今、日本の働き方の常識が急速に変化している。これまでの人事制度は終身雇用と年功序列の考えに従い、ひとつの企業に長く勤め年齢を重ねるごとに給料が上がることが多かった。

しかし、1990年代初頭のバブル崩壊後、日本経済の成長鈍化に従い、そうした人事制度を維持することが難しくなっている。

 多くの企業が人事制度を見直し、より効率的な人事制度への転換を目指している。なかでも、ユニクロを運営するファーストリテイリング(以下、ファストリ)の取り組みは興味深い。同社は、老若男女に関係なく、実力のあるものが評価される人事制度の確立を目指している。その背景には、同社が世界に通用するアパレル企業を目指していることがある。

 成果を出した人物が、より高い評価を受けるのは自然なことである。

その上で、企業が就業者の能力を引き出し、より多くの付加価値の創造を実現できるか否か、それが長期的な日本経済の実力=潜在成長率を左右する。ファストリの取り組みが、今後、どのような成果につながるか興味深い。

アニマルスピリッツの発揮を目指すユニクロ

 もともとファストリは日本の常識にとらわれない経営をする企業だった。早くから同社は、長年親しまれてきた年功序列とは異なる考えを重視し、実際に取り入れてきた。その背景には、成長を追求し実現するためには、新しいことに取り組もうとする個人の存在が欠かせないという考えがある。

 来春、同社は新しい人事制度を導入する。

入社した若手社員は店舗やIT関連の経験を積み、実績を残すことができれば3~5年で経営幹部として登用される。欧米地域の場合、報酬は数千万円に達するとみられる。

 新制度の目的は、チャレンジする資質をもつ若者を1人でも多く確保することだ。言い換えれば、同社はアニマルスピリッツ=成功や利得の確保を目指す血気にあふれる人がほしい。アニマルスピリッツとは英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズが提唱した考えである。ケインズは合理性(無駄のないこと)ではなく、理屈では説明できないような人々の血気がリスクテイクや新しい発想の実用化を支え、経済成長を支えると説いた。

 この考え方をもとにすると、ファストリの狙いがよくわかる。同社は、新しい発想やテクノロジーを積極的に学び、それを実践して新しいプロダクトや、経営管理の発想を実現できる人を増やしたい。相応の報酬を支払うことは、実際に変革を進めることができる人を確保するために重要だ。同時に、成果が伴わない場合、高い報酬を手にし続けることはできない。このように考えると、ファストリは競争原理を発揮することでその人に見合った報酬を支払うという、ごく自然な考えを実践しようとしている。

情報製造小売業で目指す世界制覇

 ファストリは、アパレル分野での世界制覇を目指している。

そのために同社は、データと情報を積極的に活用し、より効率的に付加価値を創造できる企業になろうとしている。柳井正会長はこれを「情報製造小売業」と呼んでいる。突き詰めていえば、同社はICT(情報コミュニケーション技術)を最大限に活用することで、物流を効率化したい。それが可能になれば、在庫管理の無駄を省き、利益を増やすことが期待できる。

 すでにファストリは、米グーグルのテクノロジーを活用して消費者の需要予測を行っている。必要とされるアパレル製品を、必要な分だけ店舗に届けることができれば、在庫を減らすことは可能だ。

IoT(モノのインターネット化)やAI(人工知能)を用いたビッグデータ分析の分野は、すべての産業において重視されている。専門理論に習熟し、データの分析やプログラミングにたけた人物は引く手あまただ。それに加え、新しいことにチャレンジするスピリットを持っている人は、どの企業ものどから手が出るほど欲しい。能力とやる気に、年齢や性別は関係ない。

 ファストリはそうした人材を確保することで、ZARA(ザラ)ブランドを展開するスペインのインディテックスを追い抜きたい。現在、ファストリの純利益が1100億円であるのに対し、インディテックスの純利益は4400億円程度と、かなりの差がある。

インディテックスの強みは、消費者の好みや望みをすぐに商品に反映し、各店舗が必要と判断した商品がスペインの物流拠点から迅速に発送される物流体制を確立したことだ。

 ファストリは、これを上回るネットワークシステムの構築を目指している。それができれば同社は、IoTの技術を駆使して店舗のデータや情報を生産や物流に反映し、消費者が欲しいと思うものをより効率的に提供できるようになるはずだ。

脱終身雇用と脱年功序列は止められない

 国内で少子化、高齢化、人口の減少が3つセットで同時に進むなか、日本企業はより高い期待収益が見込まれる海外市場への進出を重視している。欧米の企業と競争しつつ、新興国企業の追い上げにも対応しなければならない。

 変化のスピードが加速化する環境に適応するためには、自ら能力を磨き、その発揮を目指して新しい取り組みを実現しようとする人材が欠かせない。ファストリは横ならびの人事評価をやめ、意欲と実力のある人材を確保しつつ、相応の報酬を支払うことで個々人のさらなる成長を促そうとしている。

 今後、日本全体でこうした考え方が増えるだろう。日本ではAIなどの技能を持つ新卒学生の報酬を引き上げる企業の取り組みが注目されているが、本来、この問題は働く人すべてにかかわる問題だ。重要なことは、企業が成長にこだわりを持つ1人でも多くの人を確保することだ。年功序列に基づいた働き方の場合、働いた時間に応じて報酬が決まる。高度成長期であれば、経済全体が成長することによって、働けば働いた分、収益や報酬を増やすことは可能だった。

 しかし、今日の状況は大きく異なる。経済が成熟し、新興国の追い上げが激化するなか、日本の企業は成果にこだわらなければならない。つまり、労働の時間ではなく、どれだけの付加価値を生み出したかによって経営が評価される。人事の評価もそれに従う。

 日本企業は、真剣に労働生産性の向上を目指さなければならない時を迎えている。世界的に人手不足が深刻化するなか、成果を出せる人は引く手あまただ。ファストリがどのようにして優秀な人材を引き付け、その能力のさらなる発揮を通して世界トップの地位を目指すことができるかは、多くの企業が新しい人事制度を模索し、その導入を進めるための参考になるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)