経済発展は急速だ。人的交流も加速している。医療も例外ではない。アジアから若手医師を日本に受け入れ、日本からも腕を磨きたい若手外科医をアジアに派遣すればいい。外科医が腕を磨くだけでなく、臨床研究も加速するだろう。外科医の育成は日本国内に固執せず、アジアを見据えて考え直すべきである。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)
●上昌広(かみまさひろ)
1993年東大医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。 虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。
2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年3月退職。4月より現職。星槎大学共生科学部客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。