化粧品、健康食品メーカーのファンケルは、キリンホールディングス(HD)の傘下に入った。
キリンHDは、ファンケルの発行済み株式の30.3%(議決権ベースでは33%)を1293億円で取得し、ファンケルを持ち分法適用会社にした。
「私は今年で82歳。私が判断できるうちに社員にとって最良の道筋をつけるのが責任だと思うようになった」
池森氏は8月、東京都内で行われた記者会見で、キリンHDの出資を受け入れた理由をこう語った。以前から好印象を持っていたキリンHDに「単なる業務提携よりも株を持ってほしい」と持ちかけたという。一方のキリンHDの磯崎功典社長は「2月に長期経営計画を出した時からファンケルのような会社と一緒になれたらと思っていた」と、相思相愛ぶりをアピールした。
ファンケルの2019年3月期の連結売上高は前年同期比12.4%増の1224億円、営業利益は46.6%増の123億円、純利益は39.7%増の86億円と絶好調だ。主力の化粧品は基礎化粧品が堅調。訪日客需要が追い風となり、サプリメントの売り上げも伸びた。00年3月期以来19期ぶりに最高益を更新した。
業績好調のこのタイミングでキリンHDに身売りする理由について、池森氏は「私が死んだら社員は困る。インバウンド需要もあり足元は業績が良いが、消費行動は大きく変化しており、現代社会の変化に合わせていかなければ企業は存続できない。社員のことを考えると、成長余地を残したこの時期しかなかった」と、胸の内を明かした。
池森氏は化粧品業界の立志伝中の人物だ。化粧品販売を始めたのは1980年。肌荒れに悩む妻の姿を見て、無添加の基礎化粧品を開発した。94年にサプリメント事業を始め、化粧品と並ぶ主力に育てた。
社長時代に「退き際は65歳だ」と公言した。「年を取ると退き際がわからなくなり、自分を見失う」と考えたからだ。定年制を敷いて、65歳の03年に社長を退任し会長に就任。05年に名誉会長となり、経営の第一線から退いた。
だが、業績悪化で13年、池森氏は会長執行役員として経営に復帰。不採算部門の整理と広告宣伝費の倍増で再び成長軌道に乗せた。
6月1日、池森氏は82歳になった。息子は画家になり身内に継承者を見いだせず、保有株について考えなければならなくなった。
池森氏は会見でキリンHDについて、「品位のある企業として好印象を持っていた。この会社ならば社員・役員を大切にしてくれる。この企業ならば、ファンケルの独自性を維持しながら成長を続けることができる。交渉相手は最初から1社に絞った。私が勝手に選んで、勝手に(キリンHDに)申し込んだ」と語った。
キリンHDの株価が急落キリンHDは今年2月に発表した2021年までの中期経営計画で「医と食をつなぐ事業」を育成する方針を示し、新規事業の立ち上げや企業のM&A(合併・買収)に3000億円を投じる考えを明らかにしていた。
医と食をつなぐ事業として、プラズマ乳酸菌を使った機能性飲料の販売に取り組んできた。その領域に当てはまるのが、ファンケルのサプリメント事業だ。
しかし、株式市場の反応は厳しかった。ファンケルとの提携を発表した翌8月7日のキリンHDの株価は一時、前日比7%安の2217円まで下落。その後も下落が続き、8月26日には2033円の年初来安値をつけた。年初来高値(2月6日の2729円)から26%下落した。「ファンケルに過半の出資をして、製品の共同開発などの相乗効果を狙わないと投資家は納得しない。30%出資というのは中途半端だ」(食品業界担当のアナリスト)と、評価は厳しい。
ファンケルの8月7日の株価も、前日比3%高の2494円にとどまった。その後、2600円台まで戻す場面があったが、年初来高値(4月26日、3330円)には届かない。市場はキリンHDとの提携効果を評価しかねている。
市場関係者は、ファンケルの買い手の本命は外資と予測していた。今年1月、通販主体の化粧品ブランド「ドクターシーラボ」を手掛けるシーズ・ホールディングスを米ジョンソン・エンド・ジョンソンが総額2300億円で買収した。
ファンケルの買収先としては、化粧品世界大手の仏ロレアルの名前が取り沙汰されていた。ファンケルが栄養補助食品を共同で手掛けるネスレ日本も有力候補とみられていた。
ファンケルの経営のかじ取りは島田和幸社長が担っている。市場が抱く不透明感を一掃するには、早期に具体的な成果を上げるしかない。
一方、キリンHDに関して食品業界の首脳は「海外企業のM&Aよりファンケルへの出資のほうが確実性は高い。サプリメントは大きくは伸びないが、高齢化社会が進んでおり、大きく落ち込むことはないだろう」と見ている。
(文=編集部)