「テコンドー協会でこのような事態が起きたのは、一度や二度ではありません。かつては派閥争いから、協会分裂の危機もあったほどです。

ただ、今回は協会の態度に見かね、選手たちが行動を起こしたことで問題が大きくなりました。実績がある指導者たちは、そのほとんどが弾き出されて協会には選手に寄り添った考えができる人は少ないのが現状です。協会は会長に私物化されており、異議を唱えようものなら、すぐに外されることはみんな理解しています。現在の幹部も、大半が金原派で固められています」(テコンドー協会関係者)

 昨年から続く、スポーツ界の不祥事。その新たな系譜に、テコンドーが加わることになった。事の発端は、選手たちの選手生命をかけた勇気ある告発だった。

 テコンドー協会では、9月17日から強化選手を対象とした合宿が予定されていた。だが、招集された28人中26人が強化体制に対する不満から不参加を表明している。協会は参加表明をした2選手のみを対象に合宿を行うと発表するという、前代未聞の事態に発展している。

 全日本選手権8連覇中の江畑秀範(スチールエンジ)は報道陣の取材に対して、次のように語った。

「岐阜合宿3泊4日で4万円、韓国合宿4泊5日で10万円など、自己負担がある。昨年は自己負担額が年間約100万円。

合宿は義務で『参加できないなら強化選手から外します』と言われた」

 また、金銭的な理由によって、参加できない選手が常に数人いるが、「『お金がなくて合宿に参加できないなんてあり得ない。そんな高いお金じゃないだろ』と電話で言われました」と明かした。

テコンドー協会を私物化する金原昇会長

 これに合わせて、指導者の改善を訴える声も聞かれるなど、協会の体制がいかにずさんなものかが明らかになった。

 テコンドー協会では、金原昇会長が10年以上会長に居座り続けるという長期政権が続いている。金原会長とは、どんな人物なのか。全国紙運動部記者は、こう説明する。

「端的に言えば、独裁的な人物です。あまり人の意見に耳を傾けず、自分の意見を貫き通す性格です。以前、テコンドー協会で分裂騒動があった際も、自分の反対派協会員たちを一掃しました。それ以降は、弁護士を理事に入れる動きをするなど、表面上は体裁を整えているように見えましたが、金原体制は変わっていません。気性の荒い彼のことを煙たがる人も多くいますが、なかなか会長に逆らえる人はいません。金原氏は、それだけの政治力を持ち、協会内でも絶対的な存在であることは間違いないでしょう」

 今回の騒動の焦点は、協会の問題を選手サイドが告発したことにある。

強化選手を外れるということは、東京五輪への出場の道が絶たれることにも直結する。それでも、6月から強化方針の意見書を提出するなど、選手たちは抗議の姿勢を貫いたが、協会側に改善の動きは見られず、ボイコットという行為に至っている。どこか昨年のボクシング協会の騒動とも重なる今回の騒動だが、関係者はどう捉えているのか。

「今回の件は、構造的にはボクシング協会とまったく同じですよ。実際、昨年から続くスポーツ協会の相次ぐ不祥事を見て、テコンドー関係者たちから『私たちも声を上げるべきではないか』という声もあったほどです。『世間に訴えるチャンスは今しかないのでは』という考えを持つ人が増えていました。それでも、選手たちへの影響を考えると、なかなか行動に移しにくい部分もありました。選手たちが声を挙げても、『一選手が何を言っているんだ』と、相手にされなかった過去もあったので、なおさらです。

 テコンドー協会は、アスリートファーストどころか意見にすら聞く耳を持たない状況です。だから、耐えかねた選手たちの行動は、責められるべきではありません。一番恐れているのは、騒動が一段落した後に、何事もなかったかのように同じ体勢のまま協会が続いていくことです。金原会長の力を考えれば、それは決してありえない話しではありません。

それくらい金原会長を恐れている人は多い」(先出・協会関係者)

 もっとも、テコンドー協会がこれまでのスポーツ界の騒動と異なる点は、コーチの選定に関しても、絶対的に協会主導で行われていることだ。選手たちのなかにも、「頭ごなしに否定される」と、その指導方針に疑問を持つ声も上がっている。

「ここまで露骨に協会が指導方針や指導者の選定まで行う組織は、ほかにないのではないでしょうか。タチが悪いのは、幹部のほとんどが競技未経験者であることです。実績のある指導者たちは、協会や会長を否定したことで、すでに外されています。そのため、しっかりと指導ができる人は、かなり限られています。つまり、選手目線で指導ができる人材もほとんどいないんです。協会もその体制を理解していながら、金原会長の“イエスマン”ばかりを集め、人材を確保しようとしていません。健全な組織の在り方からは逸脱しています」(先出・全国運動部紙記者)

 事態を重く見た日本オリンピック委員会(JOC)は、協会と選手たちへの聞き取り調査に着手し始めた。五輪まで残り1年を切り、一刻も早いアスリートファースト、かつ健全な組織運営への舵取りが求められている。

(文=中村俊明/スポーツジャーナリスト)

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