「スーパードライ」のアサヒグループホールディングス(アサヒ)は、M&Aの手法で世界を目指す経営方針を明確にしている。同社は、ビールの世界最大手であるベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブ(インベブ)から、豪州最大手のビール事業を買収する。

買収金額は1.2兆円で国内ビールメーカーとして過去最大だ。

 近年、今回の買収以外にもアサヒは大型の買収を進めてきた。その積極的な拡大路線は相応の評価を得ているが、今後、M&Aのリスクに見合った成果を実現できるかどうかが問われることになる。それができないと、海外にて取得した資産から損失が発生し、企業の経営基盤が急速に悪化する懸念もある。

 昨今、日本企業のなかにも、海外買収の失敗から企業価値を毀損するケースがみられる。今後もアサヒは海外での買収戦略を重視するだろう。一方、今後の経済状況の展開によっては、M&A案件が思ったような成果を上げられないケースが出てくるかもしれない。その場合には、経営の真価が問われることになる。

スーパードライ依存型の経営を続けてきたアサヒ

 1987年にアサヒが発売したスーパードライは、辛口が消費者に鮮烈な印象を与え、国内トップを独走してきたキリンを逆転する原動力となった。その後のアサヒの事業展開では、常にスーパードライが収益の核になってきた。

 問題は、国内ビール需要が落ち込み傾向をたどっていることだ。2018年まで、国内の発泡酒と第3のビールを含むビール系飲料の出荷量は、14年連続で減少した。

この理由は、少子化と高齢化、および、人口減少にある。それに加え、1990年代初頭にバブルが崩壊して以降、日本経済全体が長期の低迷に陥った。アサヒにとって市場全体が縮小するなかで攻めの経営を進めることは容易ではなかったはずだ。

 同社にとって、稼ぎ頭である商品の販売戦略を強化して収益を獲得することは、それなりに説得力のある経営だったといえる。同社のブランド別販売動向を見ると、依然としてスーパードライへの依存度が高い。反対にスーパードライに次ぐヒット商品を生み出すことができていない。ある意味、アサヒはスーパードライの成功体験に浸った。

 近年、世界のビール業界では、急速に再編が進んでいる。重要なことは、特定の市場(国、あるいは商品セグメント)でトップの地位を確保しなければ、生き残りが難しくなっていることだ。それに加え、日本のビール市場では、消費者の好みが変化している。良い例が、サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」だ。サントリーは、飲酒の“量”ではなく、“香り”や“口当たり”といった愉しみを消費者に提供し、高価格帯ながらも支持されている。

 アサヒが、国内におけるスーパードライの販売力を軸に成長を目指すことは難しくなっている。同社の競合相手の戦略を見ても、キリンは医薬品事業の強化を通した事業ポートフォリオの分散を重視している。これに対してアサヒはビール事業にこだわり、特に海外での競争力向上を重視している。

世界のビール市場への飛躍目指すアサヒ

 アサヒの戦略は、高級ブランドの強化と規模の経済効果の追求に分けて考えるとよい。
 
 まず、アサヒは欧州事業の強化に取り組んだ。目的は、高級ビールブランドを手に入れて、収益性を引き上げることだ。2016年から17年にかけて、同社は英SABミラーを買収したインベブからイタリアやチェコの事業を買い取った。一連の買収総額は約1.2兆円だ。今年4月には、英フラー・スミス&ターナーから高級ビール事業を約360億円で買収した。
 
 一方、今回の豪事業の取得には、規模の経済効果を重視する考えも込められている。アサヒがインベブから買収するカールトン&ユナイテッド・ブリュワリーズは豪最大手だ。高シェア事業を傘下に収めることは、売上高の増大とスーパードライの販路拡大の両面で効果が期待できる。

 突き詰めていえば、アサヒは、規模と収益性の両面で、インベブやオランダのハイネケンのような世界有数のビールメーカーの仲間入りを果たそうとしている。アサヒが本気で世界のトップ入りを目指すためには、さらに海外事業を強化しなければならない。
 
 世界のビール業界では、新興国市場のシェア獲得をめぐる覇権争いが激化している。インベブは、先進国と新興国においてプレミアムビール市場でトップブランドを獲得することに注力している。同社は収益の規模と利益率の両面を追求している。その尺度に合わない資産は売却し、財務内容の健全化に充てるのがインベブの方針だ。ハイネケンは、東南アジアやメキシコでシェアを伸ばそうと資産の取得を進めている。

 すでにインベブは世界の3割近いシェアを抑えた。新興国では所得の高まりとともに高級ビールへの需要が高まる。それに合わせ、同社の事業ポートフォリオも変化していくはずだ。トップシェアを誇る企業の買収戦略は、ほかの企業の経営にも無視できない影響を与える。変化に乗り遅れた企業が、買収の対象とみなされる可能性もある。

世界のビール市場では、まさに食うか食われるかの競争が激化している。

アサヒに求められる海外での“成果”

 アサヒは海外事業の強化をスピードアップし、成果の実現にこだわらなければならない。それに伴い、同社の構造が大きく変わることもあるだろう。グローバルにオペレーションを展開していくためには、それなりの経験とスキルを持った人材も必要になるだろう。

 実は、アサヒが海外事業の強化に注力するのは今回が初めてではない。1990年、同社は豪州のフォスターズ(カールトンの前進企業)を買収したが、効果が出なかったために1997年に手放した。今後は同じ失敗を繰り返すことはできない。今回も含めると、アサヒは海外資産の取得に2兆円を超える資金をつぎ込んでいる。さらなる海外事業の強化のためには、いち早くシナジー効果を実現して債権者と株主の安心を得ることが欠かせない。

 今後の展開を考えた際、もっとも重要なのは、中国市場でのシェア獲得だ。中国は、世界最大のビール消費国である。中国でも高級ビールへの人気が高まっている。

中国市場に関して、アサヒは苦戦してきた。現在、同社はインベブから取得した欧州の高級ビールを中国に投入し、収益を獲得している。

 同時に、中国ではインベブも苦戦している。なぜなら、インベブは独禁法抵触の恐れを理由に、中国最大手、華潤ビールとの関係を解消せざるを得なかったからだ。インベブの虚を突いて、ハイネケンは華潤ビールと提携し、需要を取り込む橋頭堡を築くことができた。

 アサヒは買収に加え、戦略上重要な市場にて先行する先進国企業とのアライアンスを組むことを真剣に考えてよい。買収によって高付加価値のブランドを取り込みつつ、有力な企業とのアライアンスを強化して新興国開拓の手法を取得することは、アサヒが海外で収益を獲得するために重要な発想といえる。それは、買収にかかるコストを抑えつつ、より早期にシナジーの発揮を目指すためにも効果的だろう。同社が過去の発想にとらわれることなく、ダイナミックな発想を用いて海外でのシェアを獲得していくことを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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