何かとストレスが多い現代人。憂さ晴らしにネオン街に繰り出し、しこたま酔っぱらって帰宅すれば、歯磨きもせずにそのままバタンキューという人も多いのではないだろうか。
「夜に歯磨きをしない人は、1兆個くらいの口腔内細菌がいるといわれています」と、全国保険医団体連合会副会長を務める森元主税歯科医師は語る。歯周病菌や虫歯菌を含む口腔内細菌は“嫌気性菌”といって、空気を嫌う。夜寝ているとき、人は口を閉じている。空気が入ってこないため、菌にとっては格好の棲み処になるのだ。
「人間も含めて、すべての生き物は食べて排泄する。菌も同じです。ウンチが臭いのと同じように、口腔内細菌も臭い毒素を出すのです」
これが、口臭の主な原因となる。
「夜寝ているうちに、一番空気が少ない歯周ポケット(歯と歯茎の間)に生息するのです。歯磨きを怠っているとだんだん浸食して、歯を支えている骨(歯槽骨)が減っていく。そして、最後には歯が抜けてしまうのです」
そこで、後悔しても後の祭り。歯を失う原因の第1位が歯周病なのだ。
「でも、歯医者にはなかなか来院したがらないんですよね」と、森元医師は苦笑する。筆者が同窓会に出席したとき、プレイボーイだった男性の前歯が欠けていた。「ほかの歯もポロポロと抜けちゃうんだよ」。これは歯周病の末期症状だと思い、歯医者に行くように勧めたが、「歯医者は嫌い」と、にべもない。キザったらしかった彼が歯抜けで一気にジジくさくなっても通院しようとしないのだから、よほど歯医者が嫌いなのだろう。
2012年、雑誌「プレジデント」(プレジデント社)編集部が55~74歳の男女を対象に、「人生の振り返り」に関するアンケートを行ったところ、健康について後悔していることでは、「歯の定期検診を受ければよかった」が総合第1位だったという。女性部門では第4位だったものの、男性部門では、「体を鍛えればよかった」「頭髪の手入れをすればよかった」「たばこをやめればよかった」をおさえて第1位、70歳以上部門でも第1位だというから、高齢男性の後悔ぶりが目に浮かんでくる。
近年はインプラントが注目されている。しかし、歯周病で歯茎が弱っていくと、せっかく何十万円も支払って取り付けたインプラントが抜けてしまう症例が後を絶たないという。
歯周病菌が動脈硬化や心臓疾患、糖尿病などを引き起こすこの歯周病菌、怖いのは歯へのダメージだけではない。
歯周病と全身疾患の関係が判明したのは1990年代。当時の米国では若いシングルマザーに早産、低体重児の症例が多かった。喫煙が原因ではないかと調べたところ、胎盤から歯周病菌がわんさか出てきて、陣痛を促進していたことがわかった。それがきっかけとなって歯周病菌の研究が進んでいった。
このような歯周病菌から身を守るには、やはり徹底した歯磨きしかない。「大切なのは、正しい歯磨きをすることです」と、森元医師は注意を促す。
筆者は数年前、マスクをしたときに自分の息が臭うことに気づいた。加齢のせいかとひどくがっかりして、外出の際には必ず洗口液で口をゆすぐようになった。
「母が入所している老人ホームに行ったとき、施設中が臭くて驚きました」と、社団法人総合健康支援推進協会代表理事の土田良一氏は語る。
その正体は、入所者たちが発する口臭だった。確かに、若い人でも口が臭い人はいるが、高齢者の口臭はその何倍も強烈だ。高齢になると、歯周病がかなり進行する。歯周病によって歯周組織が退縮したり、歯が傾斜したりするために磨き残しが多くなる。また、義歯の多くは吸水性のあるプラスチックでできているため、口腔内細菌を含む汚染物が義歯内部に侵入しやすい。そのほか、舌苔や加齢臭、全身疾患からくる免疫低下による口腔内細菌の増殖なども考えられる。これらが口臭の原因となるのだ。
土田氏は自分の経験をもとに、同協会を設立。
「食べ物をよく咀嚼して唾液と混ぜ合わせることで栄養吸収されます」と、森元医師は語る。
「ミキサー食になっているお年寄りが便秘と下痢を繰り返すのは流し込んでいるだけだから。唾液の恩恵を受けないと消化吸収していかないのです」
口腔機能が低下すると、低栄養状態になる。そうすると、全身の免疫力の低下により感染しやすくなる。基礎疾患が重篤になる可能性も高くなる。シワも増え、骨密度も減り、筋肉も減る。だから、高齢になればなるほど口腔ケアが重要になるのだ。
「芸能人は歯が命」というCMがあったが、一般人だって歯が命だと思ったほうがいい。
(文=林美保子/フリーライター)