金曜ドラマ(TBS系金曜夜10時)で放送されている『凪のお暇』が毎週おもしろい。

 主人公の大島凪(黒木華)は営業事務として働く会社員だったが、職場の人間関係と恋人の我聞慎二(高橋一生)が同僚に語っていた心ない言葉にショックを受けて、会社を辞めてしまう。

職場の空気を読むあまり疲弊した自分を変えるために、凪は立川にあるクーラーすらないボロアパート・エレガンスパレスに引っ越す。

 そこで知り合った、映画好きのおばあちゃん・吉永緑(三田佳子)や、大人びた小学生・白石うらら(白鳥玉季)、イベントオーガナイザーの安良城ゴン(中村倫也)と楽しい日々を過ごす凪。しかし、現実は厳しく、逃げたはずの空気を読む生活に再び凪は巻き込まれてしまう……。

 人生に疲れた主人公がつかの間の“お暇”を過ごすというドラマは、1996年の『ロングバケーション』(フジテレビ系)や2003年の『すいか』(日本テレビ系)を筆頭に、脈々と続いている人気ジャンルだ。

『凪のお暇』はその2019年バージョンといえる作品で、お互いに空気を読み合いながら「イイね」と言い合うコミュニケーションからの離脱が、大きなテーマとなっている。ただ、その際に凪が引っ越したアパートを現実から隔絶したユートピアとして描かずに、逃げたはずの現実が容赦なく凪を追いかけてくる様を執拗に描いていることが、本作のおもしろさであり、恐ろしさだ。

話数が進むほど登場人物の印象が変化する

 その象徴が、凪の元恋人の慎二である。慎二は凪のボロアパートに何度もやってきて、天然パーマ(会社に行くときと慎二の前ではストレートに手入れをしていた)の頭を見て「ブスになったなぁ」と嘲笑する。そして、必死で変わろうとする凪に「スベッてんだよお前」「お前は絶対に変われない」と言う。慎二のせいで凪は自分を見失いそうになるが、空気を読まないゴンの一言によって冷静さを取り戻し、慎二を拒絶する。

 ここまでなら、マウンティングしてくるクソ男を倒して「スカッとした」と思えばいいのだが、慎二はなんと凪が見ていない帰り道で号泣するのだ。

 実は慎二は今も凪のことが好きで、よりを戻すために立川まで来たのだ。

凪がハラスメントだと感じた悪魔的な振る舞いや心ない言葉は慎二なりの屈折した愛情表現だったことが、話が進むごとにわかってくる。だからといって彼の振る舞いが許されるわけではないのだが、単なるクソ男だと思っていた慎二の印象は話数を重ねるごとにどんどん変わっていくのだ。

 一方、凪も純粋な被害者というわけではなく、自分の中に、人からよく見られようと見栄を張り、自分のことしか考えてないという嫌な部分が見えてくる。

 第3話。あらためて凪とよりを戻そうとする慎二に対して、凪は「慎二の外側だけ見てた」「肩書きに引かれてたんだと思う」「慎二のどこを好きだったのか思い出せない」という辛辣な言葉を浴びせる。

 そう言われる姿は、凪の魅力を行きつけのバーでうれしそうに語っていた慎二とは真逆で、このあたりまでくると視聴者は慎二を憎むことはできなくなる。

 慎二を筆頭に、話数が進むほど登場人物の印象が変わっていくのも本作の魅力だ。最初は優しい男に見えたゴンも手当たり次第に女に優しくし「メンヘラ製造機」と揶揄される、慎二とは別の意味でのクソ男で、達観しているように見えた小学生のうららも学校での人間関係に悩んでいる。

 今のところ不穏な影がちらつくのが、慎二の新しい彼女となった市川円(唐田えりか)。慎二が凪に好意があることを知ったときにどう動くのか、今から恐ろしい。

批判を払拭する見事な脚色

 原作はコナリミサトが月刊「Eleganceイブ」(秋田書店)で連載する同名漫画だが、ドラマならではの脚色も多い。

 キャスティングも、原作の凪はグラマラスで華奢な黒木華とはイメージが違う。

慎二も28歳の男性で、38歳の高橋一生とは年齢が離れている。ゴンも長髪のドレッドヘアで中村倫也とは違うビジュアルだ。こういった原作と配役のズレに対し、当初は批判的な意見も多かった。しかし、いざ放送が始まると好意的に受け止められた。それだけ俳優の演技に説得力があったからだろう。

 物語の時系列も細かく入れ替えており、原作通りの展開ではないのだが、原作の核にある“空気を読み合う社会の息苦しさ”に対する問題意識は共有されている。

 脚本を担当した大島里美は、市川森一脚本賞を受賞した『恋するハエ女』(NHK)や『あなたには帰る家がある』(TBS系)などを手がける実力派だが、漫画と比較しながら見ると、見事な脚色だと感心する。

 近年では、野木亜紀子脚本の『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)と安達奈緒子脚本の『透明なゆりかご』(NHK)がそうだったが、おもしろい原作モノは、(原作を)そのまま映像化するのではなく、原作の魅力を抽出した上で再編集し、ドラマならではの見せ方に落とし込んだものが多い。『凪のお暇』における大島の脚色は、上記の2作に匹敵する理想のドラマ化である。なんでもかんでも原作通りにやればいいというわけではないのだ。

(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)

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