日本で通り魔による事件が発生するのは、年に数件であり、決して多くはない。だが、それが社会に与える衝撃はきわめて大きい。
「とにかく逃げることです。腕に覚えがある人間は自分で押さえ込んでやろうと考えがちですけど、まず逃げて安全なところに隠れてから110番するというのが基本です。警察官が警察学校で最初に習うことは、路上や飲食店などで喧嘩などのトラブルがあった時に、ひとりで対応するな、その場を離脱して応援を呼び組織で対応しなさい、ということなんです。警察官でさえそう教わるわけです。一般の方が、たとえ腕力に自信があったとしてもひとりで立ち向かうべきではありません」
5月28日に川崎市の登戸で起きた通り魔事件では、私立カリタス小の児童ら20人が殺傷された。
「子どもたちが標的になるという場面に居合わせたら、ただ逃げるということはできませんね。男性だったら、奥さんや恋人と一緒にいた場合、逃げられませんね。その場合、ジャケットやブルゾンを振り回すというのが有効だと警察でも言われています。持ち手の長い肩掛け鞄を振り回すというのもいいでしょう。
それがない場合は、靴も使えます。ハイヒールのヒールの部分で刃物に応じる。ローファーでも踵の部分はけっこう強いので、つま先の部分を持って相手に向ける。鞄にあらかじめ厚い板を入れておくというのもいいでしょう。100円ショップで売っているような薄いまな板でもいいですし、雑誌でもいいですけど、その鞄で刃物を防ぐということもできるでしょう。
ただいずれの場合も、間違っても相手を倒そうなんて思わないことです。相手がひるんだ隙に逃げるため、助けたい人間を早く逃がすためです。普段から心がけておくこととしては、いつも、今ここに通り魔が現れたら使えるものは何があるか考えておくことです。できれば服を振り回したり、靴を持ってみるというのを練習しておくといいでしょう」
日頃から子どもに伝えるべきこと登戸の事件で思い起こされるのは、2001年に起きた、宅間守による大阪教育大学附属池田小学校での小学生無差別殺傷事件だ。いずれも幼い小学生を狙った卑劣な犯行だ。
「子どもたちにも、『何かあったら逃げなさい』と普段から教えておくべきでしょう。
子どもはまだ、何を優先すべきかという判断が十分ではないので、とにかく『あなたが元気に帰ることが一番なんだから』というのを日頃から言っておくのは大事ですね。意識づけのために、助けを求めるときの声を出す練習などをゲーム感覚でするのもいいと思います。ただし、通り魔役をしたててシミュレーション練習するというようなことは、やめたほうがいいでしょう。なかにはそれで、トラウマになってしまう子どももいるからです。逃げるということでは、奥さんや恋人といた場合の男性の対応法を言いましたけど、その場合、女性はひたすら逃げてください。対応している男性のところに戻っても何かできるわけじゃないから、せっかくの努力を無にすることになってしまいます。ひたすら逃げて110番通報してください」
通り魔に出会う確率はきわめて低くても、出会ったときの対応はとっさには思いつかない。
「防犯対策の1つとして、女性がやむを得ず暗い夜道を歩くときには、スマホの明かりをつけて手に持ち、いつでも電話できる状態であることが見てわかるようにしておくということがあります。
そういうスマホの使い方はあるものの、普段、いわゆる歩きスマホとか、電車の中でスマホのゲームに没頭してしまうということは避けるべきでしょう。また、ポータブルオーディオプレーヤーからイヤホンやヘッドホンで音楽を聴くという行為も、やめたほうがいいでしょう。通勤時間くらいは音楽を聴いて過ごしたいという気持ちはわかりますが、周りで異常な状況が起きても気づきにくくなってしまいます。これは、通り魔でなくとも言えることです」
逃げることが第一。もしも遭遇したときの準備はしておいても、その際に蛮勇に走ってはいけない。通り魔への対処法は、人生の危機への対処にも通じるかもしれない。
(文=深笛義也/ライター)