2019年6月に発覚した“闇営業問題”をきっかけに、所属芸人との契約の仕方について見直しが開始されたという吉本興業。なかでも現在注目を集めているのが、8月8日に導入が発表され、この10月1日に極楽とんぼの加藤浩次が最初の契約者となったことでも注目を集めた「専属エージェント契約」だ。
これまでの「専属マネジメント契約」とは異なり、「専属エージェント契約」では芸人が自らマネジメントを行い、吉本興業は、芸人に仕事を依頼してくるクライアントとの交渉を担当。実際に仕事が成立した場合、クライアントは芸人サイドに直接ギャランティを支払い、そこから一定のパーセンテージの額が報酬として吉本興業側にに入るというシステムだ。
この契約形態によって、芸人は吉本興業を通さない仕事をすることも可能となり、また芸人が吉本興業に対して「エージェントとして使えない」などと判断した場合は、別のエージェントに依頼することも可能となる。つまり芸人は、自分にとってより条件のいいエージェントと契約を結ぶことができるようになるのだ。
一方で7月17日には、公正取引委員会がジャニーズ事務所に対して「注意」をしたことをNHKが報道し、話題となった。この報道によれば、ジャニーズ事務所は、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の元SMAPの3人を番組に出演させないようにテレビ局に対して圧力をかけた疑いがあるとのことで、公取委が調査に入ったという。ただしジャニーズ事務所は、その事実を否定している。
元SMAPの3人や能年玲奈という“典型例”芸能界では、芸能プロを退社し独立したタレントや、別のプロダクションに移籍したタレントに対し、一定期間の“休業”を強いる慣行が一部に存在する。また、前所属プロが、自社をトラブル含みで退社したタレントに関し、タレントとしての仕事ができないようテレビ局や出版社に対してなんらかの圧力をかけたりや妨害工作を行ったりすることもあることは、しばしば聞かれる話だ。一部の報道が事実だとすれば、上記の元SMAPの3人や、2016年6月にレプロエンタテインメントを退社したのん(能年玲奈)の事例などは、その典型例であろう。
そうした慣行がタレントの自由な独立や移籍を難しくしているのだとすれば、商取引としては明らかに問題であり、なればこそそこに公正取引委員会が踏み込んだ、というわけだ。
もしも、そういった芸能界の“悪習”がなくなり、さらには今回吉本興業が発表した「エージェント契約」が一般的になれば、芸能人たちは、金銭面でもその他の諸条件においても、おのれにとってよりよい条件で仕事をするために、おのれの意思に基づいて自由に所属プロダクションを選ぶことができる――そんなバラ色の未来が、日本の芸能界に訪れるのだろうか?
そのことを考える上で、日本の芸能界にとって非常に有意義な比較対象が、実はすぐ近くにある。それは、声優業界だ。実は声優業界は、事実上、ほぼ“移籍フリー”の業界なのだ。そこで本稿では、そんな声優業界の実情を追いながら、芸能界の行く末を考える糧としていこうと思う。
大物声優が平気で移籍する声優業界現在の声優業界は、俳協(東京俳優生活協同組合)、青二プロダクション、81プロデュース、大沢事務所、アーツビジョン、アイムエンタープライズといった多数の声優を抱える大手プロダクションを中心に、たくさんの声優事務所がしのぎを削っている。さらに、三石琴乃や島本須美など、フリーランスで活動する人気声優も少なくない。ある声優プロの関係者はこう話す。
「声優の移籍は基本、自由ですね。昨日までAという事務所にいた声優が、次の日からBという事務所の所属になって、そのまま仕事をしているというケースは普通にありますよ。前所属プロがその声優に対して休業を強制したり、あるいは移籍金のようなものが発生したりすることもない。ほぼ完全に、声優本人の意向で自由に移籍することができます」
たとえば2019年に入ってからの主な声優の動きを見てみるだけでも……
・南條愛乃
1月1日付けでoffice EN-JINからN3エンタテインメントに移籍
『ラブライブ!』絢瀬絵里役など多数
・田中理恵
3月1日付けでリトリートからオフィスアネモネに移籍
『機動戦士ガンダムSEED』ラクス・クライン役や『ローゼンメイデン』水銀燈役など多数
・尾崎由香
6月1日付けで響から研音に移籍
『けものフレンズ』サーバル役など多数
・石川由依
5月1日付けで砂岡事務所からmitt managementに移籍
『進撃の巨人』ミカサ・アッカーマン役、『アイカツ!』新条ひなき役など多数
・高野麻里佳
10月1日付けでマウスプロモーションから青二プロダクションに移籍
『それが声優!』小花鈴や、同作から派生した声優ユニット「イヤホンズ」などで活躍
……などなど、実際に多くの人気声優が事務所を移籍しているのだ。
「まったく無関係な事務所に移ったり、系列会社に所属が変わったり、あるいは事務所を退所してフリーになったり、本当にいろいろなケースがあります。でも、前所属事務所からなんらかの制約がかけられるなんて、まずあり得ないですね」(前出・声優事務所関係者)
タレントがすべての芸能界、作品がすべての声優業界芸能界では考えらないような、声優業界のこの現状。こうした状況は、なぜ生まれるのだろうか?
「まず、一般の芸能界におけるドラマや映画、バラエティー番組のように、ある程度数字が取れる、つまりはスポンサー受けがよい出演者がある程度決まっていて、それを前提にして番組企画が開始される――といったことがまずないんですよ。
アニメの場合は、とにかく作品が第一。声優は基本的にオーディションで決まるし、キャラクターのイメージに合っているかどうかが何より重要視されます。もちろん、スキルが高くて人気のある声優に仕事が入ってきやすいということはありますが、声優こそが最重要視されるわけではない。大人気のアイドル声優が演じているというだけでその作品を見るアニメファンは少ないですし、声がその役柄のキャラに合っていなければ、むしろ酷評されてしまうのが声優業界。
だから、生身のタレント自身が価値を持つ一般芸能界と違い、そのタレントを“囲う”という事態が生じにくい。制作サイドに対して、『その声優を使うなら、うちの〇〇を出さないぞ』って言ったって、『あ、そう。じゃあ別の声優を使いますわ』って言われて終わりですよ(笑)」(前出・声優事務所関係者)
一般芸能界であれば、タレントこそが金を生む存在である。テレビ局などの制作サイドは、〇〇が主役のドラマを、〇〇がメインMCを務めるバラエティーを――とキャスティングを検討しながら番組を組み立てていくことが一般的。なぜならば、そのことがより高い視聴率を取るために最も最適なやり方だ(と芸能界では信じられている)からであり、高視聴率の番組を世に送り出すことは、そのまま番組スポンサーからの広告料という形で、テレビ局の収入に直結してくるからである。
【後編】では、さらに声優業界の構造分析を進め、「声優が移籍フリー」である理由と、翻ってそこから「なぜ一般の芸能界では“移籍トラブル”や“タレントを干す”といった芸能プロの強権発動が生じやすいのかを考えていこうと思う。
(文=編集部)