「4月1日付で、新館長に高橋哲(あきら)氏が着任して、前館長の高橋聡氏は、副館長(館長補佐だったことがのちに判明)ということになったようです」
ある関係者から突然、そんな情報が寄せられたのは、6月上旬のことだ。
2015年10月に、TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が指定管理者となった「ツタヤ図書館」として、華々しく新装開館した神奈川県海老名市立中央図書館。
その館長が今年4月1日から、新たに次の5年間の指定管理契約がスタートするのに合わせて、新任者に代わっていたことがわかったのだ。
海老名市におけるCCC選定プロセスの不可解さについては、4月29日付当サイト記事『不祥事続出で有名なツタヤ図書館、海老名市が議論抜きで今後5年の委託継続決定か?』などで詳しく報じてきた。
とりわけ昨年の議会では、高橋聡前館長が自館を頻繁に留守にして他県へ営業に飛び回っているのは不適切と批判されたり、第三者監査でも「館長は常勤ではない」とされていたことや、協定で定められたスタッフの司書資格者率を満たしていないなど問題点も指摘されていた。
それだけに、組織のトップが交替するとなれば、当然、記者会見なり、新任者の人事発表なりされるものと誰もが期待していた。
ところが、新館長人事に関する発表は、海老名市はもちろん、CCCからも一切行われていない。取材を進めていくと、何か重大な不祥事でも隠しているのではないかと思うほど、CCCサイドには箝口令が敷かれていた。
そんななか筆者は、今度の新館長が司書資格も持たず図書館勤務経験もまったくない“ド素人”であること、そしてその陰に重大な契約違反の可能性があるとの情報を得た。
2018年8月まで 本の事業に従事、商品事業を担当
同9月 CCCサービスカンパニーへ異動、海老名市立中央図書館に着任し1カ月間研修
同10月 サブマネージャーに就任
2019年1月 館長補佐に就任
同4月 館長に就任
これは、筆者が海老名市も含めた複数の情報源から得た、新館長・高橋哲氏の経歴である。CCC本社か関連会社かは定かでないが、昨年8月まで他部署にいた高橋哲氏は、9月に中央図書館に赴任した。と思ったら、1カ月でサブマネージャー、4カ月で館長補佐、さらに半年で館長と、異例のスピード出世を遂げている。
他部署で実績を挙げてきた“やり手マネージャー”が図書館に赴任して館長に抜擢されたようにもみえるが、この推移を別の事実と照合してみると、ある重大な疑惑が浮かび上がってきた。
上の図にあるように、CCCによる中央図書館の指定管理は2019年3月で一度、満期を迎えている。4月からの新たな5年間を担当する指定管理者の募集スケジュールに、新館長就任までの経歴を重ねてみると、CCCは海老名市の募集要綱を満たしていなかった可能性が出てくる。
CCCによる中央図書館の運営の問題点を4年前の新装開館当初から指摘している海老名市議会の山口良樹議員は、こう指摘する。
「海老名市が指定管理者を公募した際の募集要項には、『統括責任者(館長)は、類似施設で責任的立場に従事した経験のある者』とされていますが、新任の高橋哲館長は、館長になるまで昨年9月からわずか半年しか経験していません。しかも肩書はサブマネージャー。それを『責任的立場に従事』というのは社会通念上、無理があると思います」
CCCが海老名市に応募書類を提出したのは、昨年8~9月中旬である。この頃、高橋哲氏は中央図書館に赴任していないか、赴任していたとしてもまだ研修中の身だった。つまり、応募時点では新館長は「責任的立場に従事」の要件を満たしていない。
書類上の「統括責任者」は、CCCの図書館部門のトップで前館長だった高橋聡氏が担うこととされていたので問題ないという見方もできるが、その前館長も昨年の6月議会で館長としての適性を問題視されていた。
昨年6月議会の一般質問で山口議員は、17年度の第三者評価において「館長は常勤でない」と明記されていたことを取り上げて「中央図書館長がCCC図書館カンパニー社長と兼業していることは、図書館長の事務掌握を定めた図書館法13条違反にあたるのではないか」と追及した。
とりわけ、他県へ新規開拓に飛び回っている実態を厳しく批判し、館長は専任であるべきと述べていた。それだけに、応募書類で前館長を統括責任者としていたとしても、また別の問題が出てくる。
一刻も早く新任館長への交代が求められる状況にあったなかで、形式上だけ前館長をもってきて、指定管理者に選定された後に、応募時点で応募資格を満たしていなかった人物を据え付けるという行為は、姑息すぎるのではないか。
そうしたなか、もうひとつ決定的な問題が出てきた。それは、新館長が図書館の責任者として勤務するにあたって必須とされている司書資格を保持していないことだ。筆者が新館長に直接「司書資格をお持ちですか?」と質問したところ、「いま取得中」との回答があり、後日、海老名市の担当部署に問い合わせた際にも、その事実を確認した。
海老名市の募集要項では、館長が司書資格者であることは求めていないものの、いまや「図書館長の司書資格」は「受託事業者の“標準装備”」になりつつある。
ある図書館関係者は、驚きを隠さない。
「直営館の場合は、役所のほかの部署から管理職が館長職に異動してくるため、館長が司書資格を持っていないことも結構ありますが、指定管理や委託の事業者の責任者が司書資格を持っていないということは、通常ありえません。なぜならば、事業者は『我々は図書館運営のプロです』と言って受託するわけですから、館長はじめ幹部スタッフは司書資格を持っていることで、それを客観的に証明するのです。おそらく、指定管理者で館長が司書資格をもっていないというケースは、CCC以外には皆無でしょう」
