アサヒグループホールディングス(GHD)は、ビール世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)から、豪州ビール最大手のカールトン&ユナイテッドブリュワリーズを買収する。取得額は約1兆2000億円。

2020年3月末までに買収手続きを完了する。日本のビール大手による海外のビール会社の買収で、1兆円を超えるのは初めてだ。

 カールトンは豪州南東部のメルボルンに本拠を置く。「ビクトリアビター」のブランドで知られ、18年12月期の売上高は約1700億円。豪州市場でカールトン社は48%と半分近いシェアを握っている。

 ABインベブは、16年に当時世界2位だった英SABミラーを吸収合併するなど、各地の有力ビール会社の買収を重ねてきた。日本でも人気のバドワイザーなどの主力ブランドを世界で展開。売上高は5兆円を超え、世界のビール売上高の25%、利益の半分近くを占めるガリバーだ。株式時価総額は19兆円。

 しかし、SABミラーの買収に10兆円を投下したことが元で、負債が膨らみ、近年は財務の改善が課題になっていた。

 アジア子会社のバドワイザー・ブリューイング・カンパニーAPACを香港市場に上場して最大1兆600億円の資金調達を目指していたが、7月に断念した。欧米メディアは、「ABインベブは子会社を5.8兆円と評価するよう求めたが、投資家が高い公開価格に尻込みしたため香港上場が実現しなかった」と報じた。

 子会社のIPO(新規上場)の代替手段として、豪州、韓国、中米の事業売却を検討。豪州事業をアサヒGHDに1兆2000億円で売却することで資金を確保。「売却で得た資金は、負債の圧縮に充てる」と説明している。

 その後、ABインベブは9月12日、アジア子会社の香港市場への上場を再び申請したと発表した。計画が順調に進むかどうかは「市況やほかのいくつかの要因による」としており、上場は確定していない。

アサヒGHDは巨額買収を続け、負債が膨れる

 アサヒGHDは国内同業で唯一、海外企業のM&A(合併・買収)を積極的に続けている。16年10月にABインベブから西欧のビール4社を2945億円で、16年12月にもABインベブの東欧のビール5社を8883億円で、立て続けに買収した。さらに19年4月、英国でパブやホテルを運営するフラー・スミス&ターナーから370億円で高級ビール事業を手に入れた。

 アサヒGHDの18年12月期の連結決算(国際会計基準)は、売上高に相当する売上収益が前期比2%増の2兆1203億円、営業利益に当たる事業利益が同13%増の2214億円だった。牽引したのは国際事業。売上収益は同12%増の7133億円、事業利益は同48%増の996億円。全社の売上収益の34%、事業利益の45%を占める。

なかでも欧州の高級ビールが好調だった。

 しかし、16年以降の大型買収で有利子負債は1兆273億円に膨らんだ。そして、カールトンの1.2兆円がこれに加わる。買収の成果は、高級ビールの海外販売が伸びるかどうかにかかっている。

ドル箱の「スーパードライ」に逆風

 アサヒGHDを買収に突き動かす危機感の元は、国内事情だ。アサヒGHD傘下のアサヒビールは、かつての王者・キリンビールを「スーパードライ」で追い落とし、首位に躍り出た。そのアサヒビールが今、苦しんでいる。

 飲食店では1杯目からハイボールなどを飲む客が増えており、売り上げの過半を業務用で稼ぐ「スーパードライ」への逆風がやまないのだ。「スーパードライ」の18年12月期の販売数量は、前期比7%減の9085万ケース(1ケースは大びん20本換算)と大きく減った。アサヒビールは「スーパードライ」の一本足打法だったため、ビールの国内首位の座が怪しくなった。

 大手ビール会社でつくる酒造組合が、今年からビール類の課税出荷量の発表をやめたため、報道各社が独自にシェアを算出する。日本経済新聞の調べによると、19年上半期(1~6月)のアサヒビールのシェアは36.7%でキリンビールが35.2%。

前年同期の両社の差は3.3ポイントだったが、1.5ポイントの僅差となった。キリンビールが18年3月に発売した第三のビール「本麒麟」の好調が続いたほか、昨夏にイオンなど流通大手のPB(プライベートブランド)を受注したことが寄与した。

 国内のビール系市場は18年まで14年連続縮小した。アサヒGHDが年間売上高1700億円のカールトンを、売上高の7倍の1.2兆円で買収するのは、このためだ。海外に活路を拓こうとしている。とはいっても、海外進出がうまくいくとは限らない。

 1991年、アサヒビールは豪州でシェア1位のビール会社、フォスターズに840億円出資したが、経営内部の対立で経営再建できず、97年にフォスターズ株を売却した。この株式の売却で300億円近い投資損失を出した。

 このフォスターズをABインベブが買収して、カールトンとした。まさに因果は巡る。ABインベブが手放した豪州事業を、今度はアサヒGHDが買収するわけだ。

 前回と同じ轍を踏むことになりはしないかと懸念する声は尽きない。

巨額買収の真価が問われることになる。

 アサヒGHDは、巨額の買収資金の一部を賄うために自己株の売り出しと新株の発行で2000億円程度を調達する。発行済み株数は8%増え、1株当たり利益の希薄化が懸念される。ハイブリッド債も2000億円程度出す。株価は巨額買収の発表で下落したが、9月に入り、発表前の水準を回復。9月13日には5309円(前日比終値112円高)と年初来高値を更新した。

 豪州市場で「スーパードライ」を軸とした高級化路線を強化するといっているが、「スーパードライ」が豪州の消費者に受け入れられる保証はない。
(文=編集部)

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