ちなみに海老名市では、CCCと締結した基本協定において、「スタッフ全体の50%以上が司書資格を保持していること」を求めているが、第三者評価の入った17年度の一時期、50%を割っていたという協定違反が発覚し、市議会で大問題になった。それにもかかわらず、統括する新館長に司書資格がない人物を就任させるCCCにはあきれるほかない。
筆者は、新館長の人事に関して事実確認を行うため、6月7日以来CCC広報部にメールと電話で問い合わせを何度も行ってきたが、そのつど担当者からは「確認します」と返事をもらうものの、回答は来ない。
そのため、しびれを切らした筆者は、館長本人にも連絡してみたところ、「会社に連絡してほしい」との回答だったため、あらためてCCC広報部に連絡をとった。すると、着信拒否でもされているのか、広報部の電話を何度鳴らしても誰も出なくなった。メールへの回答も一切ない。
仕方なく海老名市の担当部署に問い合わせてみたところ、新館長が就任してからの肩書は把握しているものの「昨年8月までは、同じグループ企業の違う部署にいたとしか聞いていない」と述べ、さらに驚いたことに、新館長の年齢すら知らないと言う。
海老名市立図書館は、佐賀県武雄市に次いでCCCが受託するツタヤ図書館として、2015年10月に華々しく新装開館。良くも悪くも、いまや「海老名市の顔」と言ってもいいほどの名物図書館である。それにもかかわらず、その館長がいったいどんな人物なのかを開示することを、CCCは頑なに拒んでいる。
くしくも、海老名市でジョイントベンチャー(JV)を組んでいる図書館流通センター(TRC)が管理する有馬図書館の館長は、6月に地元メディアの「館長紹介」に登場している。CCCの図書館カンパニーを統括する高橋聡前館長にいたっては4年前、まるで広告塔のように頻繁にメディアに登場していた。前館長の「私たちは“ド素人”でした」との迷言も、15年10月に同館が新装開館する前日の記者発表のときに思わずポロリと出た発言である。
Tポイント事業で得た潤沢な資金力等を背景にCCCは、ここ数年、次々と業績悪化した企業を買収してきた。スタジオジブリをブレイクさせた徳間書店、老舗の主婦の友社、カメラのキタムラなど、著名な企業を傘下に収め、陰りが見え始めたとはいえ、Tカード事業では6000万人を超える会員のデータを保有し、連結売上高3600億円(18年3月期)を誇る。
それほど社会的な影響力の大きい企業が、公共図書館の運営においては、館長人事の発表すらできないほど広報体制が崩壊しているのだから、異様というほかない。
筆者からのコンタクトを完全にブロックして、一事業所の統轄責任者の経歴を隠そうとしているのは、なぜなのだろうか。
いずれにしろCCCは、海老名市民に対して1日も早く新館長のお披露目を行うべきである。
高橋哲新館長との一問一答筆者が高橋哲新館長に直撃取材した際のやり取りを紹介したい。
――ジャーナリストの日向と申します。お忙しいところ申し訳ありません。館長ご就任の件で、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。
高橋哲新館長 はい。
――4月1日から館長になられたんですか。
新館長 はい。
――そのことは、どこかで発表されているのでしょうか。
新館長 ……(無言)
――広報に問い合わせているのですが、返事をいただけないため、直接お電話させていただきました。
――高橋聡前館長は、どうなられたのでしょうか。
新館長 館長代理、副館長ですね。
――副館長、館長代理、どちらですか。
新館長 館長補佐です。
――実質的に降格のような恰好ですが、なぜでしょうか。
新館長 それはちょっと僕の口からは言えないんですが……。
――そうなんですか。説明できないということですね。
新館長 できないっていうか……。なんで私に聞いてくるの!
――広報にメールして「確認します」との返信は来たものの、1週間以上連絡がないので、直接お聞きしています。
――新館長は司書の資格はお持ちですか。
新館長 いや、今とっているところです。
――以前はどんなお仕事をされていたのでしょうか。
新館長 それも言う必要あるんですか。
――一応、公職ですから、通常は役所が発表すると思うんですが、それが見つからないのでお聞かせいただけませんか。
新館長 私の口からはちょっと……。
――それは回答拒否ということで、よろしいでしょうか。
新館長 ……(無言)
――私も不躾だとは思いますが、広報に連絡してもお返事をいただけないので、直接連絡させていただいているのです。
新館長 一度、会社のほうに電話してもらわないと。
――もちろん、その手続きは順番に踏んでいますが、広報から返事をいただけないんです。
新館長 会社にかけてもらっていいですか。
――わかりました。前職については答えたくないということでよろしいでしょうか。
新館長 答えたくないんじゃなくて!
――答えると不都合ということですか。
新館長 不都合って言ってないじゃないですか!
――公職なので、一般的には「館長紹介」として公共のメディアなどに載せられる情報であって、特にプライベートなことをお聞きしているつもりはありませんが。海老名市のほうが発表を怠っているのでしょうか。
新館長 怠っているかどうかはわからない。
――では、広報からの回答をお待ちして入ればよろしいんですね。
新館長 はい。
現在まで、CCCからの連絡はない。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